しなのさかいの駅前広場

久しぶりにワクワクする発表でした。

ゴールデンウィークは電車で熱海へ 2018

こんばんは。しなのさかいです。

今年もゴールデンウィークということになり、年末年始のような慌ただしさもないまとまった休みが大変ありがたいなと実感しました。
関東平野は天気にも恵まれた2018年のGWだったと思います。

我が家はここ数年、GWには日帰りで熱海へ行くことに決めているので、ノープランのまま連休に突入しても平気という、非常に楽な、フニャフニャなスタイルです。
今年も天気予報だけを気にしながら、ちょっとだけ遠足に行ってきましたので、その報告を。





例年通り車は自宅に置いて、電車での移動です。
E233系で降りた熱海は快晴そのもので、傘は全く必要ありませんでした。
カメラで遊びたいのですから、この天気じゃないと意味がありません。


熱海駅前の東海バスの案内所に寄って、東海バスの「バスコレクション」を手に入れてから街歩きをスタート。
ところでこのバスコレ。
昨年の秋に発売されていたので、とっくに無くなっているだろうと思っていたらまだありました。
“自分へのおみやげ”には手頃なサイズと価格でイイですね。





昭和テイスト満載な街並みを見ながら、サンビーチへ向かいました。
ビーチへ降りる途中で見たマンションにはレンガを積んでこしらえたようなバルコニーの「柵」があって、崩れて落ちてこないものかと心配したり。
見たところ鉄筋は入っていないようなんですけど、そうでもないのかな?





熱海城は未だに行ったことがありません。
たぶんこれからも「行かない」と思います。
誤解を生む紛らわしい「お城の形をした施設」なので、はじめて熱海へ行く方は注意してください。





サンビーチに到着。





路線バス(東海バス)がノロノロと降りてきて、渋滞の渦に飲み込まれているという、悲惨な光景です。
伊豆半島へ向かう要衝でもあるので、通過車両さえ迂回させることができればいいのですが、伊豆スカイラインだと大回りになるのでダメなんですかね。

とにかく首都圏のナンバーのワンボックス車が「パパーッ」とハデにクラクションを鳴らしまくるので、我が家は電車での訪問とはいえ、同じ方面から来たよそ者の我々としては心苦しいのです。
熱海に暮らすみなさん、申し訳ありません(一応謝っておきます)。





しかし、毎年のこととはいえ、この街並みには驚かされる訳ですよ。
アップダウンというよりは、垂直に近いのではないかという並び方で、ちょっと「やり過ぎ」です。


熱海は、2000年過ぎまではホテルや旅館の廃業が相次いでいて、暗いムードが渦を巻いていました。
それに連動するように、熱海市は2006年に「熱海市財政危機宣言」を発するというなんとも痛々しい状況でした。
しかし、2010年代に入ってからの熱海の復活ぶりはなんなんだろうと思います。
廃墟となっていた宿泊施設跡は次々と解体され、新たなコンセプトの滞在型宿泊施設が建設されています。
歩く人の数も増えていて、間違いなく賑わいが生まれていて、なんだか不思議。
要因は様々でしょうから、興味がある方は「熱海 復活」等で検索されることをオススメします。






熱海グルメ・その1。
いつものことですみません。
「アジのタタキ丼」です。
女3人がハマっているので、年に一度のグルメです。
素材にしては少々割高なんですけど、地元のお魚を試すには一番間違いないメニューだと思っています。





その後は来宮神社へ。
昨年は起雲閣でしたので、1年ごと交互にやってみることにしました。
この写真の背後では、数分置きにN700系がかっ飛ばして往来しており、日本一落ち着かない神社ともいえそう。
新幹線だけでなく、185系やコンテナ列車も行き交っていて、鉄分が多い場所です。





パワースポット。





青空と新緑。





もみじも青く、透き通って見えました。





来宮神社を後にして、熱海の街へ下って行くところ。
沖に見える島は、静岡県の最東端・初島です。
2003年には謎の停電(海底ケーブル切断事故)があったそうですが、なんだったんでしょう?






これまた例年通り日航亭大湯でひと風呂。
そのそばにある駐車場付近では温泉の蒸気がモクモクと出ていて「大湯」が健在であることを示していました。
熱海って意外とこういう場所が少ないのですよ。





熱海グルメ・その2
昨年から訪問している喫茶「パインツリー」。
今年はフルーツサンドにしました。
夕方の閉店間際での訪問にしたので、静かな店内でのんびりといただくことができました。
昭和の喫茶店そのものという雰囲気のお店です。





娘たちは昨年と同じようにパフェです。
ドライアイスの演出は健在でした。





帰りはE231系1000番台で小田原まで。
この車両も、JR東日本の中ではだいぶ古い世代となりました。





その反対側のホームです。
西へ向かおうとしている313系+211系の6両編成は、なんと浜松行きでした。
そんなに長距離を走る東海道本線の列車設定はあまり知らなくて、「青春18きっぷ」で行き来していた頃は、結構細かく乗換えを強いられた記憶があります。
これなら1本でほぼ中京圏(一応浜松も中京圏?)にたどり着けそうです。
関西旅行で乗り鉄の血が復活してしまいましたし、ちょっと乗ってみようかなという気持ち(^ ^)





小田原で下車して、おおよそここでこの日の日帰りツアーはおしまい。
EF210が牽引するコンテナ列車が高速で上っていきました。
宅配便の30(31?)フィートコンテナを満載していましたから、たとえGWであっても、個人が荷主となる物流は止まることがない、ということなのでしょう。


さて、明日からは普段の生活に戻ります。
「夏休み」の季節まで、約3か月。
1年の中で変化の少ない、長いトンネルのような時期といえます。
自分なりに工夫して、気持ちを高めていかないといけませんね。






ではまた。


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  1. 2018/05/06(日) 18:30:00|
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サクッと行く、江ノ電さんぽ

おはようございます。しなのさかいです。




年末年始のお休みは遥か彼方に去っていき、気がつけばテレビ番組からスペシャル感は消えてなくなっていました。
そして、気がつけば自分も大都会との往復運動を再開しているのです。
そんなもんです。
レイアウト上には、未だに碓氷アイテムが並んでいて「そろそろどうにかしないと」と思いながら、茶色いロクサンにパーツを取り付けたくらいで、どうにもしていません。

でもまあ、年末年始は楽しかったなぁと。
そんな思い出をメモしておきたくなりました。




この年末は、やや変則的に、業務最終日「以外」はお休みをいただくことができました。
そうなると、ほぼ娘たちの冬休みと重なりますので、当然ながら「お散歩」をさせる必要が…

年末年始の関東平野は晴天続きで、新しいカメラを試すのにはいいタイミング。
「そんなら行ってみるか」と、午前中の塾を終えた下の娘を誘って、久しぶりに電車で30分程度の距離にある江ノ電沿線を訪問することにしました。





正確には藤沢まで30分。
そこから江ノ電に乗り、正味1時間で稲村ヶ崎です。
稲村ヶ崎郵便局で738局目の貯金を済ませてから歩き出すとものすごい強風で、なんとなく砂混じり。
慌てて新品のカメラを隠し、スネ夫みたいな髪型のまま、徒歩で江ノ島を目指し始めました。





さすがは江ノ電でして、列車が頻繁に行き交うため、興味が尽きません。
カメラを向けるタイミングが遅れても「次にしよっと」と諦められるところがイイですし、娘もそのインターバルに付き合うことに苦は感じていないようでした。





鎌倉高校前まで来て、噂通りの賑わいに遭遇しました。
このカメラを構える方々、どこから来たのかというと、その答えは「ほとんど全て海外から」。
踏切を渡ったすぐのところでアジア系のお客を降ろすワンボックス車も現れて、踏切に入れない後続の車がクラクションを鳴らすというトラブルも発生したり。
そんなことよりも、わざわざ海外から来たお客さんが大勢で“撮り鉄”をしている…と捉え直すと、その方に興味があります。
この状況を「迷惑」と断じてしまえば、それ以上の議論や検討が失われてしまうので、やめておきましょう。

大切なのは、この賑わいが映像作品のワンカットだけで生み出されたということであり、その原因はおそらく「鉄道が含まれる風景だからだろう」ということ、そして海外の方々がそのことを感じ取っているということです。
海と国道、そして自動車だけで構成された風景だったのならば、そんなに魅力的には捉えられなかったのかも、と。

不思議なことに「鉄道」は風景に溶け込むのです。
だからこそ、風景とトータルで楽しむことができるNゲージは、こうしたメンタリティーにとても馴染むのだと考える訳で。

そうすると、Nゲージの趣味って、例えば家庭の中などでもう少し理解が広がってもいいと思うのですが…。






当方は撮影を生業としていないのでわかりませんが、おそらく西陽がさした冬の日の午後なんていう時間帯は選ぶもんじゃないのでしょう。
でも、家に帰りたくなる切なさが漂っている冬のこの時間帯は「撮りたい」というか「ずっと見ていたい」頃合い。
あいかわらず強い風が吹いていました。





305形は、最高齢なれど江ノ電のフラッグシップ車です。
10形と20形は、どこか遊園地の乗り物っぽくて、チョット方向性が違うんですよね。





腰越方面から海辺へ出ようとする列車。
「カーブの連続」だけでなく、やや登り勾配もあるみたい。
同行した娘は「カーブもすごいけど、それよりもお家が近すぎて面白い!」と笑い転げていました。
そりゃそうでしょう。こんな個性的な鉄道がそこら辺にある訳がありません。

冬休みです。
TDLに泊まりがけで行く同級生が多いというのに…って思うこともありましたけど、これが我が家の王道的なレジャー。
何気ないお散歩に「非日常」を感じることができれば、それはそれで良い思い出、観光になるんじゃないかなと。







腰越の路面区間に入って、これまた非日常な風景を見て楽しみました。
小6の女の子には、とてつもなく奇異な風景のようでした。





当然ながら「エサ」で娘を釣りましたよ、はい。
腰越郵便局で739局目の貯金を済ませた後は「腰越珈琲」さんにお邪魔して、娘にはクレープアイスクリームとリンゴジュースを、自分にはコーヒーを頼みました。





明らかに民家を改造したと思われる、落ち着いた佇まいのお店でした。
玄関で靴を脱ぐと「どこでもいいですよ」と言われまして、いくつもの部屋をウロウロ。
定めた小さい和室では、ちゃぶ台の下にコタツも用意してくださり、昭和の時代によく親戚宅を訪問したような感覚になりました。
散歩の最後にとてもいいスポットにたどり着きました。





江ノ島までたどり着いて富士山を眺めて。
強風のため、わずかに見える海面が荒れています。
日没後となりましたので、島内まで入ることは諦めて、片瀬江ノ島から帰路に着きました。

多額の費用をかけてたどり着いた海外からのお客さんには申し訳ないのですが、当方にとってはサクッと行けるお散歩コースでした。
また、久しぶりだったので、いろんな発見があり、また模型生活にも活かせそうな新たな視点を持てた気もします。
そして一言。「モデモさん、もう少し頑張ってください」です。


では、あらためまして、本年もよろしくお願いします。






  1. 2018/01/11(木) 08:30:00|
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2018年 あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
しなのさかいです。



2017年12月30日 中央本線・藪原-奈良井間



2013年にこんなこと
2014年にもこんなこと
さらに、2015年にもこんなことを書き、
やめればいいのに2016年にもこんなこと
2017年にもこんなことを書いてしまいました。

でもまあ、こんなときでもなければ書ける(書いていい?)内容でもないので、今年もだらしない文章から1年をスタートさせることをお許しください。




それにしても、あー、もう1年が経ってしまいました。
毎年、同じ質問で申し訳ないのですが、皆さんは「楽しい鉄道模型趣味生活」を営むことができたでしょうか?
「楽しい」と思い込もうと「楽しいはずのこと」をやり続けて「楽しいふり」をしていた1年だったりして…
そこら辺は、それぞれの胸の中で振り返ることとしましょうか。



さて、1人のユーザーとして2017年の鉄道模型趣味をやや俯瞰的に振り返りますと、メーカーを上流とした市場全体に「どんよりとした雲が立ち込めた」と考える1年でした…。


カトーからここ数年間送り出され続けてきた、「こんなのもあるといいでしょ?」とユーザーにそっと語りかける企画はすっかり鳴りを潜め、毎月発表されるポスターの内容に驚くことはなくなりました。
そしてついに当方、「カトーの年末アイテムをスルーする」という、この趣味生活38年間の中での異常事態に。
つい先日には、社長さんが子どもの手紙に返事を出すという形で“パンダの電車”の製品化が決定されたり。
二代目の社長さんには、そういうパフォーマンスというか、やや空転気味な話題づくりの動きが目立つような気がしています。
全ての企画がトップダウンで決定されている訳ではないでしょうけど、このメーカー、そういうムードによる企画がだんだん大きくなっているように見えており、少々心配しています。


一方、トミーテック。
ますます「鉄道コレクション」シリーズの展開による「完成品のレベルダウン化」が進み、とうとうコレクション系でありながら“基本セット”と“増結セット”と謳うほどの、多数の車両によるセット製品が一気に展開しました。
それと引き換えに、コレクション系の「本来業務」であったはずのジオラマ系では、めぼしい新作はなくなったようです。
本家・トミックスと、それを超える勢いのある分家・鉄道コレクション。
後者はパーツ代を上乗せするとかなりの高額となるのに、メーカーの言う通りだけでは決してライト類が点灯することはないため、当方はこれらを「完成品」とは見ないようにしています。
この流れ、まだまだ続くのかなぁ。キハ54はトミックスでやらなきゃダメなのですよ。


マイクロエースは、既存製品の再生産、それも仕様変更を理由とした価格改訂が細々と。
「月刊マイクロエース」と言われて業界の話題をさらっていた頃は、完全に遠い過去となっています。
当方は毎月の発売情報にすら接しなくなりましたし、今現在どういうアイテムがリリースされているのかもよく知らないという有様です。


グリーンマックスは、完成品の仕様改善をコツコツと進めているようですが、当方が製品群に手を伸ばすことは未だにありません…。


自分で「立ち位置」を切り拓いたモデモには、もう少し頑張ってもらいたいですね。



とまあ、当方の各社に対する見方、接し方はこんなでした。
あ、「安中貨物事件」なんていうのもありましたけど、そもそも接していないから(笑)
当方の主観なれど、上流に位置する各社における鉄道模型、鉄道そのものの見方がわかるような気もするのでした。


上流はそうであるとして、「中流」にあたる流通・小売店はどうか。
当方は昨年の夏、宇都宮でユーザー同士でアナログ的なつながりを持てる素晴らしい小売店に出会いました。
しかし、こうしたお店は全国的にも数える程度ではないでしょうか。
近所の量販店で繰り広げられる店員さんとユーザーの会話は、どこか不安定なのです。


そして「下流」にあたるユーザー。
ネット上をパトロールしていると、ユーザーが抱える話題は実に様々な方向へ分散しています。
なので、1つのアイテムに話題が集中して、お祭り騒ぎになるようなことはなくなりました。
寂しいといえばそうなのですが、これまでたくさんユーザーに投下されたネタが発芽していくのだと思えば、それはそれでいいことなのかもしれません。



当方は、もちろんこの下流に含まれる1人です。



こういう状況ですから、2017年は財政出動が劇的に少なくなり、夏の終わり頃からは、持てるほとんどの自由時間をレイアウト工事に充ててみました。
当ブログの更新が滞ったのは、そういう理由からです。





で、そのレイアウト工事ですが、つい先日までにボード上の地形、土地の活用内容を全て決めて、木材やスタイロフォームを主素材としたその下地工事を終えました。
当方にとっては、昨年と同じように「楽しむための苦しみ」を味わった訳です。
とにかく線路沿いの情景を考えて考えて考え尽くす。そういう過程を繰り返しました。

年明けからは第2次プラスター工事(なんだそれは)、アンダーコートによる基礎的着色、バラスト投入…、とビジュアル的にも御報告のレベルに達するのではないかと考えています。
ストイックに、スパルタンに進めた工事でしたので、ほったらかしにしがちな自分の性格を考えると10年くらいは工期短縮につながったのではと。
こうしないと、いつまで経っても「買い続けるだけ」の苦しい趣味になりそうで怖いのです。

目下の目標は、1週するレイアウト、全てのボードに何らかの情景を設けること。
2018年の終わりにはどのくらいになっているか。
これからは手を加えれば見栄えが良くなっていくはずなので、自分でも楽しみであります。


気のせいか、最近は当方と同じように何らかの地面工事を行うユーザーが増えているように見ています。
それも、いにしえの牧歌的な風景を目指して。
不思議といえば不思議。
でも、皆さんも「どのような角度からこの趣味にアプローチすれば高い満足を得られるのか」と、そんなことをじっくりと考え始めているのかもしれません。
メーカー各社から新しい情景素材も開発され続けているので、ちょうどいい頃合いでもありますよね。



それでは、2018年のスタートです。
1年間、家族を養うために嫌な仕事をして、その息抜きにソフトにフワッとこの趣味に接して。
そんでもって、この趣味に自分で納得できる「楽しみ」を見出せますように。

本年もよろしくお願いいたします。


  1. 2018/01/01(月) 00:01:00|
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よいお年をお迎えください。


2017年12月30日 山梨県山梨市にて


2017年も残り数時間となりました。
一年間お付き合いいただき、ありがとうございました。


しなのさかいの駅前広場



  1. 2017/12/31(日) 14:15:00|
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能登の奥まで 2017(その4・完)

(その3からつづく)




優しかった民宿のおばちゃんとの涙の別れをした下の娘をなんとか車に乗せ、九十九湾まで移動しました。
ココも昨年は駆け足で通り抜けてしまったため、それから1年間、心の中で引っかかり続けていた、そんな場所です。

九十九湾では、能登金剛・巌門に続いて、再び遊覧船に乗ろうかと計画していて、その遊覧船には二つの運行会社があるみたい…だと予習していました。
そのうち興味が湧いたのは、海中に沈んだ船底部分(客室スペース)があって、横窓から泳ぐ魚が見えるという特殊船。
「潜水艦みたいで素敵じゃない」と女房と意見が一致しました。

しかし、実際に乗船場と思われる場所に行ってみると、その船はロープでしっかりと係留されていて、動く気配が全くしない。
船体全体には錆が浮いていて「これは只事ではないな」と大人の事情を察してしまった訳です。
観光地ではよくありますよね、こーいうの。

仕方なく、もう一つの会社の遊覧船乗り場に向かいました。
乗り場へ向かう坂道ですれ違ったのは女子大生の集団で、下船後にキャッキャッと興奮していましたが、船を見てみると失礼ながらごくフツーでして、乗客も我が家だけ。
「あー、これはそんなに期待してはいけないな…」と思っていたところで、もう1家族が乗り込んで湾内遊覧へ出発です。





その10分後、“フツー”とした評価を取り消さなければならない事態が起こりました。

おじいちゃん船長の「はい、少し船を停めますよ~」というアナウンスがあり「遊覧船なのに? どこに?」
そしてゆっくりと湾の奥にある桟橋に停まったら「はい、降りてくださいね~」とのアナウンス。
どうやらココは運行会社が管理している(?)「生け簀」らしいのです。

で、生け簀の中央には手書きで「天然水族館」の文字。
「はい、1家族ごとに交代で見てくださいね~」との案内で、2番目に降りると、生け簀に落ち込んだFRP製の小さいスペースがあって、そこから横窓で生きた魚が見える…という仕組みを理解できました。

人数制限はFRPが抜けたり割れたりして生け簀へ落ちることを想定して、なのでしょう(笑)
なかなかシュールなんですが、見たり体験したいことはきちんと用意されていて感服するしかないんです。
さらには我が家の前で見たはずの家族の子どもが駆けて舞い戻って来て、はい定員オーバー(大笑)
スリリング性もあります。





「はい、次はお魚を触りますよ~」
「はい、次はお魚にレースをしてもらいますよ~」
「はい、これ、かぼちゃです。これからエサをあげますよ~」
「はい、ここにタコさんがいますよ~」

子どもたちにはキャッチーなセリフがポンポンと飛び出し、実際に子どもたちも楽しそう。
親としても見ていても楽しく、そして何よりもコストパフォーマンスが高い時間でした。


想像するに、先の特殊船との競合に危機感を持ったこちらの会社が「お金がなければアイデアで」という一手に出て、その結果が先の特殊船の姿だったのかなぁと。
そんな話ならとても興味深いのですが、真相はよくわかりません。

でもね、身の丈にあった“おもてなし”の方が、受ける方の心を動かすような気がして、それは前の晩の民宿がそうであったように、おもてなしにはそんな原理原則があるんじゃないかなと思ってしまったのです。
もしそうだとすれば、値段の高いことだけが価値の指標ではない、ということではと。
こんなことを考えてしまう、大満足の九十九湾遊覧船でした。





楽しかった九十九湾を後にして、ひたすら海岸線を走りました。
国道249号が内陸方面へ分岐するときは、躊躇せずに海岸に近い方へ。その繰り返し。





道の駅が併設されたのと鉄道・穴水駅では、留置された旧パノラマ車を見てみたりしました。
なんだか痛々しくて直視できませんでしたけど。
どういう目的で留置しているのかなぁと。





御存知のとおり、ここ穴水駅から先、輪島や蛸島へつながるレールは全て剥がされてしまいました。
穴水駅構内は、未だに国鉄のディーゼルカーがアイドリングをしながら停まっているような気が。
前の日に珠洲駅の跡を見ただけに、穴水と珠洲、2つの駅の運命の分かれ道とはなんだったんだろうと。
難しいです。






能登の旅もあとわずかですから、癒やしを求めて、ツインブリッジから能登島へ。
曲町の近くで漁村と七尾湾を見て。





能登の小さな漁船もこれで見納めかもしれないと思うと、岸壁に行きたくなるものです。
家族でそんなことをしてフラついていたら、暑くてハァハァ言っているかわいそうな犬を散歩に連れた地元のおばあちゃんが。
「どこからきたの」と声をかけられて、しばらく地元の暮らしぶりを取材。
楽しいなぁ。


その後、能登島の海岸線をぐるっと走りました。
水族館なんて行っていませんよ。
そーいうところに行きたいという要望は、もはや同乗者からは出なくなりました。
そういえば、能登島一周の途中、脱輪して車体が大きく傾いた白いSUV車がいたりして。子どもたちがお父さんに文句を言っているシーンを見てしまい、なかなかでした。
お父さん、はしゃぎ過ぎたんですね。





和倉温泉着。
ツインブリッジの方向を見て、能登半島最後の夜だなぁとしみじみ。
関東平野は雨続きだというのに、全て天気に恵まれた能登の旅となりました。





夜は和倉温泉を散策。
途中、合宿中の男たちで埋め尽くされ、物資が枯渇寸前だったセブンイレブンで買い物。
こういうネタに女3人は弱くて、店内ではずーっと笑いっぱなしでした。
もの凄い勢いで商品が消えていくのですから。この日の日販はさぞかしよろしかったのでは。





加賀屋って、よく見ると要塞ですよね。
これで煙とか出ていたら、完全に別の用途を持つ建物ですよ(ココには泊まっていませんよ、念のため)。


(4日目・和倉温泉泊)



◻︎ ◻︎ ◻︎





5日目は、海岸線沿いを走って再び氷見へ向かい(ココまで来て能登半島を一周した形に)、その後は富山ー岐阜ー長野ー山梨と経て、戻りたくない関東平野へと戻りました。





朝日を浴びた能登島大橋。
七尾湾は、琵琶湖や猪苗代湖よりもずっと穏やかに見えました。
不思議です。





バルコニーにはお客さん。
さようなら。また来ますね。






国道41号に入って、神岡に寄ってこんなものを見せて、途中の「ひらゆの森」で風呂に入って帰りました。





特にレジャーといえる要素がない、ひたすら自然や街並みの景観だけにこだわった能登半島周遊でしたが、(たぶん)家族からの不服などなく「我が家の旅のスタイル、ここに極まれり」といったところでしょうか。

今日から下の娘は新学期です。
同級生たちは、それこそUSJだとかTDLだとかそういう場所に行っているんでしょうが、その中で1人だけ、「旅行読売」のような次元の違う夏休みを過ごしたウチの娘には、何か光るものがあるといいなぁと、なぜかそう思いました。


4回に渡り、ダラダラとお話してしまいました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。








あ、碓氷峠が9月5日に。
月末だと思っていました。少しだけ生きる目標が出てきました(笑)


  1. 2017/09/01(金) 23:30:00|
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能登の奥まで 2017(その3)

(その2からつづく)




輪島に泊まれば、翌朝は朝市に行っておきたくなるもので、今回も「スルーして後悔するくらいなら…」と考えて偵察してみました。

それにしても、朝市を歩くときは日差しが強い(そういえば昨年もそうだったなー)。
関東平野は雨続きだというのに、コレハナンナンダ。
したがって買い物は、食べ物ではなくて4000円の帽子となりました。
朝市で賑わう通りから脇へ伸びる路地を一本一本観察してみると、奥にお寺が見える路地がありまして、景色を見て清涼感をもらいました。


さて、3日目はこれまでどおり時計回りに海岸線を辿って、能登半島の先の先、珠洲を目指す行程です。
昨年、輪島から珠洲まではコンビニのような流通の要素が全く見られない、本当の「さいはて」であることを経験済み。
そうなんです。この区間、どことなく離島のムードが漂っているんです。





輪島を出てから立ち寄るのは「道の駅千枚田ポケットパーク」。
ココだけは、そんな「さいはて」に一歩踏み出した場所ですが、一級観光地と言えそうな混雑ぶりでした。
まだ輪島観光の地域内で、ここまで来て引き返す車やバスも多いのでしょう。





千枚田からしばらく走って、御陣乗太鼓伝承の地・名舟を過ぎたところで「輪島製塩」に寄りました。
目の前の海から釜茹でして出来た塩は、塩辛さが鋭くなくて、その証拠にこれをまぶしたソフトクリームがとてもおいしくて。
実験してみて分かりまして(いやいや塩ソフトクリームも一応商品です)、カウンターから見える景色と共に感動。
そんなこともあってか、今回の旅では、総じてここで見た海のブルーが一番の好みでした。





垂水の滝。
そのまま海に落ちる滝です。
こんな滝が首都圏にあったら大変な混雑となるでしょうね。
我が家以外には誰もいませんでした。





滝から海へ振り返ってこれから行く先を見れば、ポッカリと青く抜けた、向こう側が見えるトンネルが。
これ、「真浦隧道」という廃トンネルだそうです。
うまく言えませんが、抜けた先が青く見えるところに「さいはて」を感じてしまいました。





海岸線を走るため、内陸へそれる国道249号から県道28号へ入ると、峠道になりました。
「椿の展望台」という場所で輪島方面を振り返りました。
この日も朝からずいぶん走りました。
暑くて大変なので、同乗者たちは走り続けている方がイイそうで、下の娘は朝から「いつ宿に着くの?」ばかり。
朝からチェックインなどできるわけなかろうと小さい頃から言い聞かせているのに、小6の今でもわからないみたいで、旅行中というのに将来が不安になりました。





その展望台からしばらくして、木ノ浦のカフェで休憩。
昔は数件の民宿があるだけの寂しい集落でしたが、ココも最近は映画のロケ地となり、コーヒー店のセットが残されています。
なので勢いで、猛暑なのにホットコーヒーを頼んでしまいました。
相変わらず日差しは強かったですが、風が抜けて吹いていて気持ちよかったナ。
ここら辺で「さいはて」感、MAXです。





禄剛崎灯台と「道の駅狼煙(のろし)」は昨年立ち寄ったのでスルーして、須須(すず)神社へ寄ってみることにしました。
珠洲市の東海岸側なので、ここら辺も「さいはて」と言えそうで、あらためて思うに、直線距離にするとそうでもないのに、関東平野からはるばる来たという満足感は、鳥居を見てこみ上げてきます。





珠洲市街へ入って「道の駅すずなり」の裏をのぞくと、旧国鉄・のと鉄道珠洲駅のプラットホームが残されていました。





駅名板を見ていると、今でも2両編成のキハ58系が滑り込んでくる予感が。
1986年、急行「能登路」ではるばるここまで来ていたんです。

それにしても、ここまで鉄道で来ることができた時代って、本当に素晴らしい。
国鉄ネットワークの線路があるというだけで、中学を卒業したばかりの少年2人が、周遊券と時刻表を片手に“とにかく”ここまでやって来るんですから。
観光のあてもなく「とにかく蛸島まで行こう」なのです。
そして、大人になってからも、こうして自分の家族を連れて再び来る…。
昔の日本には当たり前に存在した、都市と地域の交流システムでした。





能登半島のシンボル・見附島。
肌色に見えるのは能登半島の地質の特徴である珪藻土です。
オシャレな家では、調湿機能が素晴らしいので壁の素材に使っていますよね。
そういえば、旅の途中のあちこちで見た地層でした。
それから、急行「能登路」のヘッドマークもこの見附島がデザインされていましたので参考まで。
あの青地のヘッドマーク、文字のフォントも美しくて、キハ58系のマークの中では一番じゃないかと思っています。





「すずなり」に紹介してもらった珠洲市の民宿に泊まって、おいしい御飯を楽しんだ後は、月が出ていたので珠洲の港まで夜間ドライブ。
思ったとおり、月の光が海水面に反射してキラキラしていました。
これもまた観光資源。しかも無料(笑)

〈3日目・珠洲泊)


(その4・完へつづく)


  1. 2017/08/29(火) 23:00:00|
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能登の奥まで 2017(その2)

(その1からつづく)




2日目から本格的に能登の奥を目指して、まずは、氷見から石川県の羽咋へ抜けることとしました。
昨年とは逆回り、“時計回り”で能登半島の海岸線を走るというのが今回のもう1つのテーマで、その方が沿岸の景色や海の色も違って見えるだろう、新しい発見もあるだろうということなんです。

写真は梅雨明けしたばかりの氷見のコメどころを眺めながら富山・石川県境を目指しているところ。
都会の人間にとっては、青と緑だけで塗られた風景ってものすごく貴重に見えるものなんですよ。





羽咋に着いて、やっぱり気になるので千里浜なぎさドライブウェイを威力偵察しました。
北陸の海もようやく夏らしい風景になり、立ち並ぶお店も商売繁盛かと。
ドライブウェイは昨年に全線走破しているので、今回はほんの挨拶程度でやめておきます。
それにしても、水平線近くまで空が青いなぁ。





羽咋からは国道249号を北へ進みました。
稲が並んだその奥には日本海ブルーがくっきりと。
こうした景色も立派な観光資源で、もしかしたらそのうち、京都とか金沢に飽きた外国からの観光客がこちらの方へ押し寄せるかもしれません。
そうならないうちにしっかりと見ておくことも、我が家の旅行のミッションです。

そういえば、氷見のホテルに泊まっていた中国人客のツアーバスは「それ以上北へ上がることはない」んだそうです(フロント氏に聞きました)。
やっぱりね。そんなものなんです。だから「奥」まで行かねばならぬのです。





昨年に見落とした旧福浦灯台に到着。
ここも能登半島のシンボルと言えましょう。





それよりも魅力的に映ったのは、福浦の家並みでした。
民家に囲まれた坂を下りていくと港があって、そこにはクロネコヤマトのトラックが走っていて…。
日本の原風景、こういうところにもあるんです。
数年前には、今の朝ドラで主役をやっていらっしゃる方がやはり主役となって作られた映画のロケ地、となったそうです。





能登金剛・巌門を遊覧船で巡りました。
2日目で“遊び”らしいお金の使い方をしたのはココだけ。
あとはひたすら“無料”の景色を眺めながらの旅を続けました。
一見、退屈そうな旅でも、娘たちにとってはこれでよいそうで、それは長い間、こんな旅を繰り返してきた「成果」でしょうか。





さらに海沿いを北上して、風無漁港までやってきました。
ここも昨年は気になりながらスルーした場所で、1990年代のとあるドラマでロケが行われた場所です。
それこそ今の朝ドラで主人公のお姉さん的な役の方が主役で、その実家がここの民宿という設定でした(ややこしい)。
そういう場所はそれなりに絵になるところなのだろうと信じて来たら、確かにその通りでした。
前にも書きましたが、あの時代のドラマは、一見チャラいノリのようでいて、絵の切り取り方、ロケ地の選び方、地方への尊敬の眼差しがしっかりと入っており、今のそれよりもずっと深いものだったのかもしれませんね。





行けども行けども、波状攻撃のように繰り返し現れる漁村の風景。
志賀町赤崎で見つけたカゴを付けたスクーター。スクーターの後ろには、青く広がる日本海。
ごちそうです。





だから、大笹波水田(棚田)を眺められる展望台に上がったら、なぜか前浜漁村とその先の海の方へと目が移ってしまいました。
あらためてご確認ください。これ、平成29年、2017年の風景です。
コンビニとかガソリンスタンドの看板なんかがニョキっと見えても良さそうですが、そういうコマーシャル系のブツが全くありません。
それ故に貴重であり、レイアウトで作る昔の風景そのまんまなんですよ。





さらに北へ進んで輪島市域へ入って、門前町黒島町(重要伝統的建造物群保存地区)に寄ってみました。
保存地区の指定は平成21年、2009年ということで、今まで見てきた地区と比べると比較的新しい時代からの保存事業スタートとなります。

北国廻船の寄港があって繁栄した場所です。
江戸時代までは船の寄港地を中心にして経済区域が形成されていましたから、能登半島の奥でも最新のトレンドを得ていたのでしょう。
今で言うと、カトーの新製品はこういうところじゃないと手に入らなかった、ということカナ?

海を眺める位置にある神社というのも、能登半島で繰り返し現れる風景です。





あらためて、黒島の街並み。
海風で白くなった杉板の外壁。この地方の特徴とも言える外壁を持った民家の街並みは、やはり数十年前と少しも変わっていないと思われ、停めてある車を見なければ昭和時代そのものです。





17時過ぎに輪島に着いて、民宿でお刺身の盛り合わせをいただきしました。
あ、これは出掛ける前にお願いしていたオプションですからねー。
4人で突っついたらすぐになくなっちゃいましたが、これとは別に、とてつもない量の夕食があるのですから。
最近「民宿は偉大だ」と思うようになりました。





夜は、20時30分からキリコ会館前で開演される御陣乗(ごじんじょう)太鼓。
正真正銘の能登の奥、名舟で継がれてきた御陣乗太鼓は、見ているだけで空気がピンとしてきて引き込まれます。
昨年もそうでしたが、気がつくと誰もがジーッと見ているんですよね。
輪島まで来たら一度は御覧あれ。間違いなく奥能登の旅の味付けには必要です。

〈2日目・輪島泊〉


(その3へつづく)

  1. 2017/08/26(土) 09:40:00|
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能登の奥まで 2017(その1)

こんばんは。しなのさかいです。




昨年に続き、今年も北陸自動車道の名立谷浜SAで日本海を見ることができました。

中央道・長野道と走り抜け、上信越道で分水嶺を感じながら道を下ると直江津が見えてきて。
そして、春日山を抜けるとココに。
いつも気持ちが高揚するプロセスです。
自分だけのこういう場所、日本のあちこちにあります。


◻︎ ◻︎ ◻︎


今年の旅行の行き先はなかなか思いつくことができず、6月に入ってもボンヤリとしたままでした。
手の届く範囲で北陸の日本海の景色は昨年までに見尽くした気もするし、かといって“色”が違う太平洋の海を見るのも気が進まない。
内陸である岐阜や長野も行き尽くした感じだし…。

で、「ねえ、そろそろどうしよう」と家族会議を開催したところ、女3人からは意外にも「もう一度、能登半島へ行きたい」との返事がありました。

確かに昨年は、海岸線を走り続けたのはいいけれど、氷見~輪島~金沢という野営地を選んだため、ひたすらドライブとなり、ゆっくりと景色を眺めることができませんでした。
日本海を見ないで終える夏休みというのも引っかかりますから「それならそうするか」と思い、今年も能登半島を巡ることにしたのです。
ただし、昨年よりはスローに。





朝8時に関東平野を発つと、正午には長野道の姨捨SAへ着きます。
昨年も同じ時刻にココでお昼でした。





鉄道だけでなく、高速道路でも「姨捨のファッション化」が止まらないみたいです。
地元自身が落ちている観光資源に目覚めることには賛成ですけど「実はそういうことではない」となれば複雑です。
姨捨駅で営業中のキオスクを見た記憶のある者としては、素朴な、とっておきの存在としての姨捨も良かったんですが。





冒頭の名立谷浜SAを経て北陸道を進み、最初の目的地である富山県氷見市に着くのは17時頃。
もう2回目で学習済みですから、やはり到着時刻はほぼそのとおりでした。
夕方の富山湾、日本海、この中にはお魚がいっぱい。





振り返ると日没。
氷見市は海に沈む夕陽は見れません。





晩御飯はホテルの近くのスーパーで半額だった、地元の魚を使ったものとしました。
「え、ここで晩御飯?」と思わないでくださいよ。





「こずくら」とか「ふくらぎ」とか、関東では馴染みのない魚の名前です。これらは要は「ぶり」の、まだ小さいやつ。
「ぶり」は出世魚として知られており、成魚となるまでは様々な名前が付いているのです。





昨年は氷見に着くやいなや「氷見番屋街」の寿司店へ入ってしまい、結構大変なことになってしまいましたので、今年は格安で地元の魚を食べられる方法を研究してから出かけました。

狙いどおりホテル近くのスーパーで信じられないほど格安の寿司や刺身を楽しめまして、初日から旅のコストパフォーマンス、急上昇です。
我が家にはこんなやり方が身丈に合っているようで(笑)
それにしても、氷見はいいところだなぁ。

〈1日目・氷見泊〉


(その2へつづく)


  1. 2017/08/24(木) 23:40:00|
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ゴールデンウィークは電車で熱海へ 2017

こんばんは。しなのさかいです。




月並みな言葉ですが、ゴールデンウィークはあっという間に過ぎて、普通の日常が戻ってきました。

当方はカレンダー通りの5連休となり、さらに家族全員のスケジュールも3、4、5はオールクリアー。
したがって「それなら、1日くらいはまた日帰りで遠足でもするかねー」となるのです。
で、今年もあっさりと電車で行く“熱海行き”が決定しました。
今回はそんなお話。





小田原で、小田急から乗り換え。
東海道線のホームから見ると、西武赤電カラーの伊豆箱根鉄道がいたんです。
Nゲージをやっている人にとっては、とても旬なカラーではあるものの、このカラーリングの意味を知る一般の人がどれだけいるかは気になるところです。

それと、小田原でいつも思うことは、箱根へ行くには赤い登山電車(といっても小田急1000形)で短い4両編成だということ。小田急からの乗換えも結構ギッシリで大変です。
一方、熱海へ行くには最大15両編成の東海道線がやってくるのです。小田原・熱海間はいわゆる“末端輸送”ですから車内もガラガラ。
アンバランスな輸送力が、このジャンクションでは観察することができるということで、箱根のブランド力って、やっぱりすごいですよねと。





工事が続いていた熱海駅は、とうとう箱型の駅舎になってしまいました。
やはりというか、駅の中には「熱海初の」と言えるようなテナントがたくさん。
様々な地方を見ると、廃墟寸前の駅ビルがたくさんありますから、資本力のある手堅いテナントを入れることにも説得力がありますが、熱海のイメージがひっくり返っていくようでもあり…。
難しいです。





サンビーチから熱海の街を見ても箱型の建物がたくさん。
今の世の中、地域や土地のブランド力は、マンションという構造物により急激な人口増加を発生させるようです。
そこには質の高い賑わいがあるといいのですが。熱海の場合は、どうなんでしょうか。





熱海ビーチラインから来る車と国道135号から来る車が合流し、そして熱海の街が外来ナンバーの車でごった返していました。
ちょうど昼どきでもあり、駐車場に入れない車が右折しようとする形でウインカーを付けながら道路の真ん中で駐車待ちをするものだから、少し殺伐とした空気も。





こちらは徒歩ですから。
家族4人でサンビーチからトボトボと歩いて、ほんの数分でいつもの「あじのタタキ丼」にたどり着きました。
一昨年、情報誌にも出ていないこのお店に出会ってからは、ここが熱海の目的地となりました。
娘たちはここで近海物の魚のおいしさを覚えたそうで、親としてもお金を出した意味が(涙)
そして、オヤジさんとオカミさんがとても親切でしてね。

先客さん4人1組がいたものの、待ち時間ゼロでカウンターに座って、すぐにこれがドン。
美味しかったです。
一方、情報誌に載っているアチコチのお店の前には、1時間待ちとも思えるような長い行列ができていました。
ゴールデンウィークの熱海は何かと運命が待ち受けています。





食後は、サンビーチのお祭を見ながら起雲閣まで散歩。
大統領に怒られるようなことはしていません(たぶん)。







起雲閣まで来ると、山側から涼しい風が吹いていて、汗がスーッと引いていきました。
散歩してばかりだと疲れるので、こうした施設があると街歩きも楽になります。
起雲閣は、2000年までは旅館として営業していました。





さらに熱海銀座方面へ転進して、昭和ムードの漂う喫茶店で休憩。
今回の熱海行きでは密かにこんなところも目的地としていたのです。





女3人はドライアイスが仕込まれたパフェ。





当方は昭和ムードを楽しむべく、ホットケーキとブレンドコーヒーです。
ここも良かった。当たり。






熱海銀座からはアプローチも容易となるので、これまたいつも通りの「日航亭」(過去2回は逆側、来宮神社からのアプローチでした)。
一応、日帰り温泉施設ということで良いでしょう。
“大湯”というだけのことはあり、源泉掛け流しのお湯は「熱海」の名の通りの熱さ。
そして、毎年ここに来ると、運転に疲れた若者たちが喋りながら風呂に入っているので、そんな話を聴きながら長湯をするのも一興だと思っています。

16時半頃まで、静岡の情報番組を見ながら休憩室でダラダラしていました。





熱海駅までの途中、今度は総理大臣が。





相変わらずの激しい渋滞ですが、これとは無関係に街並みを眺めながら熱海駅へ。





階段や急な坂道も熱海名物。
フラ~っと探検してみたいけど、同行者もいるので我慢です。





熱海駅で、島田を目指すJR東海の編成を見送って。





15両編成でガラガラのE233系は、やはり渋滞の激しい国道135号を下に見ながら小田原へ。
今回だけは電車で良かったかなと思える一瞬でした(この渋滞に巻き込まれていた方には失礼な話をしました)。



家族4人、1人ずつリュックを背負った、気軽な日帰り遠足でした。
電車を選ぶ限り熱海へ行くには混雑をそれほど感じないことから、このパターンは不思議なほどに家族から絶大な支持を受けています。
毎年行き先を考える必要もなく、日帰りですから予約する作業も不要ということで、連れていく方も楽チン。

ピーク時の旅は、パターン化している方がいいのかもしれません。


ではまた。

  1. 2017/05/09(火) 17:30:00|
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冬の伊那谷の風景に憧れて

こんばんは。しなのさかいです。


先日、長野県下伊那郡阿智村・園原へ行った話をしました。
実は、その後には、車で伊那谷を北上したという多少のつづきがあって、「そんなことも軽くおしゃべりしたいなぁ」というのが今回の趣旨なんです。





もう一度、駒ヶ根駅前からこの風景を見てみたかったんです。
しかも、晴れた冬の日に見たかったんですね。
どことなくありふれた駅前の風景かもしれません。

だけど、アーケードと昭和っぽい低層のビルが立ち並び、その後ろには雪山…。
どこかチグハグで、でも不思議と懐かしさがこみあげてくる、そんな風景です。

飯田線は地方交通線ながら、起点又は終点への経済的依存度が比較的少なくて、長大な路線の中にあるいくつかの主要駅がそれぞれ経済的な中心を担っています。
駒ヶ根市もその中心の1つと言えそうで、それ故にこんな風景がある。
伊那谷や飯田線の沿線について思いをめぐらせていると、非常に味わい深いことに気づきます。





駒ヶ根名物ソースカツ丼。
玉龍飯店のソースヒレカツ丼も再びご覧いただきましょう。もう何回目かしら。
娘たちに言わせると、デパ地下やスーパーの総菜のようにコロモが立ってなく、さらに油ぎってなくて、食べやすいんだそうです。
そう言われるとそうかと。
関東平野で見かけるソースかつ丼は、口の中を切ってしまうくらいコロモがザクザクしています。
この玉龍さんも飯田線の線路のすぐそばですから、このソースかつ丼も飯田線沿線の風景として認定(笑)





JR最勾配地点にやってきました。
碓氷峠から見れば「たかだか40パーミルか」と思いがち。
でも、実際に来てみると、結構な勾配に見えました。
Nゲージのリレーラー程度はありそう。





あわわわわ。
架線柱がああああああ~(大笑)





奇跡的に柱の間から213系。
撮影に関してはド素人ですので、ご容赦くださいね。

しかし飯田線で213系とは時代も変わりました。
これ、90年代に関西本線でよくお世話になった電車なのです。
したがって、213系は木曽川橋梁を渡っていた頃のビジュアルの方が似合うので、どうか「現代の飯田線シリーズ」では119系を先にお願いしますね。





北上していく姿を1枚。
カーキ色の草と車両。乾ききった空。
冬の飯田線の色彩的要素は、こういった組み合わせで足りているでしょう。





伊那市駅近くまでやってきました。
RMモデルス2017年2月号・p.32でED62が顔を出している写真と同じ場所。
伊那電気鉄道の入舟駅があった場所ということです。
どことなく江ノ電のような建物とのクリアランス。





結局来たのはまたもや213系なのですが、こうした街に溶け込んだ(?)ような風景も飯田線ならでは。
電車ならまだしも、かつてはED62が突っ走っていたのですから。
面白いですよね。





入舟バス停から、今度は南アルプス方面を。

雪の山を仰ぎ見ながらの暮らし。
それなりの寒さなど苦労があると思いながらも、こういう土地での暮らしにあこがれてしまいます。
なぜなら、関東平野に住んでいると、こうした故郷を感じるランドマークが無いのです。


都会人があこがれる要素。
この伊那谷には、都会で暮らす人々が求める要素、原石がたくさん散らばっているんです。
カトーの「飯田線シリーズ」がヒットする背景には、こうした「都会人の感情のメカニズム」があったように思えてなりません。
車体を手にするだけで景色を感じる模型。こういう視点に立てば、製品化されていないものはまだまだたくさんあります。


余談ですが、この日の2日前に安曇野のカフェ(兼結婚式場)で結婚式のアルバムを見ていたときのこと。
うち1組のアルバムに目が留まりました。夫婦の出身地が実に興味深く、新郎は駒ヶ根、新婦は高遠でした。
地方の隣町の間でどんな交流、行き来があったのか。
想像が膨らむばかりですが、とにもかくにも地方都市同士、伊那谷の中での出来事というところが、どこかドラマチックであり、今のトレンドのような気がします。



IMG_9479.jpg

その後は、またまた伊那のグリーンファームから、高遠方面を見て、





そして、諏訪湖へ到達。
伊那谷を旅する時は、どうしても南から北へ行きたくなります。
どうしてだかわかりませんが、旅の終わりが三河となるよりは、この諏訪となる方が心地よいのです。





諏訪湖の夜景を見て、今回の家族旅行も大団円を迎えました。

ここらか見る夜景は「ぜんぜんぜんせ」ってな感じで、今ではすっかり全国区。
結局のところ、この場所と映画とは無関係なんですが、そんなことが引き金となって「でもさ、ここの夜景、よくね?」となったみたいです。
だから小さい駐車場には、あふれることはないものの都会のナンバーのクルマが大集合。
はいそうです。ウチのクルマもその1台。

しかしですね。
この日のちょうど2年前に家族4人で来たときは、誰もいませんでしたのよ。
超巨大すべり台もすべり放題で、二人の娘はおおはしゃぎでしたし。
最近「ぜんぜんぜんせ」的にすべった方が事故を起こしたそうで、これが原因なのか、そのすべり台は閉鎖されていました。

大切なのは、普段から自分で探して自分なりの価値に気づき、そして磨き続けることなのです。

ではまた。

  1. 2017/01/28(土) 19:00:00|
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