しなのさかいの駅前広場

ユートピアもモーターなしのままでしょうね

キハ181系に対する興味はトモダチから

こんばんは。しなのさかいです。




週末に隣町でこんな映画を観てきました。
キミ悪い書き出しにすると「何を始める気だ?」と案じられることと想像しますが、当方に映画を評論するような自信は備わっていませんから御安心くださいまし。

申し上げたいことは、こういう映画を観て自分の中に“なにかしら”が残るようになった、そういう年齢になった、というただそれだけのことなのです。
もしかしたらこの場にお越しくださっている方々の中にも…と思いまして紹介させていただきました。

解散。







ではなくて(^^)

前回、国鉄時代の山陰本線の顔と思える車両を少々語ったところでした。
その頃の山陰本線を訪れたこともない当方の、極めて感傷的なむかしばなしとなりますが、もう少しお付き合いください。





山陰本線のディーゼル特急としてキハ82系ではなくてキハ181系を持ち出すところが年代としてアレかもしれませんが、当方としてはやっぱりこっちなんですの。
「山陰」の座席車として12系を推したことからもお分かりいただけるでしょう。





キハ181の運転台の後ろには大きな機械室があって、キハ180とキロ180の屋根上にはラジエーター。
ライトのケーシングから印象付けられる顔つきも、当時のアメリカ車やそれを真似た国産車のような流麗さが見えたキハ82と比べると精悍な角張ったものになりました。
外観からして「強そう」という言葉が思い浮かびますが、20系客車のデザインも過去のものになりつつある時代でしたから、このキハの変化もトレンド、時代の転換点に差し掛かったものだったのかな。

キハ82系は北海道から九州まで(四国を除いて)全国的に散らばって活躍したため、運用線区が限られたキハ181系の方が特定の路線を思い起こしやすい…ということもあります。



1984年にトミックスからキハ181系が発売されたときは、その良さがイマイチ分からなかったんです。
その頃の“カッコイイ先頭部”の概念は運転台が屋根と同じレベルにあるそれでしたしね。
あ、トミックスでも動力ユニットが入る車両に室内灯を取り付けられるようになったのも、確かこのキハ181系あたりからでして、その点では素晴らしいと感じた記憶があります。

とまぁ、そんな程度の当方だったんですけど、実は同じクラスの同級生にいち早くトミックスのキハ181系をハアハアしながら買うマニアがいましてね。
関東平野に住んでいながらずいぶんと渋い車両を推すものだと、やや距離をとって(?)見ていました。

ただ、飯田線の旧型国電やオハフ61に乗ったりする(俗に言う“間に合った”)同級生もチラホラいまして、毎朝学校に行けばこういう人物たちが集まって、自然に刺激を受け続けることができていました日常でした。
なので、次第に当方もキハ181系の顔に妙な愛着を持つようになってしまいまして。





1987年11月17日 山陰本線 保津峡駅付近

当方がキハ181系を好きになるまでの時間もそんなに掛からず、こうして約3年後には修学旅行のついでに京都口で実物を見て惚れてしまった、ということなんです。
京都駅でもキハ181系が大音量を奏でて排気ガスをモクモクと上げて入線してくる様子を見まして、関東の人間には刺激が強すぎる景色でした。


んでもって、帰ってきてすぐに街の模型店へ自転車で急行してトミックスのキハ181系を入手。
民営化後の姿にすべくJRマークを転写して、銀河モデルの列車無線アンテナを付けることに大きな満足感を得ていましたっけ。
今となってはやらなくても良いことでしたが、できるだけ肉眼で見た車両を手元に置きたかったのでしょう。

トミックスのキハ181系は、20世紀の終わりの頃にBMTNカプラー対応が行われただけで、長らくそのままの仕様で生産され続けました。
しかし、前面窓周りの無塗装など、見劣りする点も大きくなりましてね。好きな車両ではありましたけれど、やがて手放してしまいまして。

その夜明けがカトーによる製品化によってもたらされました。
2010年12月のことでございます。





このように今回のキハ181系、前回の12系「山陰」を推すことは、実は当方が自分の目で見て興味を持った対象だからではなくて、そのときの同級生の推しアピール、巧みなプレゼンテーションによって感化された結果だったからなのでした。

今から考えると自分史の中で鉄分が濃い目だった最初の時代でしてね。
それはもうすごかったですよー。
朝、登校すると始業までの間はずーっと鉄道の話題。
掃除の時間も4、5人が集まれば同じ。
学校にバレないようにグリーンマックスのオロハネ10やオハネフ12を組んで持ってくる奴とかがいましたから。
昼休みに学校を抜け出して時刻表を買ってくる奴もいて、体育館で寝そべってみんなでそれを見ながら談義したり。

これ、普通の公立学校であったことなんです(笑)
このときのアナログ的な仲間の存在は、今の趣味の楽しみ方に強く影響し続けていて、数十年間感謝し続けています(みんなどうしているのかしら)。





ついでに。
1980年代前半の山陰本線の旧型客車の中では、オハニ36がアイドルだったのではないかと(そうですよね?)。





荷物室が行商の方々にとっての荷物置き場として機能していたことは有名なエピソード。
構造の特徴から編成端に連結されるので、灯るテールライトがよく似合う客車だと当方はスリこまれています。





室内灯は白熱灯のイメージにしたくて、旧LED室内灯にオレンジフィルターを被せています。
この車両に乗車することはいろいろと大変だったようですが、アンバーな色の車内に身を沈めて車窓を眺めてみたかった。
あ、飽くまでも現役の普通列車に、ということでです。





キハ58系も置いておきましょう。
山陰本線の顔として登場しなければならない車両はまだまだあります。





いかがでしたでしょう。
鉄道趣味の対象を自分の脚と目を使って広げることも大切ですが、素直に他者の「楽しい」をおすそわけしてもらうことも面白いものです。
自分が“間に合わなかった”過去の対象であればなおさらでして、現代の常識や価値観と比較すれは笑い話になったり、お金を支払ってでも得たい価値を見つけることにつながったり。

「夜行列車」であれ「山陰本線」であれ、それらを愛おしく興味深い対象として誰かにリコメンドできている、そんな“電波塔”を、あの頃を思い出しながら探しているところです。


ではまた。

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  1. 2024/01/20(土) 00:10:00|
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「山陰」を見つめる眼差しあれこれ

こんばんは。しなのさかいです。




所用がありまして、年明け早々に信州・松本まで遠征してきました。
中央自動車道を利用して、片道3時間弱の旅。
この期間、国宝・松本城では連日夜間にプロジェクション・マッピングのイベントが開催されていて、日没後に観光客を街中へ誘い出すことに成功しているようでした(所用のついでに見てきましたよ)。





街全体も松本城への誘導を上手くやっていまして、こうなるとビジターはチェックイン後にホテルや旅館に引きこもることを「もったいない」と考えがち。
商売って人の心理を揺さぶる工夫があってこそ、なんでしょうね。





ちなみに。
松本市では市内の路線バスの公設民営化を断行しました。
昨年4月のことです。
複数のバス事業者でまちまちだったバス停のデザインも、りんごの中にバスが描かれた可愛らしいものに交換され、新ブランド「ぐるっとまつもとバス」として統一化されています。

おそらくですが、自治体が赤字事業者に補助金を支払い続けても「もう無理です」と撤退されてしまえば元も子もないので、今のうちにバスを利用しない人も含めた市民全体での維持費負担へと転換して「地域の魅力を維持しよう」ということかと想像します(違っていたらゴメンナサイ)。
この結果、路線の見直しも市主導で行われ、より市民の声が反映された形で再構築が遂げられたようです。

市内には3月以前と同じようにアルピコバスや、タウンスニーカーバスが走っていますが、全ての車両には「ぐるっとまつもと」のステッカーが貼られ、事業者各社は松本市から運行を委託された「受託者」という形になりました。

真の意味での「公共交通」が市内の回遊性を確保して、暮らしだけでなく交流人口の維持にも貢献できているのでしょう。
「公共交通」と言いながら事業者の収益性に寄りかかって見て見ぬふりをしてきたこの国の流儀には、あちこちで綻びが見え始めています。
北海道の現状を見れば分かりやすいですね。
地域の魅力は観光資源やスポーツイベントだけで維持できるものではありません。
公益とは何か、なんていうことを考えてしまう2日間のハイランド・ステイでした。



□     □     □



雑談が長くなりました。
模型の話に進みませう。

昨年末、カトーから新しいポスターが発表されました。
基本的にその内容を個々に語ることはしないつもりなのですが、当方が好きな列車に関連するメニューがありましたので、少しだけおしゃべりすることをお許しください。


気になったのは以下のメニューでした。






10-1879 夜行鈍行「山陰」 9両セット ¥25,300
​5141 スユニ50 ¥2,420


カトーとしての年配層をつなぎとめておくためのアイテムではないかと拝察しています。
当方も、夜行の各駅停車である「山陰」は、その時代と走行区間を含めて以前から好んでいる対象です。

「山陰」はセット構成を見ると、ずらりと模型的に見覚えのある旧型客車が並んでいまして、例外としてオハフ45 100だけが新規となっているみたい。
価格は1両当たり平均で約2,800円というところで、9両のうち3両だけ(マニ60、スユニ61、オハフ45)がテールライトユニット入り。
価格面での検証はその他にASSYパーツでの1両分で見てみるとか、いろいろありそうですがやめておきます。
いずれにしても、思わず検証してみたくなるセット価格であることは間違いないんですの。

スユニ50は、10-1326 14系500番台 寝台急行「利尻」 8両セットに500番台が入っていただけですから、本州タイプとして単品設定されたことは歓迎できます。
こちらはテールライトユニットが入って2,420円だそうです(…ん?)



さて、気になった点の一つ目です。

カトーから客車セットが発売されるときは、必ず牽引機も設定されるのが常なんですが、今回はその前の月に発表された7008-K DD51 0暖地形がそれだったようです。
そのときに同時に発表した20系「さくら」向けに設定されたため、販売店が今回の「山陰」に対応する数を発注できなかった可能性もあります(説明文には「昭和50年代になると米子区に転属し、福知山線や山陰本線などで活躍を続け」とのほのめかしはありましたが)。

「それならもう少し多めに発注したのに」「先月予約しなかった」などなど、販売する側、予約する側のちょっとした機会損失になっていないかと老婆心ながら気になったのでした。



二つ目です。

やはり今後の展開がよく見えないから、買った後の自分の満足感に自信がないんです。
カトーとしては往年の夜行鈍行を次々と製品化していくのか、それとも国鉄時代の山陰地方を見せようとしているのか。
特設ページのニュアンスを窺うと(今後の製品化は分かりませんが)どーも前者っぽい。
今回の「山陰」自体が観測気球なんでしょう。
まぁ、どちらもどちらで面白そうではありますが、当方としては「後者でやれそうだったのに」と思えてしまう点が気になりました。

と言いますのも、昨年夏に再生産したキハ58系は、昨年から年明けにかけて近所や都心で絶賛叩き売り状態であるほど「売れない」と評価されているようだからで、それならば「山陰」に似合うアイテムとしてタイミングを合わせて店頭に並べられなかったのか、という疑問が浮かぶんです。

また、先に発表された20系「さくら」も「出雲」、あるいは(新規で)ナハ21、(カートレインのときの)カヤ21入りで「だいせん」だったなら…と考えてしまうわけです。
その20系「だいせん」にはマニ50とスユニ50も連結されていました。
「出雲」ならDD54ブルートレイン牽引機も登場すれば山陰本線の表情もより賑やかになります。
同じく山陰の顔であった朱色のDF50もしばらく再生産がありませんし。
これまた再生産が途絶えているキハ82系、キハ181系も然り。

カトーは最近の電車であるとか、イベント・観光系の列車については豊富な知識を開示しながら説明されているように見えますけど、国鉄時代のそれは不得手になっていないかと。
大変失礼ながら、先日のホビセンフェスティバルでの説明を拝聴していても、その「落差」が見えたような気がしています。




皆さんは新しいポスターを目の当たりにして「これを買ってどうするのさ」という自問自答をしている、ちょうどそんな頃ではないでしょうか。

当方も同じなんです。

夜行鈍行「山陰」というよりは「山陰本線の旧型客車(蒸気暖房車)の詰め合わせ」と解釈し直して、日中の普通列車を組む前提で受け止める方がしっくりくるのかなぁとも(「オマケで『山陰』にもなるよ」という体で)。
旧型客車の時代ですから「山陰」のための固定編成だったわけでもありませんし。

これらの客車をシリーズ的に単品で設定し、毎月2両くらいを小出しに発売して、ユーザーの販売店来店頻度を増やすとか、そんなこともアリだったのかもと考えてしまいました。
ユーザーの山陰本線への眼差しを数か月間キープするようなやり方です。
買って走らせることが大きな目的ではあるけれど、「ポスターを見ることで、そして細々と客車を買い続けることで、あの頃の山陰本線に思いをはせ続けたい」というニーズもあるのではないか。
鉄道模型を買う行為にはそんな効能もあるのかも、とはこの場で散々申し上げてきたことです。






ところで。
当方は2021年発売の10-1670 客車編成セット「きたぐに」の中のオハネフ12(2080)を単品で持っていましてね。

『j train』Vol.49「特集 夜汽車の時代1980’s ながさき・山陰・はやたま・からまつ」によれば、「きたぐに」に使われていたオハネフ12は、晩年の「山陰」に使われていたとのことです。
車番は2010、2018、2022、2033で、出雲客貨車区の所属でした。

今回発表された「山陰」に含まれるオハネフ12は蒸気暖房の番号(42)ですが、その後に車検切れとなり、「きたぐに」からバラされたこれら2000番台の車が使われたとのこと。

ああそうかと客車編成セット「きたぐに」に含まれているオハネフ12を見ると2010、2018、2079、2080。
お、2010と2018は最晩年の「山陰」に使えますね。
2079と2080は出雲ではなく竜華客貨車区へ転属となって「はやたま」に連結されました。
したがって、手持ちの2080は厳密には「山陰」に使われていませんが、雰囲気としては十分でしょう(^^)





この「きたぐに」の残党のオハネフ12と12系が併結されて「山陰」として活躍していたのは、1984年2月から1985年3月まで。
郵便・荷物輸送が廃止されたことを機会に座席車が12系化され、こんな異形式の混結が生まれました。
12系の使い方は「きたぐに」の他にもこんな列車で存在したんだ、ということです。





電気暖房仕様なんですけど、牽引機はDD51ですから、相変わらずの蒸気管を使っての暖房確保だったようで。
座席車(12系)だけはスハフの床下のディーゼル発電機による電源供給。





この頃のDD51 0はもうそろそろ廃車…という状態だったのでは。
1000番台 暖地形の再生産もしばらく途絶えていますから、そろそろ?



「12系は異形式との混結編成に仕立てて眺めてみたい」。
こんなことを考えながらレイアウト上をぶん回した変態趣味の人の独り言でした。


ではまた。

  1. 2024/01/11(木) 23:00:00|
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新しいサウンドカードたち

おはようございます。しなのさかいです。




この週末は、所用により少しだけ信州方面へ出かけてきました。
これにて当方の「繁忙期」は終了で、普通の模型生活に戻ります。

小淵沢付近がちょうど紅葉の見頃のようでした。
そこよりもさらに数百メートル高い富士見高原の風景はすっかり「冬」だったので、上から下に向けて紅葉の範囲が移動していることがしっかりと分かりまして。
関東平野もそろそろ、でしょうか。



Nゲージ界隈ではトミックスの221系が大きな話題となっているようですが、当方はスルーしてしまいました。
カトーのリニューアル品でもう十分ですし、もちろん転落防止ホロがないスタイルでも持っておきたいところですが、当方にとっては登場時の短いスカートのスタイルで「新快速」の運用に就いていた姿の方がベスト。
それだけでなくて、4+2で「大和路快速」というのも良きですね。
のんびりと待つつもりで、そうやって取捨選択していかないと、そろそろ模型部屋が爆発すること間違いなし、という結論です。
インレタ貼りが面倒なのも大きな要因で、カトーが製品化してくれればありがたいんですけど(どうでしょう?)





そんな話題を片目で見ながら、カトーから新しいサウンドカードが発売されたので、都会の模型店で引き取ってきました。

今回は無難で渋めのラインナップ。
当方の所有車両群との親和性も高く、この先に活かせる投資となるような気がして、容赦なく買ってきました。





ただ、その中の「205系」だけは謎。
211系とのダブルネームとするなら分かるんですけど、今回はそうはしていない。
さすがに今のカトーの205系を生産し続けても…という気がしていて。
長年この趣味を続けていると、こういう電波にセンシティブになるんですよ。
よろしくないですねー。





差しました。





「キーン」という高音が混ざりながら、11両のコキ50000を牽いた列車が走り出しました。
模型人間としてはホッとするひとときです。





こんな鉄道シーンもそろそろ過去のものになろうとしています。
過酷な運用の連続であるDF200もダメージが相当なのでしょう。
「引退」という足音が聞こえてきたようです。


ミニチュアとして目に見える形で残すことを重視しながら、リアルな音を添えることも選択肢として提供し続ける。
このカトーの「遊び方の提案」はどこか狂気地味ていて(褒めています)企画発表当初には完全に惹かれてしまいました。

そして2014年12月、カトーが毎月のように買いたくなる車両を発売していた最中に「サウンドボックス」もドカンと発売されまして「えいやあ」と。

2014年12月28日「 KATO サウンドボックス」

その発売当初からカトーの音へのこだわりを応援し続けていて、今では複線用に2台持ちとなっています。
10年経っても第一線で遊び続けられているんですから、お金の使い方としてはまずまず…でしょう。









(おまけコーナー)



何やらまたまた印刷。





うーん、少し違うなぁ。





悩みながら、貨物ホーム前に置いてあった木材の山に程よく着色してみました。





こんな感じかな。
ま、いいか。


ではまた。


  1. 2023/11/29(水) 09:00:00|
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もう一度、近鉄10100系。

こんばんは。しなのさかいです。




いきなりですが、今回はカトーの近鉄10100系〈ビスタカー〉ですね。

11年前に室内灯を取り付けたときに「難しい」と申しまして、実際にそう思い続けていましたが、この度「LEDクリア」に交換するために再び分解してみたところ、案外簡単に取り付けられたので、そのついでにレイアウト上を走行させましたよっていう些細な話です。
よろしくお願いします。

室内灯は、単に車体をひっくり返しながら(ユニットが落ちないように)取り付ければ良かったようで、大きな反省点がありました。





後輩の30000系(立石謹製)とのすれ違い。

実際にはこの仕様の10100系とのすれ違いはないはずですので、スカートが付いて2階建車の裾が紺色となった全盛期(晩年?)仕様での再発売が期待されます。
ていうか、2007年の発売時からそうした要望は大きいんですよ。
もちろん、私鉄電車の原形仕様は必要だと考えている人間なので、これはこれでアリです。


ただ、再生産、再発売で問題となりそうなのは、平屋車に入れる室内灯プリズムで、いわゆる「クリア」のものではライトユニット本体に干渉するような気がします(飽くまでも「気がします」ということで)。

あいにく旧LED室内灯のプリズムは流通していませんから、2階建て車と同じように専用のプリズムが必要かもしれませんね。
そんな気づきがありまして、今回はその旧LED室内灯のプリズムを存置させました。
明るさに問題はありませぬ。

余談ですが、カトーにおかれましては、室内灯のプリズムだけを流通させてくれると、短くなったプリズムとのペアでは使えない手持ちのユニットを再利用できて助かるんですが…





昭和30年代の〈カッコよさ〉が観察できる。
私鉄特急の趣味的面白さはそこに(も)あると思っています。
曲面を多用したボディ、湘南電車のような正面の塗り分け、151系のような突き出たライトケース、などなど。
当時の流行はおおよそ取り入れられている、のかな。







「VISTA CAR」のロゴ、特に「S」をポイントとしたデザインを見ると、模型としての所有欲も満たされてしまいます。
ルーバー付きの蓋なんか、メカニック性が濃くて。





「レジェンドコレクションNo.3」。
最近Nゲージを始めた方にはよく分からないカテゴリーとなっていることと思いますが、ちょっと前のカトーでは、歴史に残る車両を特別なパッケージで製品化していて、それはそれは楽しいものでした。

このシリーズが2017年にNo.9(東急7000系)を発売した後に途切れ、かれこれ6年は経とうとしています。
もうこのシリーズの再開はなさそうなので、バックナンバーを楽しむ段階に入ったと言えそう。

でもまぁ、それもそれでイイじゃないですか、ね(^^)





あ、C編成のパンタを上げ忘れました(^^)

2007年に発売されてから16年。
この間、あまり走らせることもなく眠らせていたかもしれません。
これじゃダメですよね。
集電性能も優れているようで、とても良く走行してくれます。
室内灯も明るくなったので、しばらくはレイアウト上の主力列車として走り回ってもらいましょう。











(おまけコーナー)

最近、各方面をパトロールしている中で、鉄道模型趣味との付き合い方、Nゲージ趣味との付き合い方をリセットしようとしている諸先輩方をチラホラ見るようになりました。

特に、今までどおりのお金の使い方を立ち止まって考え始めている方が多いようで、かつてこのブログで取り上げてきたテーマともシンクロしています。

もちろん直接的なトリガーは、模型店に並ぶ商品の価格の高騰ぶりと企画のチープさを巡るそのバランスの悪さだと思いますが、よくよく気持ちを察すると「買えない」という次元を通り越しているようなんですよ。

なんと言うのかな、「数を増やすだけでは豊かな気持ちになれないかも」と気づき始めたと言いますか。



鉄道模型趣味って、学生時代を終えて社会人になれば、大抵は自宅で1人で楽しむ(しかない)趣味となってしまいますでしょう。
それ故に、趣味生活に新しい刺激を求めて模型店へ足を運び、お金を何かに換えてそれを自宅へ持ち帰って、自分の中に何らかの新しいインパクトを加える。
こういうサイクルが何年も続くと、そのうち「遊べていない」と気づくようなんです。

持ち帰ったモノを上手く消化できていない、持て余しているようなんですね。
でも、その閉塞感の突破口は「再びお金を使うこと」に見い出そうとして…


難しいことを申しました。
「今後、鉄道模型はゼロ円で遊ぶべし」なんて言っているのではありません(そこは誤解なきように)。
ユーザー各人がそれぞれに、自分が今までにしてきた「お金の使い方」に違和感を持ち始めている、そんな胎動を感じ取っている次第です。

もちろん違和感を持ち始めるキッカケは、昨今の新製品などを見て、ということなのでしょうけどね。


これ以上進むと長くなりますのでこの辺で。
あー、また今日も新しいポスターが。

ではまた。




  1. 2023/09/14(木) 19:00:00|
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2両のサロ110のつかいみち

おはようございます。しなのさかいです。




5月末に発売されていたカトーの113系1000番台。
そのうちのグリーン車2両をASSYパーツで調達し、駅の端っこの留置線に置いたままにしていました。

この2両を、クモヤ90を両端に挟んで回送列車に仕立ててみる、ということは友人であるキハ181つばささんと企んでいた(?)ものです。

今の時代の電車の編成のように固定化されていないところが国鉄時代の牧歌的かつ魅力的なところでして、中間車だけを抜いて検査に回すから代替車を挿入する…ということが日常的に行われていたんですね。
そんなシーンを各員で再現すべし…という西落合からのメッセージがこのクモヤ90の発売でした。


編成全体に室内灯を入れる必要はないかもしれません。
明らかにやり過ぎですので、いずれ外しましょう。
カプラーは両端をボディマウントタイプにしていますから、最近のカトーの電車ならだいたい連結可能。





田園風景の中に突如現れた謎の列車、っていう感じでレイアウト上を快走。
畑仕事の途中の人にとっては、きっとどうでもイイ出来事なんでしょう。

国鉄時代はあちこちに存在した施設間を結ぶイレギュラーな列車がよく走っていたものです。





クモヤ90の使い方は「妄想次第」と言えそうで、ガシガシ遊ばないともったいない。
そろそろ、そう思えるようになりました。





カトーがクモヤ90を製品化したのは確か2013年。
M車とT車が用意されたとはいえ、実質的には1両だけという小さな新製品でした。
ということで地味な発売になりましたが、牽引する車両をほぼ問わない、正に「電車ごっこ」という遊び方が可能となる深いアイテムだったことも事実。

と言いますのもね、最近の新製品が高い割にアレでしょう?
こういう“ちょっと前の新製品”を見つめ直して、心ゆくまで楽しんでみるのもようござんすよねっていうことです(^^)


あえてお願いを言うお許しをいただけるとしたら、奥まって見える側面窓ガラスの改良です。
斜め前から見て、視覚的にドア窓を認識してしまうと、客窓ガラスが認識できない、というか。

「飯田線シリーズ・エピソード0」というべき本製品の側面ガラスに対するユーザーの反応から、クモハ53007に“はめ込み式”が取り入れられたようで(?)

ですのでね、飯田線シリーズの設計技術のクモヤ90へのフィードバックがあるとイイんですが(そして救済ASSYの発売も)。


今回は軽めに。






(おまけコーナー)

久しぶりにレールクリーニングのお話。
この手の話題はあちこちで盛んで、基本的には「気づき」ネタですから見ていて面白いテーマですよね。
勉強させてもらっています。

当方は最近、こんなアイテムを併用するようになりました。





ゴッドハンド「神ヤス!」10㎜厚の10000番です。

乾式ヤスリでやっちまうとレール踏面を傷つけてしまい、これがスパークを生んで…という悪循環はよく知られています。
ただし、この10000番くらいの番手になってくると「汚れを削り取る」というよりは「踏面を(ピカピカに)磨く」という考え方により近くなってきます。





正解かどうかは分かりません。
ただし、人差し指で軽く押さえてレールの上を動かしてみると、明らかに引っかかりがなく、滑るような感覚を得られます。
これが大事かと。

スポンジの硬さも、レール踏面に対して水平を保ってくれる程度で安心。
大きさもNゲージのレールにちょうど良く、駅のホームなどに接触してもスポンジなので全く問題なし。
乾式だけでは心配ですから、クリーニング液を数滴垂らしてから「磨く」ということもたまーにやります。

汚れた研磨面は二つの神ヤスを擦りながら水道水を浴びせていたら、程よく復活してくれました。


ではまた。

  1. 2023/09/05(火) 09:30:00|
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1993年2月10日 只見線431D

おはようございます。しなのさかいです。


昨年10月、2011年の豪雨により被害を受けていた只見線が全線規模で復活し、インバウンド需要を中心にして活況を呈しているようです。
行政と住民が一丸となって御努力された結果だと見ていて…と、その辺の評価は専門家の方々にお任せしておきましょう。

只見線、確かに見事な車窓を楽しめますよね。

当方が只見線の存在をはっきりと認識したのは、西村京太郎『急行奥只見殺人事件』(1985年)でした。
ただ、この路線の魅力を語る部分はあまり記憶になくて、小出駅のとんでもないトリック(と果たして呼んでいいものかどうか…)に呆然とした記憶の方が強く残っています。





「ひょっとしたら只見線は観光向きかもね」と認識したのは、このときだったでしょうか。
子どもの頃、そう読めてしまう紀行文に出会いました。
宮脇俊三著『旅の終わりは個室寝台車』(1984年)。
この中に収められている「雪を見るなら飯山・只見線」の稿です。

当方は刊行から早い時期にこの一編を読み、積雪のない関東平野の人間として「乗ってみたいローカル線」の筆頭格にし続けていました。

ちなみに、宮脇氏は1984年1月20日、小出発14時51分の436Dに乗って会津若松へ向かったようです(ただし冬季の運休リスクに備えて只見で待機する別の車両(436Dのまま)への乗換えがあった模様)。



さて、当方が初めて只見線を乗り通したのは、1993年2月10日(水)でした。
「雪を見るなら…」ということで積雪が期待できる季節を選びまして、会津若松から小出まで、果てしない雪の世界を楽しむことができました。
乗車記録も残していました。
会津若松発12時44分発の431Dで間違いありません。





これは14時40分に会津川口に着いたときのスナップ。
2両編成のうち、会津若松側の車両は何故か盛岡色のキハ58でした。
貫通扉には何かの痕が残っていて不思議に見えていた記憶がありましてね。





その後、只見に着いて小出方の車両も撮っています。
キハ40でした。
只見線のタブレット閉塞は2012年に消滅していますが、このときはその約20年前ですから。
タブレットをしっかりと持っている駅員さんがいらっしゃいました。

種別幕を白地にするということも模型ファンとしては見逃せない「演出方法」。





小出着は16時54分。
大白川付近でとんでもない雪の量と、冬季で閉鎖となった国道を見て、関東平野の積雪のユルさを思い知ったことでした。

上越線ホームから振り返って撮影したこの日の2両編成の遠景。
キハ40にはまだシルバーシートのマークがありました(JR東日本では1997年に「シルバーシート」を「優先席」に改称)。

この後は浦佐駅前のビジネスホテルに泊まりました。



さて、この2両編成です。
歳を重ねるにつれて「どういう車両だったのか」ということを気にし始めてしまいました。
特に盛岡色のキハ58は地域的に見て意味不明でして、只見線で使う車両が東北各線から転属してきがちなことだけはうっすらと分かるんですが、どうもね。

でも、面白いことにネガをスキャンしてみると、プリントでは見えなかった事実が見えてしまうことがあるようなんです。





小出駅のスナップに戻りましょう。
拡大してみると、はっきりと「キハ58 732」の文字が見えてきました。
スキャンしてみて初めてこの番号だったことを認識しました。





会津川口駅のスナップも拡大してみると、やはり踏み板に「キハ58 732」。
間違いないようです。

この車番から諸先輩方のページや文献情報に当たると、只見線(郡山所属)に来る直前は小牛田所属で快速「南三陸」の運用に就いていた車みたい。
その「南三陸」に冷房車が入ったことで、非冷房車であるこの車は只見線へ転属となったんですって。
サービス面で劣る非冷房車は、民営化後は流転の運命だったんでしょう。





なので、貫通扉の謎の痕跡は、快速「南三陸」のマークを掲げていたときの名残りだったみたいですね。
ようやく謎が解けました。
このキハ58 732は、1997年に新庄で廃車されたようです(合掌)。





一方、キハ40の方は、やはり踏み板から「キハ40 580」と判明しました。
2000年には廃車となっているようですから、キハ40としては比較的早い時期の消滅だったんでは。
何か調子が悪いところがあったんでしょうか。





ということで、軽めにこの列車をNゲージで再現してみたくなり、やってみました。
もともと、手元にある盛岡色のキハ58は「732」ではなく「621」としていまして、タイプも異なりますが、雰囲気重視でございます。
自分の思い出にダイブしているだけですのでお許しください。





国鉄の車両にはごちゃまぜの美学がありますが、それはJRカラーとなっても同じのようです。
盛岡色と首都圏色というのも民営化から間もない時代のイメージにピッタリではないでしょうか。





ついでに、最近トミックスから発売されたキハ48 551も登場です。
写真集付きの2両セットなんて要らないので、都合良くバラ売りされていたキハ48を、手持ちの2両のキハ40の増結用として買ってみました。

そういえば、本付きの鉄道模型製品が外にもあったような、なかったような…





今では東北地域本社色が「只見線カラー」として定着しているようで、最近キハ110にもこのカラーを施したとか。
グリーンマックスがやるのかな?
キハ110はオリジナルカラーのままでも只見線の風景に溶け込んでイイんじゃないかと思いますが、それも観光戦術なのだから仕方ないですね。
海外にウケ始めたときのカラーとして、この東北地域本社色が「只見線カラー」なのでしょう。





JR東日本の気動車たちも顔触れが入れ替わってしまい、こうした色も過去のものになりました。
懐かしむ意味で、たまにはこんな遊び方も。
ガシガシと走らせて参りませう。


ではまた。

  1. 2023/08/29(火) 09:30:00|
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KATO 455系「まつしま」「ばんだい」(その2・完)

(その1からつづく)




運転台の中に運行番号表示器の表現がなされるようになってからは、付属するシールとともにお好みの番号を選んで貼る楽しみが生まれています。

確かカトーが115系300番台で始めてからのことでして、トミックスでも「その手があったか」と気づいたらしく、今ではトミックスもおおよその国鉄形車両ではシールを付属させながら運行番号表示器を表現しています。

毎回のことですが、今回のシールもどれにしようかとずいぶん悩んでしまいました。
説明書には編成表は詳しく書かれていますが、シールに選んだ番号については言及がありません。





愛称を描いたトレインマークではなくて、無機質な番号というところが深みにハマるポイント。
本棚にある古い資料から時刻関連が分かるものを持ち出して「西落合からのメッセージ」を解読する訳ですが、それがまた難しくて楽しいのです。
古い時刻表、もう少し必要だわね。


今回はシールの並びが示すとおり、「まつしま」には「103M」、「ばんだい」には「4103M」を貼りましたけど、ちょっと違和感が残るんですよね…
「まつしま」と「ばんだい」の組み合わせにこだわるのではなくて、「いわて」などを含めて考えるとイイのかな。
サハシを連結していた頃の「まつしま」は1100番台の番号だったようなんで「1104M」か「1106M」を選べば良いけれど、これに対応する「ばんだい」の番号が。
どうも“南”を向いているっぽいし。

とにかく、当初から“北”を目指す番号にはするつもりでした。





あれこれ考えているうちに休日が終わってしまいそうなので、とにかく「103M」と「4103M」を貼って発車です。







東北本線を激走するイメージで。
485系「ひばり」と行き交うシーンは、国鉄時代の同線の様子として外せません。

TNカプラーも良いのですが、当方はカトーの胴受パーツによる下回りの表現も気に入っています。





鉄橋を渡り、





田園風景を進んで、





駅に滑り込む。

絵本のような画像の連続でゴメンナサイ。
でも、なぜか国鉄形急行電車は、かつての国内旅行の風景を描く主人公として適役でしてね。
カラカラに乾いた現代社会では、こうした乗り物にお金を支払ってでも乗りたくなるものなのです。





荷物列車も455系の僚友でした。





サハシ455という供食サービス車が含まれているのも魅力でしょう(ただし「まつしま」セットのみ)。
昔の旅の方が豪華だった、なんてことも考えさせられるセット構成になっています。






冗長的になってきましたので、そろそろおしまいにしましょう。
ということで、カトーの455系「まつしま」「ばんだい」でした。





これはトミックスの2020年製品

当ブログでは、トミックスのHG製品をたびたび取り上げてきました。

どれも良き製品で、それなりに満足して持ち続けていましたが、トミックスは止まることのないリニューアルの絶賛繰り返し中で。
ユーザーが「良い」と思っていたモノをメーカー「違う」と言って否定するのですから。
そんでもって、今度は店頭に並んだモノを見たユーザーが「違う」と言ったりして。
ライトリムの改良、再改良なんてもう疲れてしまいました(再々改良もある?)

最新版と言える2020年ロットも、その後に続いた類似品を見ていると早晩旧製品となることが間違いないようなので、仕様の安定性という面でトミックスのやり方には付き合いにくくなっています(2020年ロットでは先頭車の検電アンテナ付近の屋根の金型修正痕のような傷も気になっていました)。

したがって「カトーが今の製品水準でもう一度やってくれたらなぁ」という晴れない気分に覆われていたのでした。
その答えは2023年まで待たなければ出てこなかった、という訳で、昔の自分に教えてあげたいくらい(笑)





インレタの転写、パーツの取付けなどの手間が大きくて、買ってきてもなかなかレイアウト上を走り回らない…という事実は、当方の趣味活動、確保できる自由時間にはいつまで経っても馴染んでくれません。
おそらくこの先もそうなのでしょう。

今回のカトー製455系には検電アンテナ、信号炎管まで取り付けられていて、一方で床下には別パーツとされる部位は見当たりません。
精密度としてはトミックス製品に劣るとしても、どこか「こんなもんでいいんじゃない?」と言えてしまう感覚は「瑞風」のときに総括させていただきました。
ドールハウスのような目指し方は正解でもあり、でも不正解でもあり…



これにて、当方の455系探しの旅は終わりとなりそうです。





先週金曜日の鉄道模型コンテスト会場で

今月末は、第2弾として北陸本線の475系「立山・ゆのくに」が発売されます。
こちらには御覧のようなヘッドマークが封入されるので、今回の東北系統とは違った楽しみもありそう。

見ているうちに「ゆのくに」の優しげなフォントに吸い込まる気がしてしまいまして。
ハッと我に帰って、そそくさと賑やかなコンテスト会場を去ったのでした。


ではまた。

  1. 2023/08/08(火) 09:30:00|
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KATO 455系「まつしま」「ばんだい」(その1)

おはようございます。しなのさかいです。




諸事情により1泊2日で長野県松本市に行ってきました。
観光以外の目的で来ることのない土地でしたので、普通の暮らしの場としての松本市をじっくりと観察することができました。


駅前のイトーヨーカドー(アリオ)が閉店してしまい、駅前のお土産店の数もごく僅かとなっていて。
さらに、松本パルコも2025年2月末の閉店が決まっているそうで。
一方で、駅から数キロ先には数年前に巨大なイオンモールが開業しています…。

この国のあちこちで起きている胎動は、この松本市でも例外なく起きている訳ですが、当方はそれでも市民による工夫によって「松本らしさ」が残っていくのだろうと思うのでした(がんばれ~)。





塩尻方面を望む

少なくとも松本市は、デパートの1階から高級ブランド店が撤退することに対して「築き上げてきた『文化』のまちの土壌が喪失する」などと言ってゴネてしまうような、そんな土地にはならないでしょう。
「文化」ってそういうものではないし、そんなことは松本市の方々はよく分かっているからです。

ちなみに、その“デパートの街”なんですが。
平成の30年間に下町的な商店街が消滅してワンルームマンション通りに変貌するような変化が起きていて。
側から見ていると、街づくりに関心のある住民がどれほど残っているのか怪しいんですけれど。




どうでもいいことを申しました。

ここんところ、週末のたびに家の用事などで多忙にしていまして、その合間に模型店へ足を運ぶのがやっと…でした。
そんな状況の中の話題から、復活の狼煙としたいと思います。





カトーが455系のフルリニューアルを行いましたので、近所の量販店から引き取ってきました。

正しくは付随車のみのフルリニューアルで、旧製品は「457系」でしたから、455系となったモハユニットは「新製品」と呼ぶ方が正しい?
ややこしいのですが、このややこしさが455(475、457)系です。
お店の人も違いをよく分かっていないようでしたから、総本山もセールスの仕方が大変ですね。





旧製品(457系)も、トミックスのHG製品が2000年代に発売されるまでは唯一の存在であり続けました。
グループの中では比較的マイナーだった457系を我々の頭の中に強く植え付けたのも、カトーのカタログでこの製品のページを繰り返して眺めていたからなんですね。
このカラーデザインの電車、イコール457系…。
475系としての生産が確か2003年、457系としての生産が2013年でラストとなっていました。

しかし、さすがに東北系統の列車については編成中全ての電動車が457系ユニットで占められることは、配置されたユニット数からしてあり得なかったようでした。
したがって、今回の「まつしま」「ばんだい」が「455系」とされることには違和感なし。
ただ「編成中のユニットの一つくらいは457系ユニットでも良かったかも」という意見はあるようです(でも新規金型数の制限もありましょう)。







お顔を観察。

先行してフルリニューアルされた165系と同じように、各所のエッジが効いていて解像度が高い。
手すりの表現は、トミックス製品よりもやや太いようですけど、ジーッと見比べてようやく「そうかな」と気づく程度のこと。
旧製品よりは高くなりましたかね。
タイフォンがビシッと水平に並んでいて、この辺もトミックスのHG製品との比較点となり得るでしょう。
運行番号表示器の表現は、カトーが始めた後にトミックスも追従して、国鉄形電車のNゲージ車両の定番になりました。
当然ながら、種別幕は点灯するように(旧製品は非点灯)。
ワイパーはクリーム色になっています。
スカートと胴受はクモハとクハで作り分けられています。
帯の塗り分けも問題ないのでは。


ダーって書くとこんな。





裏側を見るとライトリム、タイフォンがワンパーツ化されていることに気づきます。
カトーの設計はいつも組みやすさが考慮されており、その結果として顔の表情も整っていることもあるようです。

トミックスのHG製品はライトリム、タイフォンがそれぞれ独立したパーツでしたから(タイフォンはユーザーによる選択式)傾いたり回転するリスクがありましたよね(特にタイフォンは、差し込み口の塗膜の厚さが案外邪魔で、差し込んでも傾きが解消しなかったので)。





ドアレール、靴ずりに印刷はされていません。
トミックスもこの印刷を進めている一方で、なくても良いとする車両もあるみたいで。
ここら辺はメーカー各社で形式ごとに的確な判断を行っているみたい。
とにかく「次回ロットでは印刷します」的なリニューアルはやめてくださいと、各社の方々に言っておきます。





サハシ455の調理室側なんて、クリームの面積が大きいですから、こういうところは塗装あるいは印刷で何らかの不都合が起こりがちなんですが、今回の製品でそんなことはなーんにもありませんでした。
実に綺麗なボディでして、ホッとしたことです。


一旦区切ります。
(その2・完へつづく)


  1. 2023/08/07(月) 09:30:00|
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KATO キハ58系(2023年版)+キユニ28

こんばんは。しなのさかいです。




今年の夏も暑いですね…
ってなことをいつもここに書いておく理由は、今さらですが、後で振り返ったときに季節感とともに記憶が戻ってくるようにしたいからです(^^)

関東平野の梅雨明け宣言はまだのようですから、近日中に再び日差しの遮断があると期待しておきましょう。





カトーのキユニ28を入線させています、というお話です。
当方は模型としての「キユニ28」という新形式の登場よりも、カトーが約40年ぶりに、いわゆる“キハ40顔”の新解釈を行ったことに関心を寄せています。

トミックスだけでなく、カトーとしても国鉄型気動車の終焉を目の当たりにし続けている訳ですから、今後何らかの“動き”を見れてくれるのかなーと寝ながら期待しているところです。
分かりませんけど。



でも、本題は…
キユニ28の発売と同時に、2018年に製品化された単品のキハ58系の再生産の方なんです。

再生産メニューは平窓のキハ58、キハ28(いずれも冷房車)、それとキハ65で、あいにくキロ28の再生産はなし。
今回同時に発売された急行「土佐」の増結需要を見てのことでしょうから、それはそれで納得です。



さて、当方は2018年当時にこれらをまるっと買い揃えていますから、特に必要のない再生産でした。

が…

公式HPに以下のように記載されていた点が、発売前からやや気になり出して、ソワソワしていたのです。





矢印を付させていただきました。
これ、“西落合文学”とも呼ぶべきものでして(当方だけがそう呼んでいます)一読しただけでは何のことだか分からないのです。

しかも再生産のメニューの中にあるのですから、なおさら(再生産ですから書き加えられるはずがないと思いますよね)

さらにキハ65の方は「より実感的な…」とありますから、国語の問題として見ても何らかの比較対象があってのことと読めます。
何と比較して「より実感的」なんだろう?

長くカトーユーザーをやっていると、この二つのセンテンスには、まぁ動揺する訳ですョ。




2018年版をおさらいするとこうです。



まず臭気抜き窓の方から。
Hゴムも朱色4号で帯ごと塗られていて(これは生産工程としてはそうなるのですが)、その後にHゴム部分にはグレーの印刷がなされていません。
先行して発売された165系では印刷が行われていたので、買ったときはアララってなりました。





その後に「いいで・ざおう」、それからパノラミック車のキハ58系が発売されまして、これらには全て印刷が施されていました。
カトーの仕様としてはこれで正解。
だから2018年版のみがグレードダウンした状態だったのです。
特にパノラミック車と混結して編成を組むには精神衛生的によくありません。





「臭気抜き窓のHゴムを再現」というさりげない一文には「今度はやりますよー」という総本山からの教示があったんですね。
せっかく所属標記なども印刷されているので、こうなることでより完成品モデルとしての輝きが増すのです(オーバーですが)





もう一つ、キハ65の方。
「より実感的な屋根上のクーラー配置を再現」とは、2018年版のクーラー配置を間違えていた(?)ことによる屋根板パーツのやり直しのことを指しているようでした。

「キハ65のクーラーの配置を均等にしてはいけない」ということは、長く鉄道模型をやっている者には認識されている戒めなんですが、2018年版では悪いことにそうなっていたんです。

御覧いただいているのは、今回のキハ65。
先頭付近のクーラー同士の間隔が後方のそれとは違いますが、これで良いようです。
急行「土佐」の中のキハ65も同じく改善された屋根板のようでした(そりゃそうです)
トミックスでも今までに何回かこういうことがありましたから(キロ26とか)、気動車の屋根は素人が考えている以上に難しいのでしょう。


ということで、手元にあった2018年版はキロ28を除いて中古市場に役立てていただくこととし、今回の再生産を待っていたのでした。





この再生産を機に「やろう」と決めていたことはただ一つ。
ケースの中に仕込まれている付属シールを使います。
3.5㎜径のスクリューポンチを用意しました。





固いマットを敷いてから、左上のマークに慎重にポンチを合わせて、適当な鈍器でガン!(やばいことをしているみたいです)

「土佐」のASSYパーツも発売されましたので、その中からヘッドマークパーツを仕入れ、この中の無地マークを使います。
これにペタリ。





気分は七尾線で、急行「能登路」。
カトーがシールに収録してくれたおかげで、懐かしい列車を再現することができました(「土佐」のマークパーツの製品化も助かりました)
シールの内容は四国のマークばかりで、四国以外は「能登路」だけという奇跡っぷりです。

この「能登路」のマークは特に気に入っていて、奥能登のシンボルである見附島を中央下に配して、背景が空色のブルー。
現地に立つと分かるのですが、奥能登・飯田湾の晴れの日は、正にこういう色のときが多いのです。
赤い“能登路”のロゴも、少なくとも四国のマークたちよりは芸術性を感じられます。
一体誰のデザインなのでしょうね。

最近は地震のたびに珪藻土が崩落する見附島でして、マークを見るたびに心配しています。






(キハ58+キハ28)×3=急行「能登路」です。
おかげさまで、全車の臭気窓にHゴムが入りました。
サウンドボックスを備えていることもあり、リアルに「カラカラ」と乾いたエンジン音が聞こえています。




ところで。
「能登路」はグリーン車も連結していないつまらない編成のようですが、当方としては、この列車はちょっと面白かったのです。

例えば「能登路」7号。
1985年3月の時刻表によれば、14時12分に金沢を(確か6両で)出発すると、16時05分に穴水に到着し、ここで七尾線・輪島行きの「能登路」7号(2両)と能登線行きの4両に分割です。
ただ、能登線行きは4両のままではなく、その穴水でさらに2両と2両に分割。
先に2両を珠洲までの「能登路」7号として先行させ、残る2両を終点蛸島までの普通列車として運転するのです。

金沢を起点にして、まるで毛細血管のようにキハ58系が能登半島全体に染み渡るようでしょう。
珠洲到着は17時18分、蛸島到着は18時26分でした。





当方の記憶の中の、能登半島を走るキハ58系。
1986年3月29日、11時52分に金沢を発車する普通列車337Dに乗って、終点蛸島には16時41分に着きました。
約5時間の鉄道旅行でした。

午前中は朝から富山港線、城端線、氷見線と乗り潰し作業をしていて、金沢駅へ戻ってくる時刻が11時10分だったのです。
それにしても、今から考えるとずいぶんと長い乗車時間、能登半島縦断だったなと。
この後は路線バスを乗り継いで奥能登を駆け抜けて日没後の輪島へ。


翌3月30日は、輪島発7時25分の「能登路」4号に乗りました。
ここで乗車した車両を撮影していないのは、おそらくフィルムをケチったからでしょう。





でも、撮影していないのは心残りだと思い直したのかな。
金沢へ向かう途中、8時03分に着いた穴水で階段を駆けて反対側のホームから「能登路」4号を撮ったんだと思います。
能登線から来る2両の待ち合わせ・連結時間が数分ありましたから
かろうじてヘッドマークを残しておくことができました。

今はこの穴水駅で奥能登方面の線路が途切れています。
鉄道で奥能登を目指す旅なんて、今では想像もできない冒険だったんですよね。





ASSYパーツのヘッドマークが手に入りましたから、ついでに急行「土佐」も再現してみました。
「土佐」セットの方は、近所の量販店では早々にバラし売りが始まっているようですが、うーん、どうなんでしょう。





下の河原の着色をやり直しました。
パステル粉をパサパサと付けてみたりして。
やっぱりこういう仕上げ作業はいつやっても楽しいのです。
あ、プロボックスを置くのを忘れました。





貨物列車もそろそろ本格的に研究してみたいですね。



ではまた。

  1. 2023/07/18(火) 19:30:00|
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KATO E127系100番台(更新車)

こんばんは。しなのさかいです。




今回はいきなりこんな画像から御覧いただきます。

カトーのASSYパーツ、Z04-9464「クハ700-1000盛岡色運転台」というものでございます。
先月22日に発売されたE127系100番台(更新車)において設定された新規パーツでして、品名に関わる701系1000番台が発売されたときには設定が見送られていたものでした。

一袋に2個入っています。
Z品番という点にも注目です。





このパーツを溶け込ませる車両たちは、これらになります。
運転台パーツは5×2=10個必要となりますので、5袋を予約して手に入れました。





総本山からのお告げによれば、取付けには加工が必要とのことですので、そうしてみました。
左が元のパーツ、真ん中が今回のパーツ、そして右側が加工後の状態。
中央上部のヘッドライト周りにある襟が干渉するので削除しました。

削除する部分は取り付けてしまえば見えなくなりますから、ニッパーで適当にザクザクとやってしまっても良さそうです。
当方はアートナイフで襟の下のラインをなぞってそーっと切り離し、そのあとはペーパーを当てて平滑にしておきました(こういう性格なんですの)





で、取り付けてみるとこうなります。
左側から右側に、顔の表情が大きく変化しました。
「え、違いが分からないけど」という人は容赦なく置いていきます。

運転台パーツの他にもカプラー、電連、スカート、胴受が必要となりまして、そのスカートと胴受も今回設定された新規パーツです。



⬜︎ ⬜︎ ⬜︎



10-581「E127系0番台 新潟色」と10-582「E127系100番台 大糸線」の発売は2010年でした。
当ブログでもそのときの感想を残していましたので、今となっては稚拙な文で恥ずかしいですが、印を残しておきます。

2010年8月1日「E127系100番台 大糸線」


このときは、先行して2005年11月に発売されていた蕨方面のものと比較する意識が先行していたこともあり、カトーのE127系を見て残念に思うことはなかったと記憶しています。

とにかくカトーがこんな地域ネタをやることに驚きまして(当時のカトーとしては傾向から掛け離れた企画でしたよね)、それも大糸線の普通列車に目を向けてくれたことが嬉しかったんですよ。



その後「あー、そうなのか」と要改善ポイントに気づくことが幾つかありましたが、そのまま時は流れて2019年。
701系仙台色が発売となります。

確かこのときに運転台パーツのやり直しが行われたはずなんですが、ASSYパーツは設定されず。
スカートの形状はE127系100番台のものと同一にされてしまい、新規金型の製造は持ち越しとなりました。
また、カプラーはフックなし、電連パーツ化になりましたけど、色がグレーでしたのでE127系には使えませんでした。



続いて2020年には盛岡色の701系が発売。
このとき、ついにスカートが改善され、胴受パーツも新規に作られました。
これらのASSYパーツはグレーでしたので、直ちに仙台色へフィードバックしたことはもうお伝えしています。

カプラーは、盛岡色と同時に発売された青い森鉄道の701系のそれが青灰色であることが幸いし、胴受パーツ、E353系の電連パーツとともにE127系へフィードバックすることができました。

2020年10月3日「 KATO 701系1000番台 盛岡色」



こんな経緯から、E127系100番台向けの(青灰色の)とスカートと胴受パーツは、残された待望の新製品でして、発売された2010年の14年後にスタイルが落ち着いた訳でございます。



⬜︎ ⬜︎ ⬜︎





既にカプラーを交換していた0番台にも胴受パーツを取り付けました。
こちらのスカートもやや下方に伸びている気配がありますが…100番台のそれよりはまだ目立たないかも。

0番台は最近、南武支線へ転属するという実車の動きがありましたから、南武カラーの車両と同時にこちらのスカートも近いうちにカトーによってやり直されると見ます。
それまでもうしばらく待ちましょう(こちらは15年待ちになる?)





14年前の模型が待望のパーツでアップデートできるという。
このことは本当に素晴らしいと思います。
ボディの外観をやり直すのなら仕方がないですが、現在の製品のレベルと比較しても遜色が見られない14年前のボディをむざむざと放棄するのは嫌なものでして。

新規パーツ目当てでセットごとマルっと買い直しを迫るやり方が散見される時代です。
それは商売としてはアリなんでしょう。
でも、買う方としては、それをやられてばかりだとファンとしての心理が離反してしまうんじゃないかなと。
いかがでしょうか。





ブツ6で入線。

留置中のあやしい車両もそろそろ走り出しますので御期待ください。





特急「しなの」と並んで。
今月発売予定とされている383系にも待望の(?)ASSYパーツが設定されています。
もちろんそれも予約済み。





ガーター橋も似合う銀色の直流電車です。

あ、タイトルにある「更新車」が出てこないと指摘されるかもしれませんが、実はさりげなく紹介しています。
見分けがつかない程、14年前の模型もよくできていた、という訳なんですよ。


ではまた。







(おまけコーナー)

近所の中古店でアクセサリー類のジャンク品が大量に売られていました。

その中に、1/150スケールの車が5台詰め合わせで110円、という袋がいくつかぶら下がっていましてね。
とあるサードパーティの(出来損ないの)車ばかりのようなのでスルーして立ち去ろうとしたんですが、よく見ると「ん?」と気になる車が混ざっていました。





探していたんですよねー、カトーのプロボックス。
特にこのノーマルカラー3種が欲しかったんです。
ずいぶん探し続けましたが、あっけなく1台22円で3台入手することができました。
当レイアウトは田園風景ばかりですけれど、そんな中に置いて「昼寝中」なんていうのもステキでしょう。

おしまい。



  1. 2023/07/11(火) 23:20:00|
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