しなのさかいの駅前広場

カタログ…

KATO 2019年4月分ポスターを見て「むむむ」となる。

おはようございます。しなのさかいです。

カトーから2019年4月分のポスターが発表されています。
今回はこの内容を見て、あれこれ考えてみようと思います。






【43系 急行「みちのく」】

「一時期は上り列車をC62が重連で牽引する姿も見られました。」というコメントで企画の狙いが明かされています。

当方としては、この「みちのく」という列車の情報に不足感を持っており、少なくとも自宅の資料を見ても列車の輪郭がはっきりと見えてきません。
今回はターゲットとした年代がいつもの客車急行シリーズ(せいぜい昭和40年代の姿)よりやや古いようで、本棚にある雑誌の記事を探しても昭和40年代半ば頃の客車急行の姿が限度。

重連運転に関する情報も、いわゆる「SLブーム」以前のことであるため、ネコパブの『国鉄時代』を定期購読していないとつかむことができないような気がします。

それならば、目ぼしい客車が含まれているか…
新しい金型による客車はオロ61、スシ48、オハフ45の3形式だそうです。
オハフ45はローカル運用の“雑客編成”を再現するために単品設定があるといいなぁと思う程度。
オロ61とスシ48については今までに必要と思ったことがまるでありません。
以前の「安芸〈1967〉」にはマシ38という食堂車が含まれて大いに歓喜しましたが、それは昭和40年代に入ってもカニ38等のゲテモノを連結していた「安芸」という列車(編成)全体に大きな魅力を感じたからです。

ちらっと接した小売店からの情報によると、メーカーが今回の「みちのく」製品化発表に合わせて、C62常磐形(ゆうづる牽引機)の受注を「まだ可能」と伝えているとか。
客車の企画を立ち上げておいて、牽引機の入手が絶望的…ということではパニックが起こりますから、まぁそういうことなのでしょう。
このことは残念ながら、今回のC62(+ゆうづる)に思いのほかユーザーが反応しなかったことを示しています。
これまで、カトーの蒸気機関車は受注が多過ぎて「2か月に渡る分納」ということばかりでしたから、そうではない事態になっているということは異例と言えそう。
「ゆうづる」を牽引したC62は、「ニセコ」並にそれなりの人気を誇っていた有名な列車だと思っていたのですが。

20系客車とC62の生産時期、いやポスターでの製品化発表の仕方が分断され、ユーザーが「ゆうづる」に対するイメージをつかみ損ねたという側面もあろうかと思います。
もし、今回の「みちのく」がこうした在庫のダブつきを解消するために急遽浮上した企画であるとすれば、ちょっと行き当たりばったりのようで…。

例の有名な記録映画の時代とほぼ同じ「みちのく」…と見ればいいのでしょうが、いずれにしてもモヤモヤ感は残ります。
今のところ、この客車セットを手にして、さらにC62を買い足して重連運転を楽しもうとする考えには至っていません。



【ワキ50000 2両セット】
【EF66 前期形】(再生産)
【コキ50000/コキフ50000】(再生産)

「ワキ10000丸屋根車からの改造車で…」というアナウンス文がありますから、おそらく既存のワキ10000のボディを利用するのでしょう。
というか、台車もTR203ですから、これはおそらく単なるワキ10000の塗替え製品…

EF66前期形の再生産に合わせた、ちょっとしたスパイスのようなものでしょうか。
まずは「再生産」を目的とした「新製品」の企画のように見えてしまいます。
再び国鉄時代の高速貨物列車を企画する意図が見えなくて、どこかモドカシイですね。
こういう企画って以前は、破壊力のある新製品ネタの脇役アイテムとして使われていたように思うのですが。
「だからどうした?」と反応してしまうのは当方だけかしら。






【E231系0番台 中央・総武緩行線】

「あれ、今までにやっていなかったっけ?」というのが当方の条件反射でした。
つい先日、近所の量販店で「大和路快速」を手にしているとき、他のお客さんが「久しぶりの再生産なんですよー」と嬉しそうにトミックスのコレを買って帰っていきました。
なるほど、この形式は長い間トミックスの独壇場だったんですね。
当方は冒頭の感想のように無味無臭な列車(失礼)と思っていますが、秋葉原、東京の象徴のように捉えているユーザーも多いのかもしれません。
「存在しないのも困る」アイテムでしょうから、これはこれで。



【えちごトキめき鉄道(日本海ひすいライン)ET122系】

ほぼ同時に「3市の花号」の製品化が、こちらはホビーセンターカトー製品として発表されました。
大阪から新快速の225系100番台等、JR西日本の521系、IRいしかわ鉄道の521系、あいの風とやま鉄道の521系と続いて、泊まで到達していた日本海縦貫線の旅は、さらにその先へと進むそうです。
直江津から妙高高原への車両(ET127系)は先日発売されたばかりですから、こうした遊びをしたいユーザーにとっては“足りないワンピース”でした。
ただ短期間に「北陸」という特定の地域への集中的なこだわりが度を過ぎているように見られます(この調整の無さは碓氷峠や中央東線に関する企画でも同じ傾向が見られますよね)。
北陸は好きだけど少ないインターバルでそこまで揃えるというのはしんどいし。
適度な生産間隔がないと、結局はその地域への興味を持っているユーザーさえ「そこまで買えません」という気持ちにさせてしまわないかと、老婆心ながら心配しています。

両運転台の気動車は小型レイアウトにも向いているし…というなのでしょう。
これも最近よくあるメッセージ。
間違ってはいないけどアイテムの選び方はもう少し考えてもらいたいなぁ。
例えばキハ22とかだったら「別の鉱脈」にぶち当たりそうじゃないですか。



【キハ85系〈ワイドビューひだ・ワイドビュー南紀】(再生産)

昨年に買い逃したユーザーが多くいると聞きますから、それなりに需要がある再生産なのでしょう。
そろそろ引退が近づいてきましたから、カミンズエンジンの音に感動したことがあるユーザーは手に入れておきましょう。
サウンドカード、出ませんかねぇ。





カトーの年度末は確か5月末でして、2018年度はその5月分の発表を残すのみとなりました。
カタログ既発表分の中では、大物であるJR四国2000系気動車が完全に宙に浮いており、その動向が気になります。
「年度末アイテム」とするのであれば理解しますけど、どうなんでしょう。
同じくカタログで発表されている新規ローカルホームシリーズの動きも見えてきません(もっとも当方はコレをやられるとつらい面もあり…)。
あと数日で2019年のカタログも発売されますから、そこでの発表をまた話題としてみたいですね。


ただ、企画同士のつながりは相変わらず感じられなくなっており、練られたストーリーも見られません。
打ち出された企画に場当たり的なにおいも漂っています。
地域性も偏っており、陣地転換というか振り幅も小さい。
たまには北海道とか九州とか、その辺りも模型で旅をしてみたいのですが。


勝手なつぶやきを失礼しました。
ではまた。

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  1. 2018/12/11(火) 08:10:00|
  2. 鉄道模型(車両)
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KATO 221系リニューアル車〈大和路快速〉

こんにちは。しなのさかいです。




関東平野は12月になって、ようやく秋らしい季節となりました。
昔と比べると葉が色づき始める頃が確実に遅くなっており、少しばかり怖いと感じています。
落葉から新緑の頃までの時間が少なくなる訳ですから、木々も「花が咲かなくなる」といったような何らかの変化がありそう。





予告しておきながら、しばらく時間を開けてしまいました。
申し訳ございません(またレイアウトのことをいろいろやっていました)。
カトーから221系リニューアル車<大和路快速>が発売されましたので、少しばかり見てみようというのが本稿です。

前稿のとおり、アーバンネットワーク構築の立役者であるこの車両はどうしても当鉄道に必要で、それが約30年の時を経てフルリニューアルを成し遂げた訳ですから、捨て置ける訳がありません。
今回はメーカー推奨のとおり「大和路快速」としての8連(基本+増結)、それから「みやこ路快速」としての4連(基本のみ)という総勢12両を迎え入れることとしました。
ちょっと大変でしたョ。





それにしても旧製品の存在は偉大でした。
したがいまして、新旧の比較から参りましょう。

前面はあらゆる箇所の線がリセットの上で描き直されていて、エッジの効きも良く、こうして近くで見ることも耐えられる出来。
ライトにはガラスカバーを表現するパーツが付いたので、旧製品のような陥没したライトとはなっていません。
こうして比較すると「次のステージへ進む必要」はあったのだと気づくことができます。
でも、輪郭はソコソコ同じのように見えまして、「旧製品もイイ線をいっていたのではないか」と気づくのでした。
先頭のカプラーが変わっている点にもご注目ください(後で触れます)。





旧製品でもボディとの合い方に不満はありませんでしたが、今回の設計を見ればやはり、リニューアルの恩恵は感じられます。
塗装に関しても、ボテっとした塗装の仕上りは見られませんで、サラサラ感のある上品な感じ。
ガラスのはまり方もピッタリ。
ピラー部分を比較すればよく分かります。
黒い窓枠はマットな仕上げとなっていました。

それから、JR西日本ファンの間では有名だった「青い帯の色調の違和感」は改善されたようです。
これなら西日本ブルーと言えましょう。





印刷箇所も増え、ステップにも黄色い警戒ラインが。
ドアボタンもしっかりと印刷され、リニューアル車であることを主張。
旧製品とは金型が完全に異なっていますから、目立っていた運転台ドア周りの分割線がなくなっています。
間違いなく情報量は増えています。





屋根上機器の比較。
配管の表現が違っていて、やや立体感が際立って見えるようになりました。
クーラーもパンタグラフも新しいパーツとなっています。





賛否両論がありそうなのが側面の行き先表示器の表現。
旧製品は窓ガラスパーツと一体となったくり抜き表現となっていましたが、今回の製品では383系のようにツライチのボディに黒く印刷されました。
種別表示器の位置だけは窪んでいますので「幕」と「LED表示器」の区別をつけたと言えましょう。
行先表示器は一定の速度(40㎞/h?)を超えると非表示になるそうですから、走行中の姿を前提とすれば、これはこれでよいと思います。
種別表示器にだけシールを置くというスタイルの方が精神衛生上は良いのかも。

それと、前稿で申した通り「転落防止幌」は案外気にならないもので、機能性を求めた結果の「美」もあるだろうという感想。
幌の差込み具合も心地よく、ギュッと差し込んだらグラつくこともありません。
ここの設計、寸法取りは521系からのノウハウもあり、非常に安定しているようです。
他社では難がありそうな箇所だけにありがたい安定感。
ただし、連結間隔だけは残念です。
かといって、TNカプラーに代えるような加工はさらさらする気もありません。



ところで…




前述のとおり、先頭のカプラーは「前面カプラーS#2」というパーツに進化し、晴れて電連もどきのフックがなくなりました。
密連の下のフックで連結するのではなく、密連そのもので連結するのです。
そしてその「電連」はカプラーに挟み込むダミーパーツに。
おそらく今後は2段タイプの電連も出てくるのでしょう。
そのタイミングはいつ???

それにしてもこの電連パーツはユーザー取付となっており(前面行先表示パーツと共にビニール袋に封入されています)、その取付が難しく、何度か異次元の世界へ飛ばしてしまいました。
幸いにも自分の足で踏んずけていたところを発見できましたので事なきを得ましたが、超あせったことは事実です。
お店でASSYパーツを見かけたらスペアとして確保しておくのがベストだと思います。
一袋10個入でして、当方はもちろん手に入れましたよ。





それから、その電連もどきのフックがなくなった反面、セオリー通りカプラーを引き出してからレールの上で連結させようとすると、カプラー同士の「合い」が固いようで、必ずどちらか一方の引き出しシロが元に戻ります。
仕方なく先頭車同士をひっくり返した状態で手にして、手元で確実に連結させてからレールに戻すという反則技をしました。

とはいえ、カプラーだけに緩ければそれも支障があります。
見た目は劇的に改善されるので、歓迎すべきパーツなのですけど、なかなか難しい問題もあるように感じました。
この辺はあらためて。





ライト、種別・行先表示の点灯具合。
後者は点灯していないように見えますけど、ちゃんと点灯します(旧製品はココは点灯しませんでした)。
「Q 大和路快速 奈良」のパーツがデフォルトで組み込まれており、交換用として基本セットには「O 大和路快速 大阪環状線」「D みやこ路快速 京都」、増結セットには「O大和路快速 大阪環状線」「Q 区間快速 加茂」が封入。
HIDライト等の点灯具合も程よく明るく、この点に関しては文句のつけようがありません。
そして、奈良所属の221系ということでフロントには車体番号が印刷。





シールの内容も「グレードアップシール」並に豊富で、見ているだけでうっとり(笑)
シールの情報量って、ユーザーに脳内旅行をさせることができる、とても重要なアイテムです。
トミックス製品に旅情を感じない要因はこんなところにもあるんですよね。
トミックス製225系は顔の表情の出来が良いだけに、側面の種別表示くらいしっかりと措置してもらいたかったと思います。



□      □      □



それでは、久しぶりに夜のロンリー運転会です
(ホントに久しぶり)。





ニューフェイス、323系とのすれ違い。
こんなところが大阪環状線であるはずもないので、大和路線のどこかで試運転をしているところでの離合ということにしましょうか。
221系は山を背景にしても似合う車両です。





木津では学研都市線と「みやこ路快速」と並びますから、そんな感じで。
夜が遅いので321系は電源をダウン。





103系との離合シーン。
この組み合わせは色彩的に「旬」を迎えています。

余談ですが、103系は40N体質改善車。
当方が持つ唯一のGM製品です。。
森ノ宮の103系とは異なり、奈良の103系は体質改善車だけで組成された編成が存在しなかったようで残念。
奈良から体質改善車が消え去ったのも随分前のことだったはずで、こうしてリニューアル221系と並ぶこともなかったのではないでしょうか。

当鉄道ではおかまいナシに、オール40N体質改善車の6連がツインドライブで運用に就いています。
とにかく走らない動力ユニットなので、ほとんどアクセサリー状態ですけど。
今更ながら、201系の体質改善車が必要になってきました。






民営化後にデビューした車両の模型がフルリニューアルを遂げる事例はあまりなく、カトーではE231系近郊形と313系シリーズで「顔面のやり直し」をした事例くらいです(そうする必要に迫られていたからなのでしょう)。
一方で今回の221系は、平成初期の製品を平成末期の設計水準でやり直したものですから、純粋な意味でのフルリニューアルといえそうです。
繰り返しになりますが、旧製品にはそれだけお世話になりました。


当方のような“221系ファン”が次に待つメニューは、転落防止幌のない奈良の6連と8連?
網干所属の併結を前提とした編成もアリです。
さらには登場時バージョンとして「新快速」の221系、“220系”2連を含んだ「大和路快速」の221系を待ち望むというところでしょうか。

とにもかくにも、221系が持つオリジナルのフロント傾斜角を楽しみたいもの。
そうでなければいけませぬ。





ついにトミックスが223系2000番台の製品化を発表しました。
昨年の同社の年末アイテムだった16番・223系2000番台、それから春にリリースした1/150の5000番台マリンライナーが好評だったことから、「機は熟した」として、ついに本命である1/150の2000番台を投入する決断が下されたのだと思います
(そんなにオーバーな話でもないか)。
このことは、残念ながら当方のカトーの223系たちを置き換える日が近づいていることを意味します…。


Nゲージで再現するアーバンネットワークが活況を呈しており、ここにも“ワールド”が展開。
不思議なことに、模型の世界では関西の車両の話題が大きいと感じるこの頃です。

ではまた。
  1. 2018/12/09(日) 13:00:00|
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関東者なのに221系が好きであるというその理由

おはようございます。しなのさかいです。




そろそろ、カトーの221系リニューアル車が鶴ヶ島の工場から出荷され、店頭に並び始めている頃合でしょうか。
221系の「旧製品」は1990年代初期に発売されてから、その後にJRマークの印刷、スカートと台車のパーツ更新、セット構成の見直しが行われましたが、基本的には当初の設計のままで四半世紀を乗り越えてきたもの。
ずいぶんとお世話になった模型でした。
この辺の話題は後ほどに回すこととしましょう。


さて、この221系。
不思議なことに、関東平野に暮らす1人の人間が、民営化直後のJR西日本〈アーバンネットワーク〉に興味を持つきっかけになった車両であり、30年近く、自分の手元に置く模型のラインナップにおいて欠かすことができない車種となり続けています。
それはなぜか… というのが本稿のテーマです。





数年前、ロマンスカーの中で謎のお友達の座間猫さんから譲ってもらった、221系のデビュー時のパンフレットを引っ張り出しました。
我が家にはこうした各形式・車両のデビュー時のパンフレットがたくさんあり、その中の一つとして収めさせてもらったもの。
表紙のモデルさんの格好から、なんとなくバブル期の空気感が伝わってきます。

残念ながら中身まではお見せできませんが、なんと言いますか、その頃にもうデビューしていたJR東日本の651系やJR九州の783系などと比べても、重みのある雰囲気を感じていました。
内装はシックに落ち着いていて、それまでの近郊形とは全く別物。
それでいて特急料金が不要なのですから「関西の方が民営化の波ですごいことをやっているじゃない」と思ったものでした。
庶民が日常的に乗る車両だったから、なおさらだった訳です。





1990年3月21日 新大阪

おそらく「初めて221系を目撃したときの1枚」のはずで、デビューから1年が過ぎた頃。
新宮鈍行(165系6両編成)に乗る直前の目撃でした。
でもまぁ、これはただ単に「見た」というだけの話。




ところで、1980年代の終わりから1990年代の前半にかけて、この頃は「青春18きっぷ」や周遊券の利用が自分にとっての全盛期でした。
そして、大阪へ行くときは、決まって“大垣夜行”を利用していたのです。




1990年7月23日 東京

懐かしい一段下降窓ですよ。
このときも「京阪神ミニ周遊券」を使って、夏休みに入ったばかりの東京駅ホームに立ちました。
文字通り京阪神をあちこち行ってみようという魂胆で、友人数人を引き連れての旅立ちでした。
1980年代から何度か「18きっぷ」を利用してきた身としては、この頃すでに、夏休みの大垣夜行がいかに恐ろしいことになっているかを十分理解しており、その回避策として「京阪神ミニ」+「サロ165」は必須としていたのです。
それでも念には念を入れ、夕方17時からホームに並ぶことは怠りませんでした。
大垣までとはいえ、結局は座席が指定されないグリーン券でしたから。
座れなければどうしようもなかったのです。


やがて発車時刻が迫るにつれ、ホーム上は通勤客と若者のグループが入り混じって大混雑。
入線した165系はデッキにも隙間がないくらいヒドイ有様で、非情にもそのまま大垣へ向けて出発。
サロ165にいると、この地獄絵巻を貫通扉の曇りガラス越しに感じ取ることができ(突っ走った手とかが見えるのです)、それは居心地の悪い、寒気を感じたものでした。
朝のラッシュ並の混雑のまま名古屋まで下るという荒行は、並大抵のことではありません。




問題はその翌朝。
そんな“18キッパー”は、いわゆる「大垣ダッシュ」をして一刻も早く西へ向かう傾向にありました。
165系から今度は113系へ。
座席数も少なくなり、東京からの立ちっぱなしを継続しなきゃならない若者も多かったことでしょう。

しかし「別に急がない」のであれば、大垣で一呼吸置いて、次の次くらいの列車を選べばよかったのです。





1990年7月24日 米原

実は(別に秘密のことでもなんでもありませんが)そうすることで、米原で始発入線待機している221系に乗ることができたのでした。
しかもガラガラで、この車内設備でも料金はもちろんタダ。

大垣夜行の余波が完全に消えてしまった時間帯に見る221系はとても輝いて見えたもので、関東者であるのに221系ファンでいる人の中には、当方のように、こんな手順を踏んでそうなった方もいたんじゃないかなと思った次第です。
「スゲえな、西日本」
本当にそう思ったのでした。
221系を外観だけでなく乗車体験から捉えてファンになってしまった、そんなメカニズムのお話でした。





1990年7月25日 法隆寺

ちなみに翌日は「大和路快速」で再び221系に酔いしれていました。
台車にヨーダンパが取り付けられるはるか前で、前面幕も英語表記が添えられていません。
スカートもデビュー時のショートタイプのままで、こちらの方が“軽快さ”がある前面でした。
こいつが120㎞/hで山間部の多い関西本線を爆速するのですから、カルチャーショックが起こるというもので、しかも4(221系)+2(220系)=6という奇妙な編成であったところもショックでしたね。
220系はとうとう模型化されませんでした。





1991年11月8日 湊町

翌年も221系を見に行ったという証拠写真です。
まだ地上に存在していた頃の「湊町」。
103系は冷房改造もされていないようです。
この頃の奈良の103系には前面がウグイス色のままで好きだったのですが、いつしか野暮な白帯が入れられるようになってしまいました。
残念。





1991年11月9日 奈良

これは以前ご覧いただいた奈良での写真。
空がオレンジ色に染まっているのはフィリピンのピナツボ火山の噴火の影響だと後日に知りました。
奈良を観光した後も221系で大阪の安宿へ引き返すところ。
今なら、趣向を変えて近鉄奈良線で帰れば良かったのに…と思ったりしますが、とにかくこの頃は何回も221系に乗って、その乗車体験を東京に持ち帰るミッションに燃えていたんだと思います。





1997年12月14日 新今宮

それから6年後の冬にも大阪の地に降り立ちました。
221系に大きな変化はなく、強いて挙げれば「新快速」の運用に223系1000番台が入り始めた頃というところでしょうか。



それから後は、関西方面に足を踏み入れることがなくなり、雑誌などの情報で221系の形態変化、新快速運用からの離脱などといった情報を目にするだけの年月となりました。
そして極め付けが、今般のリニューアル工事。
ライトの光り方もそうだけど、併結を考慮した4両編成には運転台脇に転落防止幌が取り付けられました。
この施しは、安全措置であるとはいえ、221系の前面のカッコイイ傾斜角度を殺すような措置に見えてしまい、かなりのショックでした。
225系ではその角度が存在すらしていませんから。





2018年2月25日 木津




2018年2月25日 奈良

しかしながら、2018年に入ってこうして約20年ぶりに221系との再会を果たすと、もうそんなことはどうでもよくなり(笑)、それよりもデビューから30年も経つというのにカラーリングも、基本的な外観もそのままであり続けたところに感激してしまったのです。





2018年8月23日 京都





2018年8月25日 京橋

今年の夏にも、下の娘を連れて乗ってきた221系。
娘に大和路快速の乗車体験をさせるならば、キチンと大阪環状線内から乗ろうと思い、北新地からわざわざ京橋へ転進。
ここから奈良へは1時間のショートトリップでした。


30年も経つというのに、そのままの格好でそのままの運用(大和路快速)に就いているのですから面白いですよね。
もし、自分がこの趣味を持った頃に、そこから30年前の電車を挙げてみたとすれば、それは恐ろしいほどの古典的なものばかりだったはず。
221系は1989年のデビューでありながら、デザインに今どきの車両との隔たりを感じません。
当時のデザインが余程優れていたのか、それともここ30年の工業デザインの進歩が思いの外緩いのか、興味は尽きないのであります。
かの水戸岡氏が西武の新型特急のデザインを賞賛しているように、鉄道に関する工業デザインの世界には、突き抜けるような狂気が排除されやすいのかもしれませんね。
その点、南海のラピートにはその狂気がありました。


週末にはリニューアル車が入線しそうです。
既に手元にあるアーバンネットワークの車両たちと共に、あれこれ考えてみようと思います。

ではまた。

  1. 2018/11/28(水) 08:30:00|
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KATO 165系 急行「佐渡」

こんばんは。しなのさかいです。




近所に存在する「山田うどん」。
言わずと知れた埼玉県のネイティブチェーン、ソウルフードでして、同県からあふれ出したお店がこうして近県で営業しています。
クルクル回るかかしマークは最近になってマイナーチェンジしましたが、ここはまだ旧タイプ。
それにしても“回転する”ロードサイドの看板は今どき珍しい。
とても目立ちます。
ですので、ずいぶんと前から「ここにあるのかぁ」と思って見ていたのですけど、殺伐とした佇まいはなかなか入りづらい雰囲気を出していて、何十年もの間、未知の世界のままだったのでした。

しかし、とうとう家族で食べに行きたくなる(安めの)お店のネタがなくなりまして、年貢の納め時という具合でついに訪問。

店内は1980年代のサービスエリアの雰囲気で、なんとオーダー取りも手書き伝票。
座敷席にはプープーと音が出る子ども椅子。
そして、自分が座った椅子はグラグラ。
久しぶりにノスタルジーを感じてしまいました。

「かき揚げ丼」はとても気に入りました。
家の連中もチープさに反した味の良さに惚れたようで、10月と11月で3回も訪問しているところなのでした。



どうでもいいことを書きました。





カトーから「佐渡」が発売されました。
前回の記事で少しだけ触れていましたので、その続きとしてみたいと思います。





細かくて伝わらない…というレベルかどうか。
雨どいが短いクモハ165の初期車だそうです。
これが運転台上部まで延長されたのは56番からとなるようです。
製品は「クモハ165-54」を名乗っています(流石にそこは間違えませんよね)。





回送運転台が付いたモハ164 500番台。
そもそも500番台の出自は1963(昭和38)年10月改正における準急「鷲羽」の12両化。
宇野線の変電所のキャパシティの都合で同線内を4M6T=10両編成とする制限があったことから、クモハ+モハを岡山回転とすることとなりました。
その際に製作されたのが、このモハなんだそうですが…

501から514までが製作され、このモデルはその内の「513」を名乗っています。
しかし、クモハ165-54とモハ164-513のユニットは新製配置が新前橋であり、西日本地域に所属したこともなさそうです。
つまり宇野線とは無関係。
関東ではこの回送運転台をどのように使っていたのでしょう?


その他、FRPタンクとなったサロ165というのもありますが、この辺りは製造時期による合理的な素材の選択と言えそうです。
低屋根でない普通屋根のモハ164とサハ165の製品化は定石と言えそうですので、これ以上の取り上げは省略します。





本題は、このサハ164です。
今回のセットでは、サハシ165-0(これも新規)との差替え選択方式で同封されました。
このことから「佐渡」は13両編成なのに基本セットも増結セットも7両(合計14両)というおかしなことになっています。
急行「ニセコ」セットのような、上り列車と下り列車とで別のスタイルを確保する必要もないですから。

このサハは、「アルプス」でサハシを連結すると登山客によるビュッフェの混雑(占領?)が激しくなることから、ビュッフェを売店方式へ変更することを目的に、1966年3月に製造されたもので、僅か2両しか存在しませんでした。
したがって、上越線よりも中央東線に使用されていたイメージが強く、逆に「佐渡」はサハシの方がしっくりとくるのです。
だってですよ、2両のサハが新潟に配属されていた期間は1974年12月から1978年7月までの間だけでしたから。
その後、約1年を大垣で過ごしますが、再び松本配属となり、再び中央東線を行き来することとなります。

サハシを編成に入れているとき、サハはこうして引込み線に留置しておくか、ケースに仕舞いっぱなしにするようになります。
ちょっと無駄ですよね。





カトーのアナウンスでは、1975(昭和50)年から1978(昭和53)年の姿としているとのことです。が、その頃の時刻表を取り寄せるのも面倒なので、手っ取り早く手元にある1970(昭和45)年12月の時刻表から、運行番号を確認します。





付属するシールには「佐渡」として「705M」と「706M」が収録されていますが…
1970年に当てはめると、どちらもそれぞれ上野と新潟を14時に発車する「佐渡3号」と「佐渡4号」というイメージで良さそうです。
カトーが想定する1975年頃もそうだったのかなぁ?





関東に住む者としては下り列車に憧れるものですから、今回も迷わずに「705M」としてみました。
この、番号を調べてから選択するプロセスは、115系300番台のときからのお楽しみとなっています。





上越線の主力列車ですから、同じく主力列車となる181系「とき」に登場してもらいましょう。





水田が広がる越後平野でも165系と181系の邂逅はあったわけで、昔は当たり前だった、今ではなんとも贅沢なシーン。
架線柱にはエメラルドグリーンの着色が必要でしょうか。





直線区間を爆走。
陽炎の向こう側からMT54の音が唸って聞こえてきそうです。





というわけで、カトーのリニューアル165系・第3弾は急行「佐渡」でした。
ホームページでも詳しく説明されているように、クモハとサロには、ひと目ではわからないような細かい形態差異が再現されていて、165系の全てを知り尽くしたようなユーザーには歓迎できる14両セットだったようです。

しかしながら、普通屋根のモハ164とサハ165、165系オリジナルのサハシであるサハシ165-0にとどまらずに、サハ164までを新形式として注ぎ込んでしまった辺りには、どうしても「やり過ぎ」感が漂います。
「アルプス」をもう一度生産する必要が生じたときに、今度はサハシではなくサハを入れて、別の角度から企画することもできたような気がするからです。
一見、ネタを使い尽くしたように見える中央東線の企画も、まだ183系0番台や189系(もちろん国鉄特急色ですよ)で「あずさ」をやる余地が残っているじゃないですか。
そのときの介添えとなる「アルプス」のために、このサハの製品化を温存しておけばよかったのです。
それを、差替え選択方式として“禁断の14両目”に入れてしまったのが今回と言えましょう。
実に惜しいことでした。

モハ164-500にもストーリー性、エピソードが添えられると良かったですね。





とはいえ、165系の急行「佐渡」は必要でした。
次は「東海」?
それとも169系「信州」?
「東海」ならば“大垣夜行”345M(375M)も意識して企画して欲しいです。
後者の方がセットネームとしてはユーザーの琴線にふれるような気がするからです。


ではまた。

  1. 2018/11/22(木) 23:30:00|
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レイアウト工事・集中月間でした。

おはようございます。しなのさかいです。




すっかりと秋の空気になりましたね。
それだけ更新を止めてしまいました。
毎日お越しくださっていた方々には再度お詫び申し上げます。



更新が途絶えたことに関しては、近況に大きな変化があったから…ではありません。
以前からこのブログをご覧くださっている方々は既にお気づきかもしれませんが、今回もレイアウト工事に邁進していました。
休日だけでなく平日の夜も作業を続け、山岳モジュールだけを仕上げようと思っていたら、いつの間にかレイアウト全体に作業が及んでしまい、ブログの更新を後回しにしてしまったという訳です。
趣味活動は以前「以上」に、フルパワーで取り組んでいますので、ご安心ください。





入線したばかりのカトー謹製313系3000番台をモデルにして、それでは予告していたとおり、山岳モジュールの左側です(単線ガーター鉄橋のあるモジュールの左側の意)。
コースターフを貼り付けて、線路をタミヤラッカーの「NATOブラウン」で着色(エアーブラシ施工)。
使用するコースターフは「明緑色」だけにせず、少量の「枯草色」「緑褐色」を手で混ぜて、春のイメージに近づけてみました。
実は、コースターフにはさらに“ウッドランドシーニックス”ブランドのクランプフォーリッジ「ライトグリーン」を混ぜています。
これ、面白いことに、先の「明緑色」と比べてビミョーに「濃い」のです。
ハイライトの付け方を考えると、この組み合わせはベストのようでした。





水田は「田植え前」、水を入れて土をかき混ぜてドローンとなった頃をイメージし、タミヤテクスチャーペイントの「ダークアース」を塗り込んでから、リキテックスのグロスポリマーメディウムとジェルメディウムを塗りました。
よく透明プラ板や透明アクリル板を使用した「水鏡」の作例を見ますが、当方には向いてないと思い、またプラスチッキーな水面を考えるとこの方がレイアウトに馴染むと解釈。
畦道は先のテクスチャーペイントを塗った上で、パステル粉を塗布して色調を落ち着かせました。





一部の方から絶大な支持をいただいたエンブレ坂も健在です。
トミックスの「わらぶき農家」も現役で、下に置いたジオコレの農機具小屋も溶け込ませることができました。
農家からは水田の様子を見れるようにすべきかと思っていて、当初に考えていた生垣は置かないことにしました。
オート三輪はこの舗装状態では不向きですね。
車種を選び直します。





トンネルの抗口のウェザリングもやってみました。
やはりコンクリートのジョイントをカッターで筋彫りして設けてやるのがいいみたいです。
本来ならジョイントは「凹」ではなくて「凸」とならなければならないのでしょうが、そこはまぁ(笑)
目下、繰り上げて施工しなければと考えているメニューが、架線柱の塗装。
無塗装ってこうして見ると案外目立つんですよね。
困りました。



レイアウト工事に関しては、お話したいことがまだまだあります。
断続的に披露させていただければと考えています。



◽︎ ◽︎ ◽︎





ところで、683系「サンダーバード」(リニューアル車)は基本と増結を、それぞれ別のお店で手にしました。
両店共に、ネットで在庫がわかるようなお店ではありませんので、まさに「脚で稼いで」見つけたもの。
その分、1990年代までのように小売店のパトロールをするようになったのはなんとも皮肉ですが、久しぶりに懐かしい体験をしました。
昨年に訪問した宇都宮のお店のように、ネットに頼らない特色づくりというのも、今となっては面白いのかもしれません。
あ、ちなみに宇都宮のお店はきちんと電話で在庫照会に対応してくれましたので。念のため。

それにしても…
共に新品、割引価格でしたからまずまずですが、最近は生産数が少ないのか、僅か1年前の新製品でさえ見つけにくくなってしまいました。
ユーザーとしては、数年前の新製品がいつまでも残っているといっても、それが不人気だったということではないということに気づかなくてはなりません。
「生産数のトリック」は間違いなく存在するのです。





165系「佐渡」も入線していますが、その辺りはまた次の機会に。
なんとも微妙なセット構成です。

ではまた。

  1. 2018/11/13(火) 08:45:00|
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