しなのさかいの駅前広場

覆い隠すアイデア

ななつ星キター!


線路際の住民です
毎月送られてくる 旅カタログに クルーズトレイン 「ななつ星in九州」の文字!
出発日が、11月11日で5泊6日だそうです
代金560000~810000円
チョットしたHOゲージの編成モノが、買えちゃいます
模型メーカーも話題性充分なネタですから 年末商戦を期待したいものです。

カタログに載って居るカシオペアクルーズの写真が、妙にテツィと感じるのは私の気のせいかな?
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  1. 2013/05/26(日) 11:29:30|
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夏休みを振り返って(初めての「はやぶさ」)

こんばんは。北の扇形庫からです。

実は7月の後半に函館に帰省していたのですが、帰ってから仕事が忙しかったり、
ロンドンオリンピックが始まったりしてすっかりアップのタイミングを逃してしまいました。(苦笑)

今年の往路はいつもの飛行機では無く、新幹線と海峡線で行ってみました。
と言うのも出発の日がなかなか決まらず、飛行機の早割の申込期限を過ぎたため、
通常料金になってしまいます。
日程を変えようかと思っていたところ、「はやぶさ」にまだ乗っていない事をふと思い出し
料金を見たら飛行機の早割とほとんど変わりませんでした。
そんな訳で「はやぶさ」と「スーパー白鳥」に即決定!初めての「はやぶさ」です。
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E5系がホームに入線して来ると発車までの短い間に大撮影会状態。
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「乗り鉄」となれば楽しみの1つは食べる事。東京駅で何故か崎陽軒の幕の内を見つけ購入。
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弁当を食べて車窓からの眺めをぼーっと見ながらの3時間10分は思ったより速く感じました。
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定刻に新青森に到着し、「スーパー白鳥」に乗り換えます。
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乗り換え時に新青森で買い込んだ蟹とウニのわっぱ飯で昼食です。
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暫く振りの青函トンネル。
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ほぼ定刻で函館到着。1年ぶりの函館です。
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翌日からはまたいつもの五稜郭操車場跡で撮影です。

                       つづく
  1. 2012/09/20(木) 23:02:54|
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相鉄都心へ


線路際の住民です
相鉄の駅構内に自由が丘かべ新聞 を見かける様になりました。
掲出板に相模鉄道ー東急電鉄 と銘打たれており 2019年開業を目指しプロジェクトが、進んで居る事を実感します
2015年JR線直通を目指した西谷駅構内の改良工事も 始まり 相鉄独自の無線 ATSも間もなく過去のものになろうとしています
数年後に イロイロな電車が、走る路線に変貌するのでしょうね
  1. 2011/09/18(日) 09:19:37|
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2011年夏函館へ【1】

こんばんは。北の扇形庫からです。


今年は7月23日から29日まで函館に帰省してきました。
帰ってきてから忙しかったり、アップのタイミングを逃したりで日が開いてしまいました。
もう一月も経ってしまっていますね。(爆)

滞在2日目の7月24日。両親を連れて大沼まで行くため函館駅へ。
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駅に着くとホームには札幌行283系「スーパー北斗」が待機。
少しして485系「白鳥」が到着し、北と東の並びです。
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「旭」の区名板のDE15が。C11のお供ですね。
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目的地の大沼公園駅まではスーパー北斗では19分、普通では51分。
特に急ぐわけでも無いので普通でのんびり行きます。
「いかめし」の駅弁で有名な森行きの普通列車、久しぶりのキハ40乗車です。
2両編成でのんびり行きます。
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扇風機のマークがJNR!勿論非冷房です。国鉄テイスト良いです。
タイムスリップでもした様な懐かしい気分です。
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函館を出て51分ほどで大沼公園に到着。昔からの観光地ですが、変わらぬ小さな駅舎です。
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駅からほんの数分で湖畔へ。これから大沼湖畔を散策です。
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ハスの花が咲いている所も有りました。
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晴れていればちょうど正面辺りに駒ケ岳が見えるのですが雲に隠れて残念です。
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大沼散策を終えて昼食後、この日宿泊するホテルの
送迎時間まで待つ間に駅のホーム脇へ。
この日はC11函館大沼号の運行日でした。
余り時間も無いのでホームの柵の外から眺めてみます。
程なくホームに入ってきましたが、2つ目の207号機でした。
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もっと時間が有れば駅から少し離れた所から狙いたかったのですが…。
どうにも引きの取れない場所で写真は撮らずにじっくり眺めようかと思ったのですが、とりあえずシャッターを切ってもこんな尻切れアングルで残念です。
ヘッドマークが運行10周年記念の仕様になっていました。
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ホテルに1泊し7月25日。
函館に帰るため大沼公園駅に戻って来ました。
乗る列車を待つ間、駅に到着した281系「スーパー北斗」を撮りました。
駅舎の反対側からですが、緑に囲まれている小さな駅です。
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帰りもキハ40で何と1両!
車窓から見た小沼と駒ケ岳。この日は雲が多めだったのですが、
ちょうどこの時は駒ヶ岳がよく見えました。
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函館への帰りに乗ったキハ40-840。所属表記は何故か釧クシになっていました。
他の函ハコ車と違い、ライトグリーンの下の青帯がラベンダー色の様な色で、白の色合いも違います。
夏季の応援で来ているのか、転属後に表記をまだ変えていないのか?よく分かりません。
(この写真は後日、別の場所で撮ったものです)
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【2】へ続く
  1. 2011/08/24(水) 18:17:32|
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ブラリと松井田駅

線路際の住民です。

  長野行き新幹線の開業で 取り残された感のある信越本線 高崎ー横川を見ると
かつてそこが、主要幹線だった事を見る事が出来ます。
先日、そんな信越線で今でも活躍している107.115系の撮影も兼て同線を訪れました。

現地は、快晴で雪を被った浅間山も姿を見せ まさに撮影日和!
撮影地を何処にするか?ジョイフルトレイン等の比較的編成の長い列車であれば、安中ー磯部でしょう。
しかし 今日は長くても4両成… チョット間の抜けた感じになるので 新たな場所で挑戦する事にします。




電車の中で色々と考えていると松井田駅に到着、まずは下車をして駅周辺をロケハンを兼ねて
散策をする事にしました。
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 この松井田駅と東海道線の米原駅の電略記号は、「マイ」と云うそうです
 大宮の鉄道博物館へ訪れた際 退職した国鉄職員でかつて電信掛を務めていたと云う
ボランティアスタッフの方の説明なんですが、両駅の電略に次の様に区分けしていたそうです。

     米原駅…マイ
    松井田駅…マヰ

 こんな話は、他の博物館なんかじゃ聞けません!生きた国鉄現場が、甦ってきたようです。
そんな処も鉄道博物館の魅力でしょうか



さて今の信越本線は、とても電車の本数も少なく 列車の時間を意識しないと無駄な時間を過ごす事になります 早速 駅時刻表を確認すると程なく高崎行きが、やって来る事が解りました。
そこで 駅近くに撮影場所が無いか探して見ると 上手い具合に浅間山を入る場所を発見!
丁度やって来たやって来た107系電車と浅間山を絡めて撮影する事が出来ました
側面の日陰は、残念でしたが正面に上手く陽が当たっているのでヨシとしましょう。
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この後の電車まで 約一時間程の間に駅周辺を散策して過ごす事にしました。
元々の松井田駅の場所は、今少し横川寄りの西松井田駅近くにスイッチバック方式の駅だったそうでしたが、
1960年代後半に現在の場所に移って来たそうです。
駅構内を見ると移転当時には、貨物営業をして居た当時を思わせる広がりや
貨物ホームの近くにある日通マークの描かれた空き事務所に 国鉄全盛期を思い描いてしまいます。
きっとEF62もこの構内を入れ替え作業をしていたのでしょう。
そう云えば、カトーからEF62の製品化が、発表されました
私も発売を首を長くして待っています。
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駅構内の反対側には、碓氷川を中心とした風景を一望に出来ます。
確か小学校の理科の時間に 川の成り立ちで河岸段丘なんて言葉がありました、チョット実感します
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そうこうしているうちに 電車の時間です。
やって来たのは、115系湘南色でした。
首都圏では、ご無沙汰になったこの色も高崎支社管内では大活躍です。
私が、この電車をみると早朝の高崎線で上野から高崎まで乗車した時に パワーのあるシートヒーター
に太ももが、ヒリヒリした事を思い出します。色々な意味で国鉄電車ですね!
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一通り撮影を終えて高崎に戻ります、途中の安中駅で貨車の入替作業を見ながら
貨物営業全盛期には何処でも見る事の出来た光景だったのでしょうね
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高崎駅に到着!1番線ホームにこんなポスターが…高崎支社も力が入ってます。
気がつけば、お昼過ぎた時間でした
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何時も高崎駅に降り立った時に必ず購入する鶏飯弁当を 今回も購入
帰りの電車内で頂きました。
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今回は、松井田駅を中心にしたロケハンと云うよりか散策になってしまいましたが、好天に恵まれて気分転換になる良い一日になりました、たまにはこんな旅も良いかも知れませんね。
  1. 2011/02/14(月) 21:22:31|
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元東急7000系シリーズ 鉄コレ化記念

快特天使です。

一昨日の情報ですが、TOMYTECから元東急7000系の福交、北鉄がリリースされるそうです。20年ほど前、余剰となった7000系を1両たりともスクラップにするなと言う厳命により全国に散らばった7000系ですが、そのうち、コクピットを後付けしたいわゆる改造フェイスの7000系が鉄コレで模型化されるそうです。個人的にはオリジナルフェイスの方が好きですが、福交は改造フェイスしかありません。

そこで、折角の機会なので、元東急7000系の実車について見ていきます。

福島交通
まずこれは、今回模型化される福交の7000系です。11年前の相馬への出張の際、現地に朝に入らなければならなかったので、前泊すべくホテルに向かう前に、福島交通と阿武隈急行に乗りに行った際に撮影しました。前述したとおり、福交には改造車しかいないので、来る電車総てこの形状です。福交には、2両編成の他、中間にMを下ろしたT車を繋いだ3両編成も存在します。

福交はこの前にも元東急の青蛙を取り入れていましたが、750V→1500Vの電圧変更に伴って他の旧型車共々リプレイスされました。

北陸鉄道
お次は7年前に訪れた際に撮影した、北鉄石川線に嫁いだ7000系です。模型化されるのはこれではありませんが、改造フェイスは撮影していませんでした。帰り鶴来から野町まで乗りましたが。北鉄の改造車は福交とほぼ同じですが、幕はおでこにはなく、左側に寄った中央窓の中からぶら下げて行き先を表示しています。勿論カラーリングはこれと同じです。

この写真は現在は廃止された加賀一の宮まで乗り潰した際、鶴来で途中下車した際に撮影したものです。全部で2両編成5本が嫁ぎましたが、何故かこの1本だけクーラーは搭載されておらず、私が訪れた真夏には走っていないようでした。元井の頭線3000系の導入や鶴来~加賀一の宮の廃止でこのクーラー非搭載の編成の運命が気になっていましたが、Wikipediaによるとまだリメインしているそうです。

ところで、北鉄に嫁いだ7000系に実際乗ってみると、本家で散々聞き慣れたあの甲高いサウンドは立てず、寧ろ101系等に搭載されたMT46にそっくりな重低音を立てて疾走していました。後で調べたらモータは元西武701系のものだそうです。石川線は600Vで、いろいろ弄らないといけなかったのでしょう。

弘南鉄道
お次は弘南鉄道です。弘南にも改造フェイスはいますが、こちらは正面窓間の黒塗りはなく、おでこに「弘前-黒石」のステッカ(幕ではありません)が張ってあります。で、この車両、面は疎か電装品や正面のラインまで本家と変わっておらず、さながら雪の中を走る大井町線か目蒲線という雰囲気を醸し出していました。

ところで、私は他にも水間鉄道や秩父鉄道の元7000系に乗っており、総ての嫁ぎ先の7000系に乗っているのですが(十和田の7700系はまだです)、秩父の方は18年前の乗車で、その際撮影しておらず、本格的な撮り鉄を始める前に元都営6000系にリプレイスされ、スクラップにされて撮らず仕舞いに終わりました。水間の方はデジカメで撮影はしたものの、HDDのブロークンでロストしてしまい、orzとなってしまいました。

東急7700系
さて、こちらは本家に残る、コレもまたある意味「元7000系」です。クーラー搭載の際、P-III台車のストレングスに問題があったので、台車のリプレイスとともにVVVF化されて大井町線、目蒲線と渡り、現在でも池上線と多摩川線でその姿を見ることができます。目蒲線の分断の際に余った編成は十和田で活躍中です。

東急7915F
そして最後は、実は本家にも存在した改造フェイスです。目蒲線より3本を池上線に移動させた際、中間のT車をリユースするためにVVVFを搭載して再度M車化、コクピットを増設して1本作り上げたのがこの7915Fです。しかし、このような異端児は得てして調子が悪いことが多く、この車両も例外ではなかったようです。そのためか、新7000系の増備に伴ってリタイア、スクラップにされました。結局こちらは乗らず仕舞い。

こうしてみると「7000系のその後」は結構バラエティに富んでおり、鉄コレのネタには困らないと思いますが、個人的には本家に残る7700系をやってくれたら嬉しいです。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2010/12/04(土) 03:31:18|
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想い出のノスタルジックビュートレイン

こんばんは、しなのさかいです。

先日「あけぼの」のソロの思い出を紹介させていただいた際に、「ノスタルジックビュートレイン」に乗ったことを思い出しました。
古いネガを探してみたところ、やはり幾つか撮っていましたのでご紹介いたします。
1992年9月9日のことでした。


ノスビュー⑤

もうご存知の方も少なくなったと思います。
「ノスタルジックビュートレイン」は、「リゾートしらかみ」が走る前に五能線を走っていた観光(?)列車です。

奥羽本線の川部で待っていると、弘前方面からED75が先頭になってやってきました。
最後尾にはDE10がくっついています。
川部からは方向転換して五能線に入りるので、このDE10が先頭となります。
最後尾となるED75とはここでお別れです。


ノスビュー⑥

その当時に流行した「写ルンです」のパノラマタイプで、最後部の展望ゾーンからリンゴ畑を。
あいにくの雨でしたが、開放感は十分でした。
架線もなく、周囲に建物もないと、何に乗っているのかわからなくなる時がありまして。


ノスビュー③

ところで、この列車が現在の「リゾートしらかみ」と決定的に違う点は、種別が「普通」だということ。
前2両のオハフとオハは、なんと一般客を扱っていたのです。
「ノスタルジックビュートレイン」とは、厳密には最後尾の1両(指定席)だったんですね。
1つひとつ駅に停車しては、ゆっくりとした地元の方々の乗降が見られました。


ノスビュー②

深浦では上り列車と下り列車の交換。
ホームを走っている乗客は、スタンプやら撮影が目当てですね。
今も昔も変わりません。
こうして撮影している私も、その中の1人だったわけです(笑)


ノスビュー④

最後尾の展望デッキ。
向かって右側の天井にぶらさがっている鐘は、乗客が自分で鳴らすことができました。
「カーンカーン」という音が、のどかな田園風景に合っていました。
そして、駅に停まれば「シーン」とした静寂がやってきます。
そんな音も、今ではディーゼルの音と津軽三味線の生演奏に代わったようです。


ノスビュー⑦

そしてそのデッキからは、このような風景を拝むことができました。
キハ40系の「リゾートしらかみ」では体験できないですね。
水平線がぼんやりと遠くに見えました。
とにかく、ひたすらに景色を眺め続けた数時間だったような気がします。


*     *     *


「リゾートしらかみ」が3列車体制となって、一段と「観光路線」化した五能線。
白神山地の世界遺産指定も後押しとなり、かつての蜃気楼ダイヤなど、沿線の観光資源を有効活用するためには、あらゆる手法が採られているようです。
「こまち」と「はやて」の開業も、五能線に対するアプローチを容易にさせました。

ノスビュー・パンフ

「ノスタルジックビュートレイン」は、政府や自治体の観光政策がこれほど活発でない時代に生まれ、不遇にも、ひっそりと消えていきました。
しかし、その路線の日常風景を観光資源にするとういう、この列車の位置付けは、どちらかというと今の「リゾート~」よりも好感を持つことができます。
当時のパンフレットやポスターで『懐古派五能線』等のキャッチコピーを見ると、この列車の控えめなコンセプトが見て取れるような気がします。

ノスビュー・指定席券

“一撃離脱”“タッチ・アンド・ゴー”といったような、決められた場所を1泊2日で訪れる「観光」ではなく、日本の原風景を味わいながらのんびりとした「旅」をする。
そうしたスタイルが、五能線のようなローカル線の旅として似合っているような気がします。



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もちろん、わが家のNゲージの世界では現役です。

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そういえば、来月は蕨方面から「リゾートしらかみ」が発車するんでしたっけ。
あらら。

ではまた。







  1. 2010/07/01(木) 22:29:02|
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「あけぼの」のソロから見る夜景

こんばんは、しなのさかいです。

今日は、こんな粗末なスキャン写真を。
本当は先月末にアップしようと思っていたんですが、ちょうどレイアウト製作のトリコとなっており、出しそびれてしまいました。


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「あけぼの」の話です。
1991年9月、川部からノスタルジックビュートレインに乗った後、秋田で乗車した時の写真です。
ホントにヒドイ写真ですみません。
機関車はED75-757ですね。解読できて良かった(笑)


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ソロに乗り込みました。
跳ね上げあられているベットの一部を倒すとB寝台の完成。
窮屈そうに見えますが、いえいえ快適快適。
壁側に見える台形のクッションを奥の位置に変えて背もたれを作ります。
進行方向に向いて足を放り投げて座ることができるので、部屋を真っ暗にすると夜景が見事。
国道を並走する長距離トラックを見ながら、贅沢なひと時を過ごしたことです。
以前にも書きましたが、「あけぼの」のソロはJRの中ではトップクラスの車窓かと思います。

この時は山形新幹線の工事の真っ最中でした。
この後、夜中の新庄駅のホームを見た記憶があります。
そこからはDE10の重連で小牛田へ向かったはずですが、今の「あけぼの」のルートから見ると想像を絶します。


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上野駅で自分の部屋を。
上段のどこかだったと思います。
明け方、京浜東北線の103系と並走したときの優越感は、そりゃあもう、でした。


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電源車はカヤ24でした。
やっぱり「あけぼの」にはカヤですね。
スキャンしたまんまでもったいなかったので、掲載させていただきました。
要は「『あけぼの』のソロは素晴らしいから、みんなで乗ろう」ということでございます(笑)


*     *     *


話題をもうひとつ。
この時、夜景を眺めながら聞いたCDがありまして…。

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宮本文昭「蒼の薫り(あおのかおり)」(SONY RECORDS)。
カセットのウォークマンで何回も聞きながら上野を目指しました。
昨今、BSの鉄道番組でも試行錯誤の中、様々な曲がBGMに使われてるようですが、このオーボエの曲は文句なしに幻想的な夜の車窓に合うと思います。

勝手な主観です。
が、夜中に室内灯を組み込んだカトーのブルトレを走らせることがありましたら、是非とも試してみてください。
ホントに酔えます。
もちろん、本物の車窓で試されることがベストですが。

ではでは。




  1. 2010/06/18(金) 22:43:58|
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1987年12月23日、新宿駅。

こんばんは、しなのさかいです。

いきなりですが、この写真、どうお感じいただけますでしょうか。
何気ない小田急・新宿駅のロマンスカー・ホームにたたずむ10000形HiSE車ですが、何やら人混みが見えております。

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人混みの正体はこうなっておりました。

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HiSEデビューの式典です。
1987年12月23日・・・。まだ祝日にはなっていない頃です。
高校の試験休みだったこともあり、仲間と意気投合し、二人で朝早くに新宿まで来ました。


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この写真、どういう人たちだったのか、未だに理解していません。
何となく「撮って~」という雰囲気だったので、マスコミの方々と一緒に撮らせていただきました。
女性のファッションに時代を感じます。
正にバブルに突入する頃でしょう。

小田急ロマンスカーは展望室が付いて当たり前の時代ですから、また、そう遠くない将来に新型の展望室が拝めるんだろうと思っていました。
それがそれが・・・。
この日からVSEの登場まで、とてつもない日々が経過してしまったんですね。


さて、この式典を見た私はどうしたのかと言いますと・・・、

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この一番列車で箱根湯本まで乗りとおしちゃったんですね(笑)
私にとって、数少ない小田急ネタです。


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はいはい、証拠の乗車券です。
ね、ホントでしょ?
気合いを入れれば、こういう切符って手に入るんですね。
同級生が発起人だったので、手配も任せたのですが、「おい、取れたぞ」と言われた時は目を疑いました。ちなみに何のコネも使っていません。


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確か車内で買った記念切符。今でもこのデザインは好きです。

こんなロマンスカー10000形・HiSE車も、既に2編成が地方へ譲渡され、残った編成にもマイナス的な噂が付いて回っています。一体どうなるんでしょう?
この頃に流行ったハイデッカー仕様にも惹かれますが、全体的にバランスのとれた、格好いい方のロマンスカーだと思います。
完全引退となった暁には、このデビューの日の縁もあることから、最終列車を見届けたいなと思う次第です。

ではでは。




  1. 2009/07/02(木) 23:27:14|
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水郡線の旅、キハ110の旅

こんばんは、しなのさかいです。

どうもここんところ、土日になると雨降りです。
おかげでスプレーを噴いても半乾きとなり、レイアウトに関しては、すこぶる「製作不調」となっております。

さて、今日のお題はスキャナーネタです。
2002年8月、関東近県の「大物」乗り残し路線、水郡線に乗車したときの写真をセレクトしました。
あいかわらずのヒドイ写真ですが、お付き合いくださいませ。


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早朝の「スーパーひたち」で上野から水戸まで一気に下り、そこから旅はスタート。
この写真は、上菅谷で常陸太田行きに乗り換えたときの写真です。

早いもので、2009年現在、キハ110系は水郡線にとって過去の存在となってしまいました。
これらの車両は、今や遠いみちのくで第二の人生を送っているのですから、なんともです。
私的には、味気ないステンレス車、キハE130よりも、温かみのあるこちらの方が好きなんですが。

さて、水郡線の3つの終点の1つ、常陸太田で途中下車。

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小高い、アーモンドカステラのような丘陵地に、ところ狭しと街が形成されています。
こんな風情のある建物が絵になる町ですね。
定番の「洋品店」もいくつか見られました。


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小高い丘の町ですから、そのまわりは絵になる坂ばかり。
こうした発見が、乗りテツの醍醐味と言ったところでしょうか。


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次は常陸大子で途中下車。お盆の真っ最中でしたから、帰省客で賑やかでした。
ホームに響く風鈴の音が、古き良きローカル線の名残を感じさせます。
昔は、そんな地方駅がどこにでもありましたね。


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気温が上昇していたこともあり、近くの「道の駅」に設置された温泉へ。
帰省客でごったがえしており、駐車場も満車でした。
そんな中、バックパックを背負った男が徒歩で訪れたので、駐車場整理員の視線が刺さってきて痛いです。
風呂上りにはソフトクリームを。北の扇形庫からさんの大好物ですね。


その後は一路、郡山へ。
途中、地元の花火大会があり、おそろしい程の乗客で首都圏並みの混雑となりましたが、すぐに下車してしまい、再び静寂に包まれる車内。
その後はうつらうつらと・・・。

しばらくしてからです。
突然窓を叩きつける「ドーン!!」という音がなり、窓が「ガタガタガタ」。
なんだなんだと見回すと、窓の外にはコキ車を20両近く牽引したEH500が悠々と南下していく姿が。
そうでした。終点郡山の1つ手前、安積永盛からは東北本線を走っていたのでした。
天下の大街道に迷い込んだキハ110は、まるで木の葉のようで・・・、思わず笑ってしまいました。


そう言えば、郡山ではこんな車両がお出迎え。

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流転の人生、ビバあいづ。
次はどんな変身をとげるのかしら。


郡山で1泊し、次の日は磐越東線をアタック。
またもやスーパーひたちで水戸へ行き、鹿島臨海鉄道~鹿島線というルートで帰りました。
子育て開始直後の、ほんのわずかな息抜きとなった1泊2日の一人旅でした。


*   *   *


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せっかくの息抜きですから、行きも帰りも「スーパーひたち」ではグリーン車に。
ああ、なんという不経済でしょう!
でも、651系のこの座席、JR特急の中でも気合いの入り方が違っていたような気がします。
なんと言いましょうか、豪華??


ではまた。







  1. 2009/05/25(月) 23:52:54|
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