しなのさかいの駅前広場

ぐったりやくも

風林火山で鉄分補給2013 (その2)

(その1からつづく)


立場川橋梁の次に目指した物件が今回のメイン。
姥沢トンネルと乙事トンネルの確認です。


地図20130506001

グーグルマップではこのように立場川橋梁に絡んだあやしげな物件がうっすらと表示されています。
赤線で示したところを追っていくと、南にカーブしたところに坑口らしきイラストが!!!



R0020222.jpg

はい、ありました。
姥沢トンネルの信濃境方坑門。
奥が明るくなっていて、立場川橋梁側へ通じているのだなと、ちょっと安心。



R0020223.jpg

こちらが、乙事トンネルの富士見方坑門。
どちらも、不気味にフェンスが破られているところが…。
ちなみに当方は立ち入りませんでした。



20130506010.jpg

興味深いのが、この両者の坑門の位置でした。
現地で撮影した地図に赤い線を引いて線路跡を示します。
富士見町の「総合運動場」のB面を縦に貫いて列車が走っていたみたいです。

でも、この赤い線の上と下にぽっかりと2つの穴が開いているんです…。
これはちょっとこわい。
スポーツに夢中になっていたら気にならないものなのでしょうか???



20130506011.jpg

ですから、姥沢トンネルの坑口はバックネットのウラに。
赤線は線路跡です。



20130506012.jpg

列車は運動場を横切って(?)乙事トンネルへ続いていたのでした。
乙事トンネルは運動場を半周回する道路のための盛り土によって、少々ふさがれた格好。
おそらく運動場のレベルが路盤レベルだったのではないでしょうか。



20130506013.jpg

この乙事トンネルの上が、公益財団法人ブルーシーアンドグリーンランド財団が運営する「富士見町B&G海洋センター」。
スポーツ団体に貸し出す合宿施設だそうです。

で、このトンネルの反対側の坑口がどうなっているのか。
ここが今回の踏査の動機となった最大のミステリーなのでした(オーバーですね)。



地図20130506002

ふたたび地図で確認します。
このような方向で線路跡は現在の中央本線と合流することとなるようです。
ということは、この赤線上のどこかに、乙事トンネルの信濃境方抗口があるはず。



20130506014.jpg

現在の中央本線の線路上(新・乙事トンネル?)から見渡してみました。
右奥が信濃境方、左が海洋センターのある富士見方です。
少々雑ではありますが、赤線のように線路があったようなのです。

しかし、この高さで富士見方へ進むと、海洋センターの建物にぶつかってしまいます。
富士見方抗口は海洋センターの10メートルほど下にありましたので、これでは辻褄が合いません。

なので、本当は赤線のもっと下が線路跡であり、この赤線の下のどこかで乙事トンネルに入っていたと整理するしかありません。
はたしてそれはどこ?????



20130506015.jpg

先ほどから目に飛び込んでいる線路跡に建つと思われる物件へ近づきました。
銘板には「農業集落排水事業 乙事地区処理場」とあります。
この長方形の建物の向きが、どうやら線路が続いていた方角そのもののようです。



20130506016.jpg

そして気が付いたのが、処理場前のこの道路の形。
処理場を避けるようにクランク状に曲がっています。
が、この曲がり方にはもっと別の意味があったのではないでしょうか。


クランク状に曲げなくてはいけなかった理由…。
それは、ここに乙事トンネルの信濃境方坑口があったから。
つまり、坑口の上を通るように道路をクランク状に曲げる必要があったのではないか、ということです。

となると、この処理場は掘割状の線路の跡を大量の土砂で埋めて建てられた、ということになります。



20130506017.jpg

まさにこの下に、乙事トンネルの信濃境方坑口が埋まっている…
そう想像するだけで満足できました。
工事写真等で埋めてしまう時の様子なんて撮影していないでしょうか。



*      *      *



と、ここまで書いておきながら「乙事トンネル」を検索してみたら、なんと富士見方坑口から内部に進入した人がいるではありませんか!
行きつく先、埋められた信濃境方抗口をトンネル内部から見るその姿は、まるで恐怖映画のようでもあり、また想像していた通りでもあり。
その位置は、クランク状の道路を撮影した場所の真下でして、当方の推理もほぼ正解だったようです。



20130506021.jpg

田植えを前にしたシーズン。
海洋センターの前、信濃境方は、見渡す限り田んぼでした。
そんな田園風景の真下、土被りも薄いであろうこの下に、中途半端に片側を埋められた乙事トンネルが33年間眠っているなんて。
通りかかっただけではわかるはずがありません。


わずか2時間弱の踏査でしたが、懸案を解決することができました。
Nゲージの世界では、30~40年前の中央東線の車両が大人気となっている今ですが、そんな車両がこうしたトンネルや鉄橋を走り抜けていたと想像すれば、模型への愛着もまた倍増するものです。
そう考えれば、廃線跡探訪とNゲージも親和性の高い分野同士ということになるかも、ですね。

この廃線跡について共に検討していただき、先に踏査を済ませられた相互リンク先のじごぼうさんには、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
やっぱりコンクリートを打った路面の下がまさにソコでしたよ。


(がらりと変わってグダグダ編・その3につづく?)
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  1. 2013/05/07(火) 20:52:08|
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  4. | コメント:4
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コメント

廃線跡もNゲージでは、復活!も可能ですね。
ここの線路切り替えは、昭和55年です
181系あずさ撤退 昭和50年ですから同車は、旧線のみ走行なんですね
月末発売予定のカトー181系あずさ のプロトかな? 発売が楽しみです
  1. 2013/05/08(水) 08:33:25 |
  2. URL |
  3. 線路際の住民 #-
  4. [ 編集 ]

線路際の住民さん

明治のトンネルでも181系が走っていた、となるとまた見方が変わります。
月末が待ち遠しい。115系とでガンガン遊びたいですね。
  1. 2013/05/08(水) 12:08:13 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
  4. [ 編集 ]

旧線にンハンハ

隠密です。
旧線レポート、たいへんたいへんたいへん興味深く拝見しました。

石積みの坑門がステキです。
レンガより費用のかかる石積みを採用しているのかスゴイです。
でも、デザインは標準的なので、凝って造ったという感じではなさそうです。
もしかして、石材のほうが入手が簡単なところだったのでしょうか…。

トンネルが埋没している場所の推理、さすがですね~。
感服しました。
  1. 2013/05/08(水) 22:16:36 |
  2. URL |
  3. 隠密 #oKzxZbq2
  4. [ 編集 ]

隠密さん

ありがとうございます。
鉄道土木の世界は深いし、発見のよろこびが大きいなって思います。また、明治時代に知恵を絞って敷設した線路には、高い技術で作られた現在線よりも敬意を感じます。
埋められたトンネル。自然にかえってしまった線路。まだまだたくさんありますね。
興味は尽きません。
  1. 2013/05/08(水) 23:05:19 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
  4. [ 編集 ]

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