しなのさかいの駅前広場

またリニューアルですか、そうですか

2024年 あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。しなのさかいです。




※画像は昨年中に旧東海道を歩いたときのものです

更新をサボっている間に2024年となってしまいました。
いつも見に来てくださる方々には重ね重ね申し訳なく思っております。
2023年は、近年稀にみる更新頻度の低さだったと猛省しているところです。
とはいえ、皆さんにおかれましては、年末に自分だけの鉄道模型を手にされて(家族にシロい目で見られても)ホッコリ、ニンマリしている頃だったりしているのでしょう。



当方のNゲージ趣味活動における2023年を振り返ると…




とにかく「買い物で楽しむ」よりは、レイアウトのメンテナンスに時間を費やして楽しんだ(苦しんだ?)1年でした。
約9割の区間においてレールを交換したり、バラストを敷き直したりして…っていう感じです。
この12月の1か月間も結局レイアウト工事を進めてしまいまして、なかなかこの場での御挨拶ができなかったのでした。


そしてですね。

なんと、この12月において新たに導入した車両がゼロになりました!

年末商戦真っ只中、メーカー各社、販売店が猛チャージをしかけてくる12月なのに、リアルに新しい車両を買い足していません。
さらには近所の量販店で少々割引になるクーポン券があったのに、使わないまま期限を切らしてしまいました(アララ)。
よって、こうして物足りなくもあり、でも不思議なことに穏やかな新年を迎えています。
こんな12月、数十年にわたるNゲージ趣味の中で初めてです。

巷では評判が良かったらしいアノ新製品やコノ新製品も、当方にとっては必要のないものだったり、買った後で自分が走らせている様子を想像できなかったり、現物を見てみれば品質に疑問があったり、ということでパス。
「念のために(買わないより買って後悔した方が楽)」という心理で買っておく行動にもいよいよ疲れるようになっておりまして、明らかに一昨年よりも財布を開く意欲が減退しています。
別に節約志向となったつもりはないんですけどね。
「そう、これ!」っていう衝動で買おうとするものがなかなかお店に並ばないからなのですよ。
だから、理由を考えて買うことが面倒くさくなっている、と言ったらいいのかナ。





車両は買わなくなりましたけど、自宅でこういう遊び方をしていると、趣味活動としての気分がへこみません。
野立て看板の模型が1,000円弱で販売される時代ですが、自分で作ってしまえばよろしかろうということであります(飽くまでも個人で楽しむ範囲で、です)。





些細なレイアウト上の小道具です。
しかし、既に手元にある完成度の高い車両にストーリー性を持たせることができる効果的なエッセンスでして、その意味において車両工作の一環でもあります。
当方は、例えば車両にインレタを貼るよりは、こーいう作業に自由時間を消費してみたいんですよね。





この年末の休みを利用して樹木の追加増産にも取り組みました。
30本を追加しまして、これにて合計600本は超えたナと(本数を誰かと競っているのではありません)。
これも手元にある車両を引き立てるための(自分の中では)避けられない「背景づくり」です。
同じことを繰り返しますから正直つらいですけど、地面や山に植えたときに報われる気がするので不思議。





ということで、あとはひたすらに列車をぶん回しています。

まずは、カトーの12系客車(リニューアル版)。
EF81との組み合わせは、当方がこの趣味に入り込んだ1980年頃、黎明期のトミックス製品で散々遊んだときの、自分の脳内の中の編成です。
レサ5000は車間短縮ナックルカプラーに交換しましたが、車間が狭くなりすぎたか???





バラストを撒き直した外側線を、スロ54を連結して試運転しているところ。
編成に特別な意味はありません(ホントか?)。

その他の区間の線路も、この1年間のうちに交換したりバラストを入れ直したりしたので、少し前の風景とは大分変わっています。
ほぼ自己満足の世界ではありますが、大事なことです。





ED75と旧型客車4両による普通列車の編成も、この趣味に入門した頃の思い出の編成です。
最近はこーゆー遊び方が増えてきました。
70年代から80年代にかけてのメーカー各社のカタログに掲載されていたグラビアを思い出しながら、今ではフルリニューアルを遂げた模型に代えて並べて楽しむことができるんですから、すごいことです。
(その中において見劣りしないレサ5000はもっとすごい!)





夏に導入した475系もいよいよ走り始めました(運行番号表示器がまだですが)。
フルリニューアルを遂げたカトーのこやつは、これからも当鉄道の主役級となり続けるでしょう。





以上、新年の御挨拶を兼ねました近況報告でした。

買い物中心の趣味生活を大きく転換し、地面のメンテナンスを主軸としながら、必要なものをより強く見極めて細々と車両の増備を行っています。
「必要なもの」と言っても、ガイドラインは自分の頭の中にしかなく、皆さんに説明できる自信もありません。
突然目の前にピカーっと輝く模型が現れれば、すぐにガイドラインは引き直されるかもしれませんし(笑)

結局は「それを買って、その後はどうするのさ?」という自問自答がその「ガイドライン」なのかも。
こういう言い方をすると、お買い上げになった他の方々をディスっているように聞こえるかもしれませんが、決してそういう意味ではありません。
幅広いユーザーに「これ、買ってみたーい!」と思わせる新製品が現れない以上、各ユーザーがローカル的な価値観で車両を増備していくしかなく、現にそういう時代になっているのではないかなぁと。
で、狭いターゲットを狙った新製品であれば少数生産とするしかなく、価格も…



「今月の新製品」を持ち帰るよりは、「数か月前、数年前の新製品」を自宅で発掘して、そのときのトキメキを思い出しながら再発見してみるのも良いですね。
んでもって、自宅のレイアウト上を説得力のある車両たちで展開してみたい。

Nゲージに関係する野望は潰えることがありません。
仕事はほどほどにして、「この1年も電車ゴッコにまい進していこう」と誓う、2024年の元旦です。


それでは、本年もよろしくお願いいたします。


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  1. 2024/01/01(月) 00:01:00|
  2. 駅ノート
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よいお年をお迎えください



2023年12月27日 東海道本線・真鶴駅にて


2023年も残り数時間となりました。
1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。


しなのさかいの駅前広場


  1. 2023/12/31(日) 10:00:00|
  2. 駅ノート

「細い糸」を「太い線」に

おはようございます。しなのさかいです。




「復活でございます」なんて言っておきながら、再び更新までに時間を空けてしまいました。
本当にすみません。


当方は、週末の2日間で自由時間を確保できなければ、ほぼほぼ「その週の趣味活動はゼロ。また1週間後」っていうことになる生活を営んでいます。

で、そのとおりになると無気力のまま月曜日の朝を迎えるのですが、今はそんなパターンを繰り返さなければならない状況です。
平日の帰宅時刻は20時過ぎ。
片道1時間半の通勤ですから、もうクタクタのグダグダでして、平日の夜は何も手をつけられません。
それでも、昨年12月からの線路の敷き直し作業は毎晩強行したんですけど、やっぱり失敗の連続だったよナと。


現在「子育てのラストスパート」の真っ最中です。
11月が終われば、きっと遊べる日々が戻ってくるでしょう。




ということで、持ち時間の視点からNゲージ趣味との距離が微妙になる中で(幸いなことに?)待ち望んでいる新製品も皆無ですから、ますます日常から模型趣味が蒸発しかけていて、我ながら「このままではマズいなぁ」と思うのであります。

こういうときの気持ちのつなぎ止めとして機能するイベントが、毎月行われるメーカー各社の新製品発表だったりするわけですが…
最近はその機能を期待することも難しく(飽くまでも当方にとってです)。


各論で語ることができる段階はとっくに過ぎているような気がしています。
今は総論でしか評価できないですよね、各社の「新製品」って。

そもそものハナシ、毎月怒涛のごとく知らされる「新製品」が新製品であるとの共感がユーザーに広がっているかどうかが疑問でして、各社において新規金型の製造を避ける傾向は、もはや誰が見ても明らかです。

そしてその傾向は、上昇する価格設定の動きとリンクしているようにも見えます。
つまり、いつのまにかNゲージ車両の新製品っていうのは、価格を見直した上での「再生産」が主となってしまっている。
気のせいかな。

それでも一応「新製品」ですからね。
新しいメッセージは発信されるんです。
けれどもこれがまた微弱な電波なので極めて伝わりにくい。

「アソコをコーしました」
「へーそうなんですか。スゴいですね」
「あの時代、ココはコウだったんですよ」
「イヤー、今まで知りませんでしたよ」
「そのときの証拠写真がこれです」
「ヒェー、これではリニューアルしないとですね」


なんていう近視眼的な対話がイメージしやすくて「あそこの風景って1/150でも再現したいですよね」といった大括りな電波はもう飛んで来ないのでしょう。
企業活動として“とにかく今はアウトプットし続けることが重要”と総括されているのかも。


もちろん当方は一人のユーザーですから、企業方針、活動に対してどーのこーのと注目する気など(もはや)なく、これまでどおりにアウトプットされた企画や品々を淡々と受け止めています。
その結果として、以前のように買い物を披露するような気持ちになることはここしばらくない、という状態となっているに過ぎません。





当方を含めて、今でもNゲージ趣味を続けられている方々のリアルな日常が気になる毎日です。

「買いましたよ」
「私も買いましたよ。イイ模型ですよね」
「この模型を手にすると、あのときの思い出が蘇ってきます」


月イチで繰り広げられていたコミュニケーションが懐かしい。
かつてのように、重みのある「新製品」を触媒にしてユーザー同士がつながることが難しくなっています。



だからです。
「買いたいもの、なんかないかなぁ」と毎月のお小遣いの充当先を探していたりしませんか?
この捜索活動は「自分で『欲しい』と思うことにする」という本末転倒なことのようにも見えますが、実は他者とのリンクを復活させようとするユーザーとしての苦しみの現れなのかもしれませんよね。

今は簡単に善し悪しを判断できることではない、難しい問題です。





鉄道模型趣味は一人でやれてしまう趣味だけど、でも潜在意識としては他の同好者とのつながりを求め続けているもの。

だからヨソの人の買い物とか、その人の模型部屋の様子とかが気になるし、ネットがない時代は雑誌の記事、近所の模型店での井戸端会議でその欲求を満たすことができていました。

この「つながり」を求める潜在ニーズを見出して“細い糸”を“太い線”に交換できる発想が商いとして現れるとよろしいのですが、話題のハブとなれる模型店はほぼ全滅、レンタルレイアウトという業態もその代替としては機能しきれていないようです。
今見ている「新製品」にその役割が担えていないことも改めて付け加えておきましょう。



あらあら、無駄に長くなってしまいました。
今回はここら辺で。
ではまた。


  1. 2023/11/16(木) 09:30:00|
  2. 駅ノート
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国道7号の旅

こんばんは。しなのさかいです。




ちょっと所用がありまして、津軽まで行っていました。
車での移動なんで基本的に鉄分ゼロですが、こうして駅に立ち寄ってみたりしてソコソコ楽しんだような、そんなところです。

数十年ぶりに奥羽本線・北常盤の駅前に立って、青森から乗った普通列車のことを思い出しました。
大釈迦に停車中のスハ32のトイレから見た線路の記憶がフラッシュバックのように蘇ってきたりしましてね。
自分の人生の中の、ほんの一瞬の出来事なんだけど、一生忘れない記憶になっている経験って誰にでもありますよね。
以来、当方にとってスハ32系客車は特別な存在であり続けています。
カトーから2000番台で出してもらいたいなぁ…



所用が終わった後は、せっかくなんで日本海側を下ることにしました。





秋田市土崎では有名なうどん・そばマシーンを体験。
300円であの味は「お得!」としか言いようがありませんね。
ファンが多い理由がよく分かりました。





そのマシーンの上空100mからみた景色。
線路の撤去が終わっていましたよ。





本荘竜巻(たつまき)簡易郵便局で貯金をしました。
国道7号を南下している途中で偶然見かけた簡易郵便局で、なんの予備知識もなく寄らせていただいたところ、改めて確認するとなんとも強そうな局名じゃないですか。
局員の方からは「よく言われるんですよー」とのお言葉を頂戴しました。





象潟(きさかた)。
1804年の地震で2m隆起するまでは、宮城県の松島のような風景が広がっていました。
「松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし」とは、地震の前にこの地を訪れた松尾芭蕉の『奥の細道』の一文。
日本海側の「スケッチ」としては令和の今にも通じる秀逸な表現です。

ここまでが秋田県。





山形県酒田市でも定番スポット「山居倉庫」を見学。

当方にとっての酒田は『おしん』のおしんの奉公先、そして『西部警察 PARTⅢ』第23話「走る炎!! 酒田大追跡」で舘ひろしがミサイルMX-83(ナンダソレハ)を積んだトラ70000に飛び乗った場所として強く記憶されております。
この山居倉庫も、ミサイルの持ち主のアジトでした。





土門拳記念館。





続いて鶴岡市に入って、藤沢周平記念館。





新潟県に入って、笹川流れ。
ちなみに、川ではなくて海なのに「笹川流れ」?
「笹川」とはこの地にある集落の名ですので、そこんとこヨロシクです。





佐渡の山並みに沈む夕陽。


こんなところです。
青森県前から新潟県の出雲崎まで日本海側を一般道で南下し、往復の走行距離は約1,700kmでした。




訪問した土地の模型店には立ち寄れませんでしたが、ブックオフ等の模型コーナーには都合5店寄ることができました。

でも、収穫はゼロ。
珍しいモノは確かにあったんですが、旅先では目が効かなくなるものでして、欲しくなくても手を伸ばしがちなんですよね。
冷静になるように努力して、結局何も買いませんでした。
これで正解だと思っています。

こうしたお店の模型コーナーだけでは推し量ることは無茶ですが、東北地方の市場規模は決して大きくはなさそうで、逆に関東地方のそれが大きすぎるのかもしれません。



何を書いているんだか分からない稿となり申し訳ございません。
つまるところ、とりあえずの生存報告でございます(^^)

ではまた。



  1. 2023/09/30(土) 23:50:00|
  2. 駅ノート
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少なくとも今よりは

おはようございます。しなのさかいです。



最近「どうやら…」と確信に至ることがありまして。
それは俗に言う「働き手不足」というやつです。

現在、当方を含む家族全員が、職場や学校でそう実感せざるを得ない状況に直面しています。
不足する原因は多角的に分析されるべきなのでしょうが、一つにはこの国全体を覆う待遇面と労働実態とのアンバランス性が挙げられると考えています(さらにこの原因は多角的に…)

でも、働き手が足りないということは本当の問題の一側面、手前を切り取っているだけに過ぎないのかもしれませんね。
要は、今までどおりの業務を維持することが困難になっている、そういう職場やシステムがこの国のあちこちで現れている、という問題へ収斂されることなのかと思います。

あ、本稿では、我が国の行く末などを語るつもりなどこれっぽっちもありません。
飽くまでも鉄道模型趣味のことを向いているつもりですので御安心ください(^^)



さて、この業務規模の維持困難性は鉄道を含む公共交通機関でも同じのようで、関東平野に暮らしていると駅の窓口の閉鎖、ワンマン運転化などからひしひしと感じ取ることができます。

地方交通線についても存続に係る議論または議論のテーブルづくりが行われており、仮にバス転換を行おうとしても、今度は「ドライバー不足」という困難が待ち受けているようですからどうなんでしょう(バスに関しては関東平野でも同じことですね)

ここにきて、我々が趣味の対象とする鉄道は、10年前のそれと比べたとしても、より一層無機質なサービス、サービスそのものの消滅へと変化が加速しているようです。



以前から語ってきたように「鉄道模型趣味」については“撮り鉄”や“乗り鉄”のような分野とは異なり、幸いにも「現在」の鉄道の様子だけを対象としないで済んでいる訳です。

ですが、それぞれの主観による「今よりはまだ良かった」という「過去」への志向性のようなものを価値観として抱える人が増えているのではないか。
そんな仮説を持つようになっています。

「今よりはまだ良かった」とする過去がいつの時点なのかは(繰り返しになりますが)それぞれの主観。
蒸気機関車の時代なのかもしれないし、飯田線の旧型国電が走っていた頃かもしれないし、E26系のデビューや「さく・はや」の併結が始まった2000年頃かもしれない。

ただ、少なくとも趣味の対象としていく上で「現在」と「これから」の鉄道の姿についてはなかなか楽しみとして期待できるイメージを持てていないのではないか、ということです。
極論を言えば、大都市圏を除いて、鉄道として残る路線は新幹線だけであり、並行在来線はナシ、新幹線の駅からは自家用車…という世界しか描けないのかも(北海道ではそうした姿が現実となるようです)



⬜︎ ⬜︎ ⬜︎



2年前に「懐かしい」と「懐かしくない」の境界線のような話題を置かせていただきました。
その前の記事で大変参考となるありがたいコメントもいただきまして、それらを受けてのものでした。


2021年6月21日「(番外編)『懐かしいもの』と『懐かしくないもの』」


2年後に振り返ってみて。

今の鉄道模型趣味の全てを「懐かしい」世界として乱暴に定義するつもりはありませんが、近いうちにこの趣味に対しては「懐かしい」とか「今よりはまだ良かった」「少なくとも今よりは」という気持ちに浸れる、センチメンタルな趣味としての需要とか存在意義がより高くなるように思えてなりません。

もちろん、いつの世も今を生きる若い世代(いわゆる「エントリー層」)が今の鉄道の姿を見てこの趣味に入門しているはず。
「今の鉄道をそこまで否定的に見るのは論理として矛盾していないか」という視点も重要でしょう。

でも、大人たちによる鉄道の存続を巡る議論が渦巻き、その結論が着々と実行される様子を子どもたちにバッチリと見せてしまっているのですから。
これからは鉄道を知らない、見たこともないまま大人になる人口の割合が、もっともっと増えるかもしれませんね。
これまでどおりに、近所を走る電車を見た上での「エントリー層」が存在し続けると思うのはどうなのかなぁと思うのであります。





※単なるイメージです


前々稿で「飯田線シリーズのエピローグ」と言いましたが、こんな視点とも被るような気がしてキーボードをカタカタと叩いてみました。
若年層がいきなり旧型国電を「懐かしい」と思って(?)、これをキッカケにしてこの趣味に入門する日が来る…でしょうか。


ではまた。

  1. 2023/06/20(火) 09:30:00|
  2. 駅ノート
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2023年 あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
しなのさかいです。





2022年12月24日 東海道本線・米原駅にて


新年の御挨拶の前に、まずはお詫びから。

昨年は更新頻度が大分落ちましたこと、改めてお詫びいたします。
先月は、月初めにキハ183系で遊んだだけでしたし。
日々お越しくださる方々におかれましては、大変申し訳ございませんでした。

鉄道模型趣味のやる気を失ったわけではございません。
むしろその逆でして、レイアウト工事に邁進するあまり、この場の更新まで手が回らなかった…というのが真相です。
当方はどうも、レイアウト作業を進めながら画像を撮影することが苦手でして。
工事中の画像が見苦しいことも気にしていて、できることなら完成状態だけを見ていただきたいんですよね。

とはいえ、現在の工事メニューをちらっと御覧いただかないと説得力もないかと思いまして。




現在は田園モジュールの線路を貼り替えているところです。
ね、見苦しいでしょう。

この区間はユニトラック複線線路を製品のままつないで固定していたので、継ぎ目に段差や凹みが目立つようになりまして、踏面の光の反射が美しくなかったんです。
そんなこと、気にする方がどうかしているとも思いながら、気にし出すとダメな性分でして、ガガガとはがしたのが12月中旬。
その後、ユニトラック複線線路の道床部分を調達し直して、さらに新しいフレキシブルレールのレールのみを組み合わせて使って(枕木パーツは放棄して)ロングレール化を図っているところ、という流れです。

ロングレール化はユニジョイナーを少なくすることも狙いとしているので、道床は切って切って切りまくり(笑)
早めに工事を終えないと、いつまで経っても運転を再開することができませんからね。
なるはやでやっちまいます。

あ、フレキシブルレールの側面にはフィニッシャーズのプライマーを塗布していますので、この後のエアーブラシでもキチンと塗料が固着してくれるはずです。




さて、本題。
2023年となりました。
皆さんは鉄道模型趣味を続けていく上で、どのような野望を抱いていらっしゃるでしょうか。

フル編成の新幹線を車両基地風に並べてみたい、とか。
HOで長編成を1本くらい増備したい、とか。
はたまた、レイアウトの着工でしょうか。

カタログに掲載された巨大なレイアウトの写真を眺めながら「いつかは…」なんてことを思うことは、とても健全なことであります。
当方は幼少期をそうやって過ごしてきました。



昨年の当方の趣味活動の振り返ると…

2022年は買い物が極端に少なく、趣味の予算の範囲では財政的にほとんど苦労しない1年でした。
その少ない買い物も、再生産やプチリニューアルを機会に、やや傷んだ手元の模型を新ロット品と交換するとか、2本目の編成を導入するとか(583系の稿で語りました)、そんな程度だったかと。

前者の場合は、結局のところは単なる「交換」ですから、懐の痛みはそれほどのことでもありません。
後者についても買うか買わないかは(新製品を買うことよりも)自由意識で決められます。
まずは手元にある1編成目でも十分にお腹いっぱいな訳で。

そんなことから、マイペースでのんびりと、レイアウト工事にウエイトを置く1年だったんです。



さて。
「買いたいもの」っていう、財布からお金を出す瞬間に出す結論は、実はこの趣味に限ってみれば幅広い概念となっているとつくづくそう思います。

当方が見れば…
「欲しかったもの」
「欲しくなかったもの」
という“現在”を基準とした過去の感情を確認しつつ出す結論ではないかと。

「欲しかったもの」は、いわゆる「待っていました!」という待望の新製品ってことになりますから、それはそれで幸せなことです。
Nゲージの世界で、まだどこのメーカーも手を付けずにいた車両が「いよいよ製品化」と告知されれば、その日からは1日千秋の思いで過ごすこととなるでしょう。
当方にもそういう経験、数多くあります。

「欲しくなかったもの」はその逆で、残念ながら「買いたくない」という結論に至ることがほとんどです。

でも、「買いたいもの」に至る高揚感は、本当は「欲しくなかったもの」からのアプローチにこそあるんじゃないか。
当方は、そんな仮説を持っています。

その「欲しくなかった」けど買うことにするって、いったいどういうことなのか。
文字情報(セールスアナウンス)や立体情報(試作品画像など)から考え方を変えることで選ぶ進路ってことでよろしいでしょうか。


ややこしいのは「欲しくなかった」けど「買いたい」と判断した経緯と言いますか、「買いたい」という気持ちの内面に微妙なバリエーションの違いがあるということなんです。

「おお、いいじゃん」という表裏一体的なマインドであれば最高なんです。
企画や設計、生産品のハイレベルさを見て、心を動かされるような点があったということです。
自分のカテゴリー外、守備範囲外だったものがそうじゃなくなるときの、知的欲求が満たされる幸せ。
「◯◯系だけ」「◯◯地方の車両だけ」という自分の中の戒めが決壊することは、別に悪いことではありませんよね。
徐々に興味の範囲を広げてこそ、趣味生活が豊かになるのですし、少なからず誰もがそうしてきたはず。


でも最近は、以下のような内面もあったりしませんでしょうか。

①鉄道模型市場は厄介なことに多品種少量生産という状況になっていて、じっくりと考えて買うことができなくなっています。だから、後で探し回ることとなる前に「今のうちに買っておくしかない」

②鉄道模型メーカーの企画力(?)により、過去の製品の焼き直しが高回転で進んでいます。
2年前の新製品がいとも簡単に「リニューアルする」とアナウンスされることもあり、分売パーツで補えないのならば「仕方がない。買い直すしかない」

③この趣味はコレクション性が高まっていて、買うこと自体が目的となっている向きもあります。
乾いた心のまま何かを求めて模型店へ行き、新しい車両を見ることに。
欲しいものがないけど、あえてその中から「なんとなく買ってみよう」


まだまだあるかもしれませんよ。
欲しくなかったけど買うことにした経験と、そのマイナス的な内面。
皆さんは昨年1年間でいかがでしたでしょうか。
その結論に至る気持ちの整理は清々しいものだったでしょうか。


「この趣味は、買い物をし続けても幸せになれなくなっているのかも」
そろそろこんなことに気づかなければいけない頃合いなのかもしれませんね。
内面にモヤモヤが残る「買いたいもの」を増やして模型部屋をパンパンにするよりも、既に手元にある車両がより活きる環境とか舞台の整備に力と時間を注いだ方が、トータルとしては正解なのではないかと。
もちろん個人差はあるでしょうが、当方はそんな結論がぼんやりと見えてきています。

昨年1年間、近所の量販店に並ぶ自称「新製品」たちを見て、そんなことを考え続けていました。



新年早々につまらないことを申しました。
お許しくださいませ。
1年前と比べれば、レイアウト工事は「手直し」の段階に入っており、今後もその流れが続くと思われます。
作業の後、手元の車両をレイアウトの上にチョンと置いて、ニヤニヤとする時間を増やす。
これが今年の目標です。





それから「露天風呂」のような、はたまた「こたつでみかん」のような新しい車両が、今年の年末にも迎えることができていればイイですね。


それでは、2023年のスタートです。
改めて、本年もお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。

 
  1. 2023/01/01(日) 00:01:00|
  2. 駅ノート
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よいお年をお迎えください。



2022年12月24日 東海道本線・米原駅にて


2022年も残り数時間となりました。
1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。


しなのさかいの駅前広場




  1. 2022/12/31(土) 13:00:00|
  2. 駅ノート

伊那谷を駆け抜ける

おはようございます。しなのさかいです。


夏の野外観察日記も今回で終わりにします。
模型成分がほぼないにも関わらず、絵日記にお付き合いいただきありがとうございました。
最後の回をどうぞよろしくお願いいたします。



さて、ここからは「飯田線シリーズ」、いや「伊那谷シリーズ」ということになりまして、以前のように阿智から岡谷まで、伊那谷をチンタラと北上した様子を御覧いただきます。

今回はコロナ禍直前の2019年の年末以来の伊那谷トリップ。
頭の中の情報もずいぶんと上書き更新されましたので、訪問箇所に変化をつけてみることとしました。





まずは、温泉街にある阿智神社。
例年は、旅館をチェックアウトするとすぐに飯田方面へ走り去ることを常としていましたので、少し温泉街をフラついてみようかという発想でした。

娘たちは神社下の「万葉茶寮みさか」さんで御朱印をゲット。
土曜日なので郵便貯金の趣味は封印です(阿智郵便局は既に訪問済)。





昼神温泉のネコ。
のんびりとした時間でした。





その後はいつもどおりに国道153号を通って飯田市へ入りました。
今回は早いうちに野菜類を買ってしまおうと考え、中央自動車道・飯田IC近くの「りんごの里農産物直売所」へ。

飯田バイパス沿い、隣はエディオン、道路を挟んだ反対側はケーズデンキという場所に農協さんはよくまぁ産直施設を建てたものだと。
土曜日の朝だからなのか、地元の車がまるで歩行者のようにバンバン入って普通にお買い物をしていました。





それにしても飯田市は興味深い土地です。
河岸段丘に広がる街で、いわゆる“田切”地形をまたいだり、その斜面を登ってみたりと動き方にバリエーションが多く、車でウロウロしていて飽きません。





飯田線切石駅付近で川を渡り、斜面を登る。
その登った上が飯田市の中心部になる訳ですが、この動き方が「飯田城」の斜面を登って城の中に突入する動きと同じになります。
なので、街並みが崖によって途切れたと思ったら、その崖の上には比較的平らな土地が広がっているという、群馬県沼田市に近い“ギャップ”が見られておもしろい。

また、田切地形に付き合うように、天竜峡方面から北上してきた飯田線の線路は、天竜川近くから大きく内陸へ迂回して標高を稼ぎ、切石駅から飯田駅へ。
飯田線の前身である伊那電気鉄道が建設費用の関係からこのような敷設にしたんだとか。

この地形の賜物によるオメガカーブが、下山村駅と伊那上郷駅の途中下車マラソンコースを生んでいます。
『究極超人あ~る』や『探偵!ナイトスクープ』で全国的に有名となり、その後も様々な方々が参戦しているので、興味のある方は動画方面で是非。

地域をマルっとキリトるカトーの「飯田線シリーズ」の楽しみ方にはいろいろあって、例えばこんな地面への興味もあると確信しています。



その後は“飯田城内”に位置すると思われる某店で数年ぶりにNゲージの在庫をチェック。
トミックスのブラスシリーズが新品で売られているのを再度確認して立ち去りました。
探していたという方は急いで!





おみやげにと思い、某店とそれほど離れていない場所にある「一二三屋まん十」さんに立ち寄りました。

まんじゅう専業で御商売をされているようで、温泉街のまんじゅう屋さんが街のど真ん中にあるような不思議な佇まい。
ふかふかの黒糖まんじゅうは期待を裏切らない甘さでした。

これからの我が家の定番おみやげ調達スポットとなることは間違いなさそうです。





まんじゅう屋さんから背後を振り向くと、飯田駅から続く飯田市街は静まり返っていました。
歩いている人がほとんどいないんです。
土曜日の午前中だからなのか(土曜日の午前中なのに…?)

気のせいかシャッターが降りっぱなしになっていると思われる店舗も相当数見られ、ここも地方の現実を例外なく受け止めているのだと。
先程の飯田バイパス沿いは車の量と相まって、週末らしい人の活動が見えたんで、余計にコントラストが目立ちました。
鉄道の駅から広がる街の様子であるだけに、鉄道ファンとしては余計に…



飯田市に限らず、これまでの地方の街づくりのトレンドに対する「総括」や「反省」のようなことがないと、中心市街地の賑わいの再生も中途半端な形に終わるような心配もあります。

規制緩和、そして霊感商法顔負けの華美なセリフで補助金をぶら下げて地方をノせて踊らせる国の誘導。

この国ってそういう過去の取組に対する反省をすることが昔から苦手でしょう。
切腹文化(と言っていいのか)が責任をクリアにしてきたようで、でもそれは決してそうではなかったのかもしれません。

背後に見えた景色は、そうした反省がないまま次々と生み出されてきた対処療法的な国策のツケが降り積もった結果にも見えてしまいました。
ちなみに次は「デジタル田園都市国家構想」だそうですから、どうか地方行政に携わる方々は御慎重に。





さらに少し北上して、駒ケ根市へ。
光前寺に寄ってみました。





このお寺は木曽山脈からの空気がそうさせているのか、苔を鑑賞できる境内となっていて、大変厳かな景色が広がっていました。
最近は「霊犬早太郎」伝説でも有名ですけど、苔ファンにもたまらない場所なのでは。





その伝説のお方。





それからワンコのおみくじ。
結果はあまりよろしくなかったです。

やっぱりおみくじは正月だけにして、その結果を忘れながら1年を過ごす方がイイみたいです。
だいたい1年経つと「オレって去年はなんだったっけ」ってなるものでしょ。





再び北上。
そろそろ遅めのランチでも良かろうということで、伊那市に入って「古民家カフェ マツノエダテラス」さんに寄らせてもらいました。

飯田線赤木駅からも歩けそうな距離にある、飯田線沿いのお店でした。
ただし列車の走行音は聞こえても、林の中を走っているため姿が見えず(残念)。





ワンコ再び。
ちょっとだけ待ち時間がありましたので、遊んでみました。





これだけの野菜が原型を保って入っていると、味わう前に目で見て楽しむことができます。
とにかくカラフルですし、具がドロドロに溶け込まれた都会のスタンドカレーのメニューとは全てが対照的で。





南アルプスの方を眺めながら、心地よい風を受け止めることができました。
完全なる天然クーラーでしたよ。
遅めの入店でしたので、閉店時刻の15時まで過ごさせていただきました。





古民家を再生する事例は全国に広がっているようで、我が家の近くでもチラホラと見られるようになってきました。

その用途のほとんどが飲食店のように拝察していますが、この傾向は好意的に見ています。
と言いますのも、ファミレスチェーン等で使うお金と比べると、そんなに変わらないのです。
どうせ使うなら、もっと個性的で、訪問したことが記憶に残るお店で使いたいし、少しでも心地よい空間に出来るだけ長く身を置いてみたい。

飲食業界にも「コト消費」が価値を持ち始めた、と言うことができるのかもしれませんよね。
皆さんのお住まいのお近くでは、このようなお店、増えているでしょうか。





仕上げは伊那市の「ドルチェ・カリーナ」さんでジェラート。

この時点でお腹はパンパン。
「夕飯はもう要らないよねー」という全会一致の決議を見たので、さらに北上。




やがて諏訪盆地のランドマークとなっている長野自動車道「岡谷高架橋」が見えてきて、浜名湖から北上し続けた今回の旅は大団円を迎えました。

地味なコースを選択した普通のドライブ旅行でしたけど、やはり旅の楽しみ方は多種多様であり、自分のスタイルを守りながら組み立てることにこそ面白さ、醍醐味があります。
なんと言いますか、仮説を立てて実験してみるような。
その結果が失敗すれば反省しますし、うまくいけば喜びも倍増するというワケ、です。



岡谷では天竜川の始まりとなる「釜口水門」を見て(実はこの辺りもうなぎが名物なんです)、諏訪湖を半周パレードして余韻に浸ってみたことを付け加えておきませう(笑)





帰り道の途中、山梨県山梨市の「ほったらかし温泉」で投了。

向かう途中のグネグネ登山道で側溝に前輪を落としたばかりと思われるトヨタヤリスとすれ違い、以前から心配していた事故例はやはり起こっているのだと確信。
帰りは下山する形となるため、自然にスピードが出ますし。

小雨がパラついていたので、降りて困った顔をされていたドライバーさんは、さぞかし湯ざめしてしまったんではないかと心配になりました。
その数時間後、当該車は消えてなくなっていましたから、無事にサービス車に助けてもらったんでしょう(良かった)。





鉄分少なめなのにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

ではまた。



  1. 2022/09/15(木) 08:00:00|
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奥三河潜入

こんばんは。しなのさかいです。


そろそろこの道中記も終わりにしないといけませんね(ホントにすみません)

「いつもの場所に行く」と言っていました。
その「場所」とは、伊那谷の終点である昼神温泉なのですけど(またです)、いつもとは違うアプローチを選んだ…ということなんです。





今回は遠州から奥三河を辿って、ダイレクトに昼神温泉に出ることとしました。

いつもは塩尻から木曽路(国道19号)を通って、中央道の恵那山トンネルを抜けるルートを選んでいるので、全く南北逆のルートになります。
国道153号を北上すれば、ズドンと昼神温泉へ到達するという地図上の気づきもありましたし、何よりも奥三河には土地勘がなくて、2000年1月に飯田線を乗り通したときに湯谷温泉で途中下車したくらい。

今回のドライブで風景を眺めてぼんやりと記憶するくらいのことはしておきたくなりました。





前稿のとおり、昼の時間帯まで湖西市にいたので、少々遅れ気味となりました。
三ヶ日、新城、本長篠と走り、国道257号へ。
途中、故障して動けなくなっているロータス・セブンを横目に見ながらひたすらに走り続け、このルート上で一つだけ見ておきたい場所へ急ぎました。





四谷の千枚田。
愛知県新城市にある、階段状の見事な田んぼです。

ココの千枚田の素晴らしさは、レイアウト製作の視点で見ると、ダークグリーンとライトグリーンの組み合わせがとてもきれいだということ。
千枚田によく見られる石積みの擁壁も味わい深いものがあります。

最盛期の「千枚」に比べると、その枚数は大分少なくなっているようですが、それでも圧巻の景色でした。





「この辺には何があるの?」

そう聞かれることにはもう慣れています。
テーマパークも、アウトレットモールもありませんから、同行する方としては心配なのでしょう(笑)





でもですね。
縮尺の大きな地図上には何も描かれていないけれど、グッと目に近づけて見直せば、何やらたくさんの観光情報が、ポツポツと見えてくるんです。
ちょうど星空観察の営みに似ているかもしれません。

現にこうした自然文化遺産があった訳ですよ。
もちろんこの景色を見て「つまらない」という人もいるでしょうが、その対策は「そう言う人とは旅をしない」。
これに尽きます(爆)

まだまだ奥が深そうな奥三河。
浜名湖に続いてこの辺にも宿題を多く残しました。





もう一つは鉄道のこと。

四谷の千枚田を見た後、設楽町の「道の駅したら」に寄って、保存されている豊橋鉄道田口線(旧・田口鉄道)の「モ14」を見てきました。

2021年5月にオープンしたこの道の駅は「設楽町奥三河郷土館」を併設していて、その郷土館は町の中心である田口から移転してきたんだそうです。
「モ14」は郷土館の敷地内で展示していたため、施設の新築移転で車両もココに移されたんだとか。
解体されなくて良かった。

田口鉄道についての詳細はWikipedia等にお願いするとしますが、簡単にまとめると、飯田線・本長篠から三河田口までを結んでいた鉄道です。
飯田線の元となる豊川鉄道、鳳来寺鉄道と車両を共用するなど、3社が一体となった運営がされていたにもかかわらず、その2社とは運命を違えて1943年の国有化から外れ、その後は豊橋鉄道への吸収合併を経て、1968年に廃線となったそうです。
無念。

国鉄飯田線への併結直通運転も行われていたそうですので、なんとなくですが、昭和30年代の飯田線の姿が見えるような気がしてきました。





床下にはトラス棒。
何故こうした棒が床下に取り付けられているのか。
分かった瞬間、技術上の制約と進歩を感じ取れますよ、たぶん。





古いメカニズムが見てとれて、やっぱりこの時代の電車は「機械」なんだなと。





外板は劣化していました。
移転させただけで車両への手入れはなかったようです。
屋根もある保存場所ですので、そのうちリニューアルされることを期待して。





実はこの場所への立ち寄りはほぼ偶然です。
開館していることは予習していましたが、昼神温泉へ向かうための時間が少なくなっていたのでスルーするつもりだったのです。

で、その最中に同乗者たちが「トイレ」とおっしゃる(だからなんだよっていう言葉です)
コンビニの出現を待ちながら走り続けていたところ、皮肉にもやっと出現したコンビニの隣が「道の駅したら」だったというワケ。

奥三河での思わぬ邂逅となりました。
もう少し予習しておけば良かったナと思いながらも、予習しておけばきっと廃線跡探索で前へ進めなくなっていたと思うので、こんな程度で良かったのだと思うこととします。




その後、1時間は走りつづけたでしょうか。
信濃に入り、下伊那郡根羽村、同平谷村を経て同阿智村へ。

途中「ネバーランド 営業中」という看板が出現するなどして、同乗者たちはいつもと違うルートにかなり不安を覚えたらしく、昼神温泉に出た瞬間「あーここに出るのか」という安堵と祝福の声と拍手が1,500ccの車の中に響き渡りました(オーバーですが)
これも奥三河、南信州の秘境感からのものなのでしょう。
ルート選択は大成功だったようです。

そういえば、元長野県知事は同郡泰阜村に住民票を移して長野県庁まで通勤するとかしないとか言ってましたっけ。
長野県はホントーに広い、連邦国家のような県です。





阿智村・昼神温泉で1泊。
星空がきれいな夜でした。


いい加減、あと一つで終わりにします。









(おまけコーナー)



昨日、女房殿が「神保町へ本を探しに行く」というので、書泉グランデでRMライブラリー254『豊橋鉄道 田口線 ー田口鉄道の残影ー』を買ってきてもらいました。

「道の駅したら」で見たモ14の姿が、なんと言いますか飯田線になり損ねた私鉄線の成れの果てのように見えて、また旅の途中で出会った車両への敬意も湧いてきていて、もう少し知ってみたくなったんです。
こういう深掘り作業、以前はNゲージの新製品ポスターから始まっていたことでした。
やっぱり楽しいですよ、知ることは。

今のメーカー各社の企画にも似たような“お題の提供”が欲しいところなんですけど、ストーリーテラー的な提案を求めること自体がもはや…
本日は青組のポスターが開示されていましたっけ。


ではまた。






  1. 2022/09/08(木) 22:30:00|
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Arai Barrier

こんばんは。しなのさかいです。


「ファミリーロッジ旅籠屋・浜名湖店」がちょっと変わった場所であると申しました理由。
一つは、日本の大動脈である東海道本線、東海道新幹線の線路際に建っていること、と申しました。

さて、もう一つです。
それは、この地が旧東海道沿い、日本橋から数えて31番目の宿場・新居宿のすぐそばに建っていること、になります。
観光地に建てることはあえてしないとしている(?)同社としては珍しい、観光地に建っている浜名湖店…のようです(当方にはそう見えます)。

せっかくなので、出発してわずか数分のところに位置する新居宿に向かいました。





新居宿は東海道五十三次の中に存在した二つの関所のうちの一つ、「新居関所」を抱えています。

Wikipediaによれば「浜名湖西岸の今切口に面した標高約3-5m程の低地に立地し、隣接する新居関所(今切関所)は東に浜名湖口に面していた。新居宿の北から東は浜名湖に、南は遠州灘(太平洋)に面していた」とのことで、ココは舞阪宿から渡船によって上陸するという、物理的にも関所として相応しい場所だったんですね。

復元による石垣は、その手前が海だったことを示していて、旅籠屋さんは、かつては海の上だったということになりそうです。





関東人にとって旧東海道の関所は「箱根関所」が有名です。
中学生のときの遠足でも行きました。
その箱根と並ぶもう一つの関所に、予習もしないで突然訪問することとなりました。
浜名湖湖畔のリゾートホテルなどに収まってしまっていたら、こうした歴史的な土地の存在に気づくこともなかったでしょう。
宿泊場所は出来るだけ軽めなところの方が、その土地の見方を変える発見があると言えます。





取り調べを行う代官とその部下たちの人形は“旧関所スポット”の定番。
期待を裏切らない雰囲気に、小学生の見学時には大賑わいでしょうね。

新居関所の裏も東海道本線なので、313系やコンテナ列車が数分間隔で走り抜けていました。
今も昔も、この地は日本の大動脈なのです。





関所を出て、当時の旅籠屋建築として保存公開されている「紀伊國屋資料館」に徒歩で移動。
旧東海道は画面突き当たりを左に曲がる形で京に続いていて、新居宿もL字状に展開する形で広がっていたようです。
確か、旧中山道の下諏訪宿もそんな感じでした。





平日だからなのか、我々以外に観光客はいませんでした。
おそらく浜名湖に来たら舘山寺温泉の方とかが定番なのでしょう。
もったいないことだと思いながら、でも当方の中では「イイトコ見つけた」感が強く、旧中山道ばかりに親しむことはせずに他の街道も見てみようかなと思ってみ始めたり。

海側から心地よい風も吹き抜けてくれまして、夏に古民家を訪問することには、間違いなく一定の合理性があると考えてみたり。





「今晩はこの辺でお願いしますね」
そんなことを言われたのかどうかは分かりませんが、江戸時代の旅人がチェックインしたとき、この場所にどんな人相の先客が居たことか。
間違いなく、この場所で緊張する一瞬があったことと思います。
相部屋ってすごいですね。





紀伊國屋資料館のすぐそばには「小松楼まちづくり交流館」という無料施設もありましたので、少しだけ訪問しました。





建物は明治末期のもので、大正から昭和初期にかけて営業していた芸者置屋兼小料理屋を移築したものだそうです(確かに切妻建築だけど近隣と整合性がないような)
でも、こうした施設が一つでも多くあることは、街の回遊性を生むこととなって良いですね。

旧東海道の宿場町は、第1番・品川宿の現在の様子から全く興味がなかったのですが、よく調べていなかっただけなのかも。
なかなか見所がある新居宿でした。







早めのランチは、新居の「かねはち」さんで。
ほぼ旧東海道沿いのお店です。





容赦なく家族全員で「うな重・特上」をいただきました。
フカフカのうなぎであることは御覧のとおり。


検索すれば浜名湖周辺にはうなぎ料理店がワンサカとヒットするので、素人には難しい選択となります。
聞いてもいないのに評価が見えるようになっていて、それが実にウザい(もちろんこの評価に基づいて選択を簡単にしてしまう人もいるでしょう)。
ただ、アップロードされている写真だけは客観性が保たれている情報として参考にさせていただきました。

こちらを訪問させていただいたポイントは「うな重本体以外に無駄な付け合わせ品がないこと」

うな重と肝吸い、お新香だけというシンプルかつテーマがはっきりとしたメニューに「これこそ、うな重」と納得しました。

箱根周辺でも外観がお洒落なそば屋に入ると、懐石料理のような「そば料理」が出てくることがありますでしょう。
浜名湖界隈のうなぎ料理店にも似たような傾向があるような、ないような。
飽くまでも当方の主観です。


もう少しつづけてよろしいでしょうか。
ではまた。




  1. 2022/09/03(土) 21:00:00|
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