しなのさかいの駅前広場

先頭車だけを並べてウットリする時代

再びTOMIXのHG気動車たちに挑む。

こんばんは。しなのさかいです。





先日、突然の訃報に接して言葉を失いました。
1月27日、月刊『とれいん』編集部の西原功さんが心不全で急逝されたそうです。

当方は2000年代の早くから『とれいん』誌面の関係で西原さんとの交流があり、当ブログの黎明期には二人で趣味の方向性について語り合ったりもし、そしてヒントをいただいたりしたものでした。
実はこの記事でいう「Nさん」は西原さんだったわけなのです。
「楽しいことをやっているクラブだけを取材の対象にしたい」という西原さんの言葉は今でもよく自分の中でリフレインします。


この趣味における西原さんの人的なつながりの強さについては疑う余地もありません。
とりわけ、静岡グランシップ・トレインフェスタでは取材する立場ではなくて、出展グループの一員として活躍されていたことを思い出します。
近年はこの会場で声をかけさせてもらうことと、年賀状での挨拶だけのつながりとなっていましたが、当方としてはせっかくいただいた御縁を大切にさせていただいてきたつもりであっただけに、残念でなりません。

『とれいん』最新号で西原さんは、いつもと変わらぬ形で編集後記を残されていることから、御本人あるいは周囲の方々にとって、本当に突然のことだったのだろうと想像します。
月並みな言葉となりますが、ご冥福をお祈りいたします。



□ □ □



最近は、少しだけレイアウト工事から離れ、再びトミックスのHG気動車軍団にインレタ貼りを施しています。
以前にも集中してやっていたときがありましたが、今回はその完結編にしようという意気込みです。


動機は単純で、1970~1980年代の北海道の風景をレイアウト上に再現しようと思ってみたところ、その共通の風景となるべき「キハ22」について、そのインレタ貼りが進んでいなかった…
そんなことなんです。





インレタは引き続いてレボリューションファクトリー製品を使用しています。
トミックスの付属品と比べると、文字の大きさが適正のような気がしていますので。
トミックスのインレタはどれもオーバースケールですよね。
あの「透明ベース付き」というシロモノも、そのベースの輪郭が見えてしまってイマイチですし、予備の“バラ文字”も糊が強くて貼りにくいといったらありゃしない。
レボファク製品は細かい標記もしっかりとキマっていて、たまに撮影した画像を拡大するとその内容まではっきりと読めてしまったりします。
だから「適当に貼る」ということができない面もあり、考えながら慎重にコトを進めなくてはなりません。





それからオデコの「架線注意」インレタはくろま屋さんのもの。
こちらはシール感覚で貼れる優れものでして、追加注文しなくてはと考えているところです。
そのうち注文のメールを送りますから、こちらをご覧いただいていたらよろしくです(笑)
419系のように「食パン」などと揶揄されるキハ24の顔も見ていて癒されます。





「S」マークは当たり前。
キハ22は運転台下にもナンバーを貼る必要があるので大変でした。
キハ22、6両にこんな作業をしています。





キハ22だけでなく、キハユニ26とキハ25の、編成を組んだら見えない妻面にも検査標記を転写。
位置を正確に示す資料が見当たらないので、ここら辺の考証は適当だったりします。





ドアコックマークまで貼りましたョ。
この「三角マーク」は製品ごとに大きさがまちまちなので、気動車に合うものをずいぶん探しました。
結局はレボリューションファクトリーのキハ45系インレタに付属するマークが落ち着くようで、好んで使っています。
貼り付け位置を調べるのが一番大変だったかも。





キハ56系用のインレタはレボリューションファクトリーではラインナップされていないようなので(そうでなかったらゴメンナサイ)、同社製品のキハ58用、キハ28用などのバラ数字からの組み合わせ。
先に「キハ58」という組文字を転写して、そのうちの「8」をセロハンテープで取り除きます。
そんでもって今度は「6」というバラ数字を平刃カッターで押し切って、セロハンテープで摘んで転写箇所にあてがう…という作業。





製造番号もこれまた組み合わせです。
「9」を「6」に流用したり、「01」を「10」に流用したりと、限られたインレタで可能性を最大限に引き延ばしまして、まあいろいろ。
自分でもかなりファンキーなことをしていると思っています。



目下、一般形気動車、それからキハ58系への転写作業をクリアして、このキハ56系を「最後の戦い」として挑んでいるところなんです(でもこれら急行形はナンバーだけで終わりにしちゃうつもり)。


というわけで、国鉄時代の日本の亜幹線、ローカル線を再現するためには欠かすことができない「キハ」たちを今度こそどうにかするというお話でした。
願わくば、こうした作業が不要となるはずのカトー製品でキハ22を見てみたいです。
色、ベンチレーターの数、ドアの形態などで作り分けも可能ですし。
タブレットキャッチャーも欲しいんですよね。

仮乗降場だけがポツンとあるようなミニレイアウトはお部屋のインテリアにもバッチリかも…
もちろんその主役はキハ22なのであります。


ではまた。

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  1. 2019/02/13(水) 18:30:00|
  2. 鉄道模型(車両)
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KATO 2019年6月分ポスターを見て「これって全部再生産品だわ」と思う。


こんにちは。しなのさかいです。

「ヨコハマ鉄道模型フェスタ」の開催日直前である昨日、カトーから2019年6月分のポスターが発表されました。
今回はこの内容を見て、あれこれ考えてみようと思います。



2019-5c.jpg

【285系285系<サンライズエクスプレス>(パンタグラフ増設編成)】

と、その前に5月分の追加としてこれが発表されていましたので、こちらから先に。
285系・サンライズエクスプレスは、確か2016年の秋にリニューアル再生産(10-1332、10-1333)が行われており、見ていたところ相当数の再生産だったのではないかと想像しています。
それもそのはずで、久方ぶりの再生産でありながら、ライトの改善、室内灯のLED化、トイレタンクパーツの取付といった仕様のアップデートが施されたのですから、仕方がありません。
新しいセットを買い求めるユーザーと、旧製品をアップデートするためにASSYパーツを買い漁るユーザーとが入り混じって大いに盛り上がったようでした。

しかし、それから3年も経たないうちに、今度はパンタグラフを増設し、その他ドアステップの警戒色を印刷したりした新仕様をリリースするという…

当方は285系を購入したことがなく、「いつかは手にしたいな…」という程度の緩い視線を送っていましたので、おそらくという見方になりますが、2016年時点で悔いを残さないように全力投球してしまったユーザーからすれば「そういう展開があるなら買わないで待っていればよかった…」といった、残念な気持ちが広がっているのではないでしょうか。
心中お見舞い申し上げます。
救済用のパーツセットも発売されるそうですから、車番違いの編成を持つという喜びもありましょうが、そのパーツを手にして気持ちを落ち着かせるのも、どちらかというと自分に対する言い聞かせのようでもあり。
やはり、「ならば現行仕様が欲しい」と思うユーザーは多いのでだと思います。
それにしても、手元に大量のサンライズエクスプレスを置いてもねぇ。

つまり、生産時期のインターバルを考慮しない、ユーザーに対する配慮が薄い企画のように見えるんです。
5月末の決算期に「追加」でこうした企画を立ち上げるところも謎。
最近のカトーはこうした「謎」ばかりでして、分からないことばかりです。



2019-6a.jpg

【E233系5000番台 京葉線(貫通編成)】

ここからが6月分です。
最初は、京葉線を走るピンク色の帯のE233系。
「6+4の編成だけじゃつまらないでしょうから」というバリエーション展開の気持ちがどれくらいあるのかどうかはわかりませんが、実質的にこれは「再生産」以外の何物でもないでしょう。
「6・7号車のサハE233を新規にご用意。」とのアナウンスも虚しく聞こえます(貫通編成である以上、用意するのが当たり前だからです)。
最近は製品のネームに、「小窓あり」のようにに「カッコ書き」が付されるケースが多くなっており、それだけ細かい差異をアピールしないと“あたかも新製品”のような見せ方ができなくなっているようです。
それだけ、新規金型使用製品が枯渇しているということでして。
あ、これはもちろん「買いません」。



【E6系新幹線「こまち」】

「大形荷物置き場設置に伴い13、15、17号車の2人掛座席1ヶ所の窓が埋められた姿を再現。」というアナウンスが出ていまして、これはトミックスでも同じようなことをやるようなのですが、実車の様子を見るところ、ボディを閉塞する工事が施されている様子はなく、窓にフィルム(?)を貼っているだけのように見えます。
ですから、模型の表現も、ガラスパーツにボディと同じ色を印刷しておしまい、なのではないでしょうか。
サードパーティがインレタを発売してくれればそれで済みそうな措置でして、つまりはメーカーとして大々的にアピールできる仕様改善ではないということです。
そんな差異は真に再生産の範囲でやってもらえればいいこと。
ですから、これもユーザー目線で見れば実質的に「再生産」そのものです。
もちろん「買いません」。
秋田新幹線はE3系の方が馴染み深いので、そうした理由からこちらを1セット持ち続けています。



【スターターセット キハ58系 急行形気動車】

「いにしえの世界」の入口に立てるようなスターターセットが組まれることについては率直に歓迎します。
たとえ大人であっても、我々の世界に飛び込んでみたいと考える人たちは一定数存在するでしょうし。
封入されるキハたちについては、細かく仕様を読んでみると、どうも既存製品のパーツをミックスして仕立てるようです。
所属表記『関スイ』、復活するんですね。
「スターターセット専用ACアダプター」という言葉が書かれている点にも注目です(もはや不要ですが)。



【D51 標準形】

長らく市場から消え去っていた「標準形」の再生産が行われます。
「先輪はスポーク車輪を採用。」とありまして、この措置を施した上での1,000円値上げ(11,000円+税→12,000円+税)が決断されたようです。
野暮な計算をして、値上げに納得がいくとかいかないとか、そういう騒ぎを起こすのはやめておきましょう。
どう考えたって「標準形」のデゴイチは必要なのですから。

品番も「2016」(ハイフンなし)から「2016-9」へ変更。
当方は2012年の「伯備線石灰輸送貨物列車」の際に1両を追加購入して3両体制としていて、それら全てを「間の抜けた車輪」(HP原文ママ)に交換しています(笑)
したがって、今回は「買う必要がありません」。
市場全体にとっては、こうした製品がいつでも買えるようになるといいですね。


その他(E231系、683系、321系、キハ58系、コキ10000系)は完全な再生産です。
コキ10000系はトミックスのような仕様でフルリニューアルを遂げてくれるとおもしろそうなのですが。
あれを「コンテナ貨車」と見るか、「20系ブルートレインの貨物版」と見るかで興味の深さが変わってくるのです。
10000系高速貨車にロマンを感じる年ごろなんです。



こんな風にして6月分のポスターを見ました。
つまるところ、これらは全て「再生産品」であり、真の意味で「企画」が機能したようには見えません。
既に持っているユーザーとしては、ただ単に小売店へ足を運ばなければいい話ですが、その小売店としては「こんなラインナップ、たまったものではない」となるのではないでしょうか。
その反動として、依然として淡々とした企画が進行している業界2番手・トミックス、再生産でも狂犬ぶりを発揮している業界3番手・マイクロエースに対して「次は何をやるのか?」といった興味が向いています。
しかしながら、この2社でカトーの市場規模をカバーできるはずもなく、どこかもどかしさが残るわけなんです。
閉塞感、漂いまくっています。



2019-6b.jpg

【サウンドボックス】

2月には「サウンドボックス」がリニューアルの上で店頭に並ぶみたいです。
といっても、当方のような既存ユーザーがショックを受けるような内容でもなさそうでして、ハード面でのリニューアルは見当たりません(目盛りが付されたくらい)。
サウンドカードが普及するためには、ボックスがいつでも買えるようになっていないといけませんから、初回品ユーザーとしては温かく後続するユーザーが現れることを見守ろうかな、というところ。

お試し用の「蒸気機関車」カードはさすがに封入されないようです。
ということは実質的に値上げ…?
まぁ、ここは固いことナシとしましょう。
多くのカードが普及した今となっては、あのカードを必要と考える人もいないでしょうから。




今頃、ランドマークプラザは大変な賑わいとなっているでしょうか。
カトーブースで「もうちょっとしっかりやってくれ」と差し込んでいる人がいたら、それは当方ではないと断言しておきます。
インフルエンザに感染することが怖いので、行くのをやめました(笑)

ではまた。
  1. 2019/02/02(土) 16:00:00|
  2. 鉄道模型(車両)
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2匹目のスノーラビット(2019年版)

こんにちは。しなのさかいです。

年が明けてしばらくは戯言ばかりを書いていたので、ここら辺で軌道修正。
もう1月も終わろうとしているのに。
ですから、少しは鉄道模型のことでも書いておきましょうか。



昨年末はカトーの年末アイテム「ななつ星in九州」が話題となりました。
久しぶりにユーザー間での共通したネタとなり、ちょっとしたコミュニケーションが発生したように見ています。
ネタはともかくとして、メーカーがこういう仕掛けを施すことはとても大事なことだと思っています。

当方はかねてから触れている通り、今の時代の豪華列車というものにどこか異質なものを感じていて、なかなか素直に触手が伸びません。
しかしながら、各方面からレポートされる「模型としての完成度が高い」というコメントには少しグラついて、2回目出荷を複雑な思いで待っている(のか?)状態なんです。
もう少し考え続けてみようかと思いますが、それも店頭在庫があればですね。





何が言いたいのかというと、当方にとっての昨年末のアイテムは「再生産品」だったということです。
カトーから約10年ぶりに、北越急行683系8000番台「スノーラビットエクスプレス」が発売されました。

多くの小売店ではユーザーからの再生産要望を強く受けていたようで、これがメーカー側に伝えられた結果のようです(どうやら)。
最近こういうパターンでは、新製品との絡みのない唐突な再生産が行われたりして、違和感の温床となりかねないのですが、今回ばかりは多くのユーザーが待ち望んでいた再生産でしょうから、そうでもなさそうです。
当方もそんな方々の気迫を感じていたので、安全措置として再生産品なのに予約を入れていました。



ずいぶん前にもこの製品をレポートしています。
そのときは手にした瞬間、残念な気持ちが襲ってきて、その後すぐに手放してしまいました。
詳しくはクリックしてお読みください(10年前のことですから、おかしなことも書いていますが御勘弁を)。
681系2000番台の方は、処分などせずにちゃんと持ち続けています。







今回のロットは「塗装と印刷の勝利」と言えるほどの仕上がりで、自分の顔が“ほくほく”。
特にワインレッドの光沢が上質で、見ていてウットリしてしまいます。
以前指摘した、白い部分へのワインレッドの色飛びもなく、印刷はビシッと決まっていて問題なし。
ロゴマークにも妙な擦れ跡はありませんでした。
今回ばかりは埼玉の工場の印刷部屋、丁寧にやってくれたようです。
いつもこうであると嬉しいのですが。





非貫通先頭車にはスノープローを取り付けて、これまた見栄えが良くなりました。
今回から品番4683ND「クロ682-2000台車」が使われるようになりましたので、スノープローを取り付ける台座が存在するのです。
ここにHB-E300のスノープローを取り付けてみましたが、いかがでしょうか。





「クモハ683-8000SRE台車」は従来通り(4514-2D)ですので、取付台座がありません。
ですから編成全体に渡ってスノープローを取り付けるようなことはしませんでした。
いずれはそのような改良が加えられそうですが、そうしたASSYパーツ情報を敏感にキャッチしなければならないので、以前に「しんどい」と申し上げたのでした。
それにしても、この4683NDって果たして何を生産したときに改良された台車パーツなのでしょうか。
ホビセンフェスティバルで白衣を着た方に聞いてみることにしましょう。





ちなみに手元にあるサンダーバード・リニューアル車(比較的最近の生産品)でも「4683D」のままでした。
ですから、313系1700番台のスノープローを取り付けていますが、これは313系の前面用カプラーの「箱」を避けるように薄く作られているので、それが存在しないクロの下に取り付けるとペラペラに見えてしまうんです。
やっぱりクロに限っては4683NDに交換した方がよさそうですね。





中間先頭車には、手元に残っていた4683G「クロ682ライトユニット」(白色のユニットです)を組み込んで、とりあえず点灯化。
ヘッドライト専用化基盤も組み込む必要がありそうです…。





複線電化区間は自然と「特急街道」と言えそうな雰囲気ですから、やはり683系を撮るならこのボード。
もちろん撮影者など誰一人いませんから自分一人で取り放題で、電車の方が「なんなら停めましょうか?」と一時停車してくれます(笑)

683系0番台との混結もおもしろそうで、そうした遊び方をしていくべきなのでしょう。
和倉温泉に行く列車としてはまぶしすぎます。
北陸関連のアイテムもまだまだ捨てがたく、しばらくはこうして収集していくことになりそうです。
かといって、えちごトキめき鉄道の車両までは欲しくないんですよね。
ワガママでごめんなさい。





北越急行の681系と683系が誕生した経緯については、このバックナンバーが詳しいようです。
「雪国を駆け抜ける『スノーラビット』」という題で、10ページに渡って北越急行の方が寄稿されており、我が家の本棚から引っ張り出して改めて熟読してしまいました。
皆さんのお住まいのお近くに古本屋があれば、格安で手に入るかもしれませんね。
手元に引き寄せた模型に奥行き感を持つことができるということで、お勧めしておきます。





こんな近代的なスタイルでも、古びたホームに滑り込むことができるのならば「列車の旅はやっぱり在来線だよね」となるのです。
新幹線は時間の短縮効果しか生みませんから、都会の空気の真空パックのような感じ。
その証拠にドアが開くときも「プシューッ」ていう音がしますし(笑)
しかも、整備新幹線の駅はだいたい荒野に設置されたりしますから、なおさらなんです。
車内サービスもどんどん失われていきます(つい先日、そういう発表がありました)。

この国における列車の旅は「東京の空気の真空パック」か「豪華にお食事」かという両極となってしまっており、その中間が存在しなくなりました。
いずれにしても、顧客ニーズを捉えた結果なのでしょうが、「そうじゃないんだよなぁ」と思ったりもします。
平成時代の特急列車。
その代名詞ともいえる683系を手にしながら、ぼんやりと考えてしまいました。



(おまけコーナー1)



ついでにC622、C623を重連でぶん回しました。
蒸気機関車のサウンドカードを使用すると、カードの仕様がコントローラー同調となっているため、ドラフト音のピッチをムラなく狭めていくことにはテクニックが必要なんです(レールの状態にも左右されます)。
ところが不思議なことに、機関車を重連にしてみると、そのムラが無くなり、気持ちいいほどにコントローラーに同調します。
余りにも気持ちが良すぎて、今更ながらウハウハで遊びました。
ちょっと北海道の風景が浮かんできましたので、そちらで遊んでみようかな。
早いところC62のサウンドカードが欲しいです。



(おまけコーナー2)



昨年12月から正月にかけて、トミックスの小田急70000形GSEは「車両同士の間隔が広がりすぎ」だからとTNカプラー0337への換装を必須とするレポートが多かったようです。
当方もソロソロかなと腰を上げ、カプラーポケットをカットする前にあれこれと思案してみたところ、カトーの車間短縮ナックルカプラーで十分じゃないかという結論になりました。





こうして前から見ても編成美を損ねるような連結間隔ではありません。
おそらく0337に換装した場合と比べても、わずか2ミリ程度の違いではないかと見ています。
もっとも、当方が密連形TNカプラーへの換装にブレーキをかけたのは「実車自体が棒連結器だから」。
TNカプラーにしても「ウソ」になるんだったら、車間短縮ナックルカプラーをプラレールのフックのように使ったって同じことじゃないかと思ったのです。
R243でも干渉することなく曲がってくれました。
模型と向き合うことに関しては、リアルさの徹底追及と割り切りが共存する必要があり、意外とそれで問題ないのです。




GSEの箱根駅伝での映り込みは、やっぱり確信犯だったのですね。
復路でオルゴールを鳴らしながらカットインしてきたときは「絶対にわざとだよね」と家族の前で大笑いし、前の年のアンパンマン号と同じテイストを感じてしまいました。
今回の年末年始では、どんなバラエティー番組よりも笑えるシーンでしたョ。
小田急さん、ありがとう。

ではまた。

  1. 2019/01/26(土) 11:00:00|
  2. 鉄道模型(車両)
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再び伊那谷の終点へ

「奈良井のケーキと馬籠の夕焼け」編からつづく)




12月30日(日)。
2018年の年末、極まれり…という日であっても我が家はまだ昼神温泉にいました。
チェックアウトの後は、2年前に訪れてみたら意外にも楽しかった神坂神社詣でをしようということになり、山坂道を登坂開始。

その途中では「滝見台」に寄って「皿投げ祈願」をしました。
お休みだった門前屋さん(滝見台の下にあるお店です)の御厚意でお皿を買うことができたのは幸いで、その場でマーカーを借りて書き込み。





当方のお皿には、これまた例によってこんなことを書いておきました。
だいたい御利益はあるようですので、皆さんも試してみてください。
ただし園原まで足を運ぶ必要があります。





もう一度、地図で位置関係を確認しておきましょう。
神坂神社周辺が中央自動車道・恵那山トンネルのほぼ真上であることがお分かりいただけると思います。
伊那谷の南端は様々に解釈できますが、少しだけ西へ転ずる形で、ここも「端っこ」と言えるのですョ。

「ヘブンズ園原」は阿智村のスキー場で“夜になると満天の星空を拝むことができる”という触れ込みでロープウェイ(ゴンドラ)を営業しています。
そういえば前日の夜、宿ではミニツアーが催行されていました。





神坂神社、再び。
参拝者など誰もいません。
巨大な杉の木が何本も天に向かってまっすぐに伸びていて、まずはこれが目に入ります。
あたりは静けさが漂っていて、鳥の鳴き声か風の音くらいしか聞こえてきません。
そして天気は冬晴れで、午前に広がる空は真っ青で。
こういう場所、「とっておきの場所」と言えましょう。





特筆すべきことは、神社の横に「古代東山道」が美濃へ通じていることなんです。
だからここにこうした社があるのも理解できますよね。

実質的には登山道のようなもので、神社前の駐車場へ車を置いて、ここから徒歩で神坂峠へアタックする人もいるみたいでした。





かつても「この先にはみやこが…」なんていうことを考えて登っていった人が大勢いたのでしょう。
昔も峠越え、国境越えのプロセスにはそんな高揚感があったに違いありません。

このか細い道が、数百年後には真下にある恵那山トンネルに置き換わったことになるわけで、長大トンネルに何らかの想いを馳せる方がいればいいのですが、おそらく大体の方は「なげートンネルだなぁ」というマイナス思考でハンドルを握っているのでは。
「その真上にはこんなドラマチックな場所があるのですよー」と教えてあげたくなりますよね。
そんなことをいろいろ考えてしまいました。





神坂神社から麓に戻る途中では再び「信濃比叡」にも立ち寄りました。
ここは「比叡」の呼称が全国で唯一許された知る人ぞ知る、という場所です。
あの「不滅の法灯」も分灯されていますし「根本中堂」もあるということで“ミニ比叡山”な感じ。

12月30日というお正月前の半端な日ですから、やはりここも我が家だけでして(2回目の訪問ですから分かってはいたことです)。
でも逆に、住職さんには「年末に来られることはとても大事なことですよ。よく来られました」ということで歓迎され、まぁ座っていかれなさいとのことで、般若心経を唱えることの意味を教えてもらいました。
まさか今回の旅で般若心経を知るとは思っておらず、ちょっと得した気分になりました。

教えてもらった後、娘たちには「アウトドア般若心経」の存在もそっと教えておきましたが、そちらにはあまり興味を示しませんでした。





ここから南アルプスを望むと、いにしえの旅人の気分になれます。
この景色は間違いなく数百年前も同じですね。





信濃比叡の住職さんに歓迎してもらえる意味も分かるんです。
こうして「ヘブンズ園原」を眺めれば、この日もやはり家族連れと思われる車で駐車場が埋め尽くされていまして。
一般論として、温泉宿をチェックアウトすれば、まずはこういうレジャースポットをめざすものなのでしょう。
鬼怒川温泉と日光江戸村たちのようなものです。
それなのに我が家は、あえて誰もいない隣の尾根を登っているのですから(笑)

でも、こうした所で見る方が、同じ景色でもより良く目に焼きつくんじゃないかなと思ってみたりします。




その後は伊那谷ドライブとなり、ドライバー以外は寝たり起きたりの繰り返し…





「だったらば…」
せっかくなので飯田線の空気を少しでも吸って帰ろうと考えて、七久保駅に寄ってみました。
あいにく列車が来る時間帯ではなかったので、駅の観察だけです。





豊橋方を見て…






辰野方も見て。
当たり前ですか、やはり列車が来る気配などなく。
のどかな風景が広がっていて、帰りたくなくなります。

前述のとおり伊那谷は「谷」といってもV字状の木曽谷と比べてとても緩やかな谷で、どちらかというと盆地のような感覚です。
ただ、この飯田線の七久保付近は、谷の中腹を縫うように走っているため、駒ヶ岳方面から吹く空っ風が「ゴーッ」と駅を抜けて街の方へ降りていきます。





南アルプスを見るならこの季節…という気持ちになります。
こうやって駅名標と重ねて見ることができる七久保駅は、当方にとっては間違いなく観光スポットであり、313系が入らなくても絵になると考えます。
さすがに訪日客はここまで来ないでしょうから安心してまた来ることができそうですね。





「グリーンファーム」でお正月用の野菜をたくさん買って、その駐車場から見た南アルプス。
冬の伊那谷は見どころがたくさんあります。


ところで「グリーンファーム」はこの冬、隣の敷地に建屋を新築して移転するそうで、もうほとんどその準備が整ったようでした。
オンボロ(失礼)の佇まいが大好きだったのですが、空調も整うようですからそれはそれで良いことなのでしょう。
移転しても店頭で販売している大学イモはやめないでくださいね。
それから骨董品の販売も。
今回は国鉄時代のポイント転換表示器が20,000円で売られていましたが、ノリで買うものではないなと戒めて、そのまま帰りました。
興味のある方は伊那へ急行してください。





伊那谷のもう片方の「端っこ」は諏訪湖。
ここへ到達することで、神坂神社から北上して地形的に伊那谷を縦走し尽くしたこととなりました。





日没まではもう少しあるようで、上諏訪温泉の宿泊客が手持ち無沙汰に湖畔を散歩していました。





その後は我が家の庭のような甲府盆地へ。
「小作」竜王玉川店でシメの“ほうとうタイム”となりました。
店内は家族、いや「一族」と言えそうな多世代ミニ団体客ばかりで、「この地域では年末にほうとうを食べる文化でもあるんかいな」と思うくらいの混雑ぶりで。
いろいろと観察してみるものです。





ダメ押しのおみやげは、談合坂SAで買い求めた台ヶ原宿金精軒の「くるみ信玄餅」。
内容だけでなくデザインも優れています。



以上が2018年の締めくくりでした。
お付き合いいただきありがとうございました。
ではまた。



  1. 2019/01/18(金) 22:30:00|
  2. 駅ノート
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奈良井のケーキから馬籠の夕焼けへ

「信濃境で35年後の185系、そして山賊丼」編からつづく)




小松食堂で山賊丼のランチを済ませた後は、小野酒造店で「夜明け前」を買って、年末恒例の木曽路ドライブをすることにしました。
この日の宿泊地は、またもや昼神温泉に定めていたので(ワンパターンですが)、国道19号を南下して日没までには「馬籠宿」へ到達することが目標。
伊那谷(中央自動車道)を進めば早いけど、どうしても冬の木曽路の景色の方が見ていて印象深いし、日差しの強い伊那谷はこの季節、午後の時間帯に南下するとずっと西日を当たり続けることとなるので、面白くありません。
だから迷うことなく「木曽路」、というわけなのです。





国土交通省が設置した温度計が「1℃」とか「0℃」を示す国道19号。
信号に引っかかることなどなく、ひたすらトラックの後ろを追いかけながら「半日村」のような、日影ばかりの木曽路をひた走り、奈良井駅までやってきました。
ここら辺で14時でして、コーヒーブレイクすることも定番化しています。





ちょうど313系1300番台が木曽福島へ出発。
旅先で車両に出会うとき、その1/150を持っているときは安心感があり、そうでないときは「帰ったらすぐに近所の量販店へ…」なんていうことを考えることばかり(散々説明してきましたが)。
今回はもちろん前者なので気持ちに余裕がありました(笑)





「奈良井宿」は何度来ても「程よい保存」が行われていて心地よいし、安心感があります。
同じ“木曽十一宿”の仲間であり、街並み保存のパイオニアである「妻籠宿」は、もはや「◯ー◯◯タウン」と化していて、一度連れて行った娘たちはあまり行きたがりません。





雪がチラつく中、今回は古民家カフェの「こでまり」さんに寄らせてもらいました。
入口は正に江戸時代の建物のそれで、狭い戸を潜るときに頭をぶつけそうに。

こういう喫茶店は妻籠宿には存在しません。
妻籠自身がそういうことにしているからなのです(詳しいことは省略)。





チーズケーキと濃いめのコーヒーでブレイク。
薪ストーブの暖かさも加わり、静かでゆっくりとした時間が流れていました。





年末のザワザワした日に、深い木曽谷の中で過ごす静かな時間は、都会の人間にとってはとても贅沢で、一度経験してしまうと、やめられなくなります。
もちろん、店内にテレビやラジオ、BGMの音などは鳴っていません。
ひたすら薪ストーブの「ゴー」という音だけです。

こうして中から外を見ていると、明らかに訪日客と思われる方々が楽しそうに写真を撮っていました。
しかし“まだ”個人的な少人数のグループのようです。
京都や鎌倉のオーバーツーリズム状態を見ていると、そのうちこの辺にも波が押し寄せてきそうな気がして、こうした静かな場所も「そのうち面倒なことになるのかなぁ」と思ってみたり。
いずれにしても「観光地」という場所に求める本質を見極めないといけない時代であることは間違いないでしょう。



再び車に乗り込んで、1時間(木曽路は長いです)。





日没ギリギリの馬籠宿に到着しました。
京都方での木曽路の入口で、坂の下、濃尾平野へ向かって広大なパノラマが広がっています。





中津川の街を遠望。
おそらく中央自動車道の中津川ICあたりかな。
あの辺りまで行くと、もう「名古屋文化圏」です。
こういう境界を感じるプロセスが我が家の旅には大事。
「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で県境を越えるときにやるアレのような感じです。





行灯がともり始めると、もうそろそろ木曽路は闇の中。
そんな頃合いでも、下のバス停(中津川駅からのバス)からキャリーカートを引いて登ってくる外国人がチラホラいて、数年前に感じたとおり「こんなところを宿泊地に選ぶなんてなかなかいいセンス」と感心。
気のせいか、数年前よりもゲストハウスのような物件が増えているようでした。





そして日没の時刻となりました。
2018年の年末も、ここでの夕焼けを見ることができ、まずはホッとしたところ。
しかしその次の瞬間「また来年も来れるだろうか」とさみしい思いが押し寄せてきて、結局はそんなことを繰り返すんだろうなぁと考えてみたり。
でも最近は、そんな繰り返しでいいんだろうと思うようになりました。



この後は、完全に闇と静寂の中となった国道256号を昼神温泉へ走って、「湯多利の里 伊那華」で1泊。

昼神温泉へは中央自動車道で恵那山トンネルを抜けて園原ICへ行くのが順路なのですが、はるか先の中津川ICへ出る必要があり、ハードな大回りとなるので、今回は国道を選びました。
数年後には中央自動車道の神坂PA(馬籠宿に至近)がいよいよスマートIC化するそうですので、そんな必要はなくなりそうです。
でも、馬籠宿が一気に俗化しないか、そんな点が心配でもあります。


(つづく)


  1. 2019/01/14(月) 17:20:32|
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