しなのさかいの駅前広場

荷物車がいっぱい

1986年3月26日、上野駅。

こんばんは。しなのさかいです。


ここ2週間くらいでしょうか。
ふと、ひとつの列車について思い出すことがきっかけとなり、それからは、あれやこれやと調べたり、車両を買い足したりしていました。

そのことを報告する前に、長い前置きを前に置きます(笑)



□□□



1986年3月26日は、そのときの友人Mくんと、上野から北陸方面へ旅に出る日でした。
まだ春休みが始まったばかりで、気候は冬そのもの。しかし「長い冬」が終わったことに対する子どもなりの慰安旅行でもありました。



IMG_20150906_0002_2015090621260072f.jpg

選んだ切符は「北陸ワイド周遊券」です。
「こくてつ」と書かれた券面の模様が懐かしいなと、昨夜スキャンしてそう思いました。

この周遊券は周遊区間が細長いので、行ったり来たりとイマイチ周遊性に欠ける企画券でしたが、東京から比較的安く買えるワイド周遊券ということ、東京から見て周遊区間へのアプローチに大きな選択肢があるということもあり、同級生にも使う輩が多かったと記憶しています。
もっとも、未乗区間ばかりの地域だったことが大きな理由ではありました。


券面の大きな赤いバツ印なんですけど…
帰り道、東海道本線を14系「銀河」で上って東京駅に着いて、この「B券」を手元に残したくなりました。
だけど、東京駅や新宿駅では「規則だから」と取り上げられそう。
Mくんと相談して、隣の有楽町駅ならなんとかしてくれるかもという結論になり(まったく根拠不明)、1駅移動して改札氏に頼んだら、ムスっとしながらこのバツ印。そしてとどめの「無効・有楽町」のゴム印。

そのときの鉄道少年としては大きなショックでした。
こうして30年近く経って思い出として披露できたのですから、これも国鉄末期のエピソードとして捉えられますけど。

ちなみに「A券」は周遊区間までのアプローチ券で、最初の下車駅で取り上げられる決まり。
「B券」は周遊区間のフリー切符兼帰りの乗車券でした。
なぜかそのA券も持ち帰ることに成功した仲間がいましたから、要は運だったのでしょう。



IMG_20150906_0003.jpg

オマケのはなし。
当時、いくつかの周遊券にはオプションとなる券が用意されていました。
そのうち「北陸ワイド周遊券」には「G券」と呼ばれる能登半島へのオプション切符があったのです。

このときは能登半島も蛸島、輪島までキハ58系がバリバリ走っていた時代。能登線、七尾線は無傷でした。
Mくんと相談して、地元の近畿日本ツーリストで「G券」も付けてもらいました。
なぜ「G」なのかは、いまだに謎です。誰か教えてください。





その他、このあたりの文献によると、同様のオプションとして以下のものがありました。

◯北海道・道南ワイド
「C券」十和田湖に寄るためのもの

◯信州ワイド
「K券」「L券」都区内、東北地方発で草津へ寄るもの(K)、行きか帰りに名古屋へ寄るもの(L)



□□□



無題

前置きの話なのに、さらに前置きが長くなりました。
ここからが本題なのです。

上野から信越線経由で周遊区間に入ることにして、その列車を急行「能登」にしました。
当時の使用客車は14系座席車+寝台車。
座席はやめてB寝台の寝台券を確保して寝ていくことに。1号車ということで、騒々しいスハネフ14であったということがわかります。
朝の5時前まで、富山までの短い利用でした。碓氷峠を越える14系寝台ですから、これもまた大変贅沢なことです。



IMG_0011_201509062123165a1.jpg

上野駅13番ホーム?
マニ50が推進運転のヘッドとなって進入してきました。係員が推進運転の装置を(たぶん)下に置きながらゆっくりと入線。マニの妻面には推進運転用の取外し式ライトが点灯しています。

この頃は、荷物車が廃止となる直前の時期で、スハネフ14の車掌室側が隠れたなんとも合理的な急行スタイルを見ることができた最後のときでした。
このときは不恰好な姿に口をとんがらせていましたっけ。
2015年の今は、荷物車が付いた列車の模型ばかり好んで買っているので、人生とは面白いものだなとつくづく思うのであります(大笑)。

あ、この写真以降は「ヒントでピント」のようなヒドイ写真ばかりで、さらに無知ゆえにフラッシュも使う有様です。
当時の国鉄の方々には深くお詫びいたします。



IMG_0014.jpg

確か横川に近づいてきた頃だったかと。
スハネフ14の通路から寝台に寝転ぶMくんを。
通路から寝台に寝転ぶ人を仰ぎ見ているのです。三段寝台のスハネフ14である証拠になっていますネ!
ヒドイ写真でも、いまさらながら気付くことが多いです。



IMG_0015.jpg

横川に着いて、最後尾のマニ50にEF63が連結。
車番もなにもかも不明な、真夜中の1枚。
自分の他に撮る人なんていなかったなあ。
シャッターボタンを押しても、現像するまでは画像がわからないフィルム時代。こんな写り方だと現地でわかっていればもう1枚撮ったのに。悔しいです。

よく見るとEF63はヒトケタ番号かなーというところ。4号機かな?
マニ50の番号もわからないのは重ねて残念。
保護棒はありますぜ、トミックスさん。



IMG_0016_2015090621240317b.jpg

富山に着いてしまいました。
確か4:52だったと記憶。
1号車のスハネフ14と2号車のオハネ14は洗面所を背中合わせにして連結されていました。



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これから「ますの寿司」を食べるぞ、という決意表明の写真。
後ろにエレベーターのスイッチがありますから、テルファーか?
駅本屋に移動して、朝の5時なのに押し寿司を食べました。
寝不足に押し寿司ですから、あまり美味しくなかったなと記憶しています。ベンチに座って、二人で分けあって食べました。
この頃の『駅弁の代表選手』といえばコレだったのです。インターネットもない頃ですから、コロタン文庫の仰せの通りにしていました。
懐かしいでしょ。



このあと、北陸の国鉄を乗りまくるのですが、本題から外れますから、この辺でやめます。





ちょっと遊んでみたんです。
模型の方に世界を変えまして、続きます。

ではまた。
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  1. 2015/09/07(月) 21:20:00|
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  4. | コメント:8
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コメント

思い出の列車が蘇る時

隠密です。
14系「能登」、実は私は知らないんです(;^_^A
ちょうど鉄道から離れていたころで、東京のブルトレがEF66になったのも知らなかったくらいですから…(;^_^A
旧客「能登」は見ているんですが…(;^_^A

さてさて、若かりしころの思い出の列車をNで蘇らせる…
だれしもがやっていますよね(^^)

昔はフィルムですから、コストの関係で写真の枚数も少なく、そのすくない写真と自分の記憶をたどりながら模型列車を組成する…。
青春をふり返るひと時なのですが、同時に年をとったことを実感するときでもありますね(;^_^A

あの列車はあーっだった、こーだった、あの時はこんなコトがあった…、そんなコトがあった…

Nで蘇った模型列車は、若き時代の思い出も乗せてレイアウトを駆け抜けて行くんですね…。
  1. 2015/09/07(月) 22:01:06 |
  2. URL |
  3. 隠密 #oKzxZbq2
  4. [ 編集 ]

『ワイド周遊券』懐かしいですね。高校生の時、EF58ばかり追い掛けてて、東海道荷物列車がEF62に置き換わり、翌年には竜華のEF58も消えて、冷め切ってしまい一度は鉄道写真から足を洗いました。(EF58はEGではなくSGというこだわりがあり、宇都宮のEF58には魅力を感じませんでした)
ゆっくり旅が出来る機会が出来て、北海道ワイド周遊券を購入して上野から八甲田で青森へ向かい青函連絡船に乗り継いで行きました。宿泊は格安なユースホステルでした。最近、学生は旅をしなくなり、ユースホステルも宿泊客が減少傾向になってきてます。周遊券の裏技?で翌日下車駅まで有効を利用して20日目の札幌発北斗星で帰ったことを思い出します。
  1. 2015/09/08(火) 05:48:21 |
  2. URL |
  3. 鉄人1028号 #-
  4. [ 編集 ]

時刻表の巻末の周遊券のページを見ながら撮影計画を立て居た頃が懐かしく思います。
そんな自分が 撮影計画から急行列車セット等の購入計画を立てている事に 方法は違えど 列車を中心に趣味を続けているんだな〜 と 思わず苦笑してしまいます。
カトー快進撃も こんなユーザーの心理を巧みに突いた結果かもしれません
と すると あの薄暗い上野駅地平ホームを知る世代がいる限り 客車セットが売れるかもしれませんね
  1. 2015/09/08(火) 07:25:33 |
  2. URL |
  3. 線路際の住民 #-
  4. [ 編集 ]

旧製品

隠密さん

思い出の中の列車は手元に残す。今の鉄道模型の一番のトレンドです。今乗れる、見れる列車は後からでもいいのです。
撮影の対象が無くなってしまっただけ、模型の意義は強くなりました。
ただ、あんまりチカラを入れ過ぎると、後で痛い目に合います。メーカーさんもわかっているのですから。先を読むことが大事です。気がつけば「旧製品」だらけとなります。
  1. 2015/09/08(火) 07:43:16 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
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北海道ワイド周遊券

鉄人1028号さん

北海道ワイドはとうとう使えませんでした。部活が忙しくて長期の休みが皆無だったことが原因です。あこがれのワイド周遊券でした。夜行列車があったからこそのワイド周遊券でしたね。
  1. 2015/09/08(火) 07:46:01 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
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上野駅地平ホーム

線路際の住民さん

なにごとも計画が必要な趣味ということになりますか(笑)
上野駅地平ホーム・シリーズも、まだまだ足りないです。
  1. 2015/09/08(火) 07:48:54 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
  4. [ 編集 ]

なかなか良い記録ですね。×印は有り得ないね。こんなことされたことはありません。
私は時代が違うので、夜行でのアプローチは廃止が決まった「越前」でした。スハネ16だったと思う。52cm。でも、身動きできない窮屈さも夜行急行の醍醐味でしたね。
忘れてしまいそうなのでこちらに。
例のファンは1983年3月号、No263でした。
  1. 2015/09/10(木) 02:55:28 |
  2. URL |
  3. キハ181つばさ #LWshcgts
  4. [ 編集 ]

52センチの寝心地

キハ181つばささん

情報をありがとうございます。帰りにあそこに寄ってみようかな(笑)
スハネ16、越前。当方の頃には消滅していました。10系客車には一度乗ってみたかった。だけど52センチは辛すぎます。900×600のレイアウトボードの奥行き以下とは。昔の日本人はスゴイです。
  1. 2015/09/10(木) 07:28:33 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
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