しなのさかいの駅前広場

ユートピアもモーターなしのままでしょうね

JR九州・RED EXPRESSの思い出

おはようございます。しなのさかいです。


昨年の10月から、平日の毎晩と土日を使って、ネガフィルムのスキャンをし続けてきて、なんとか終えることができました。
全部で何枚かと聞かれればお答えのしようがないのですが、平日の夜は約30枚、土日は1日につき約100枚といったところ。
キヤノンの8800Fという少し古めのスキャナを使って、4800dpiで1枚につき約8分でデジタル化が完成、という具合なんです。
細かい時間の計算はお任せしますね。
まあ、とにかくやり遂げました。

そんなことをやっていると、意外と同じ対象をしつこく撮影していたんだなと気付きまして、今回のお話もその中の1つ。
JR九州で1990年代に「水戸岡」化が行われ始めたときに賛否両論が巻き起こった「RED EXPRESS」シリーズの485系です。
ちょうど昨年末にトミックスから赤い485系が発売されたこともあり、模型を気にしながらのスキャン作業となりました。



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1993年3月15日 博多駅

最初のレッドエクスプレス化は「赤いかもめ」、続いて「赤いみどり」でした。
次々と意味不明なネーミングが発射されて話題になりましたよね。
ところで「赤いかもめ」の方は、客窓まわりが黒で塗装されていました。キハ183系新塗装から見られた連続窓風の処理です。
トミックスから製品化されたのも比較的早期でした。



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1993年3月15 ハウステンボス駅

上の写真と同じ日の昼間。
大村線がこの駅まで電化開業して間もない頃で、駅から園の入り口まで行ってそのまま帰ってきたときに写しました。
この頃の特急「ハウステンボス」は、まだ3両。全て真っ赤。



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1996年7月12日 大分駅

寝台特急「富士」で東京に帰る前に写した485系でした。
クモハ485-8だと思われます。あららマークがズレズレ。奥には12系客車が止まっていました。



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1999年8月25日 宮崎駅

臼杵で街歩きをして、そのあとそこからひたすら日豊本線を南下。女房と二人で「もう乗り飽きた」となってしまいました。
そのときのレッドエクスプレスです。
クロハなので、車両中央に「グリーンアンドエコノミー」のマークがありました。



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1999年8月26日 宮崎駅

その翌日の朝。
「さわやかライナー」という運用だったようです。
赤いボディに意外なスカイブルーのマーク。その地域地域で存在する通勤ライナーって、観察してみると魅力がありますよね。



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1999年8月26日 宮崎駅

その隣には、これまた奇抜なグリーン1色のデザインの「きりしま」。
どうしても3両編成の485系というのは、パラレルワールドの列車のよう。
「需要」というのはときに冷酷です。



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1999年8月27日 国分駅

志布志からバスで都城へ抜けて、国分で。
雨が降ってきてしまい、土砂降りの中の1枚でした。
これを見ると4両なんですね。
中間がモハユニットの編成なのか、クモハ-モハ-サハ-クハなのか。
専門家の方がいらしたら是非解説願います。



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1999年8月29日 博多駅

特急「ハウステンボス」も、この頃になるとカラフルな4両編成でした。この編成はもともと3両編成だったところにサハを加えたものだと記憶しています。紛らわしい。
783系になる前のこちらの方が、鋼製車体への全塗装ですから、カラフルで女性に人気だったみたいです。
「かもめ」「みどり」「ハウステンボス」という485系だけの多層建て列車というのも面白いネタでした。


こんなところです。
もう少し続くかもしれません。

ではまた。








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  1. 2016/03/20(日) 09:02:00|
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