しなのさかいの駅前広場

覆い隠すアイデア

能登の奥まで 2017(その4・完)

(その3からつづく)




優しかった民宿のおばちゃんとの涙の別れをした下の娘をなんとか車に乗せ、九十九湾まで移動しました。
ココも昨年は駆け足で通り抜けてしまったため、それから1年間、心の中で引っかかり続けていた、そんな場所です。

九十九湾では、能登金剛・巌門に続いて、再び遊覧船に乗ろうかと計画していて、その遊覧船には二つの運行会社があるみたい…だと予習していました。
そのうち興味が湧いたのは、海中に沈んだ船底部分(客室スペース)があって、横窓から泳ぐ魚が見えるという特殊船。
「潜水艦みたいで素敵じゃない」と女房と意見が一致しました。

しかし、実際に乗船場と思われる場所に行ってみると、その船はロープでしっかりと係留されていて、動く気配が全くしない。
船体全体には錆が浮いていて「これは只事ではないな」と大人の事情を察してしまった訳です。
観光地ではよくありますよね、こーいうの。

仕方なく、もう一つの会社の遊覧船乗り場に向かいました。
乗り場へ向かう坂道ですれ違ったのは女子大生の集団で、下船後にキャッキャッと興奮していましたが、船を見てみると失礼ながらごくフツーでして、乗客も我が家だけ。
「あー、これはそんなに期待してはいけないな…」と思っていたところで、もう1家族が乗り込んで湾内遊覧へ出発です。





その10分後、“フツー”とした評価を取り消さなければならない事態が起こりました。

おじいちゃん船長の「はい、少し船を停めますよ~」というアナウンスがあり「遊覧船なのに? どこに?」
そしてゆっくりと湾の奥にある桟橋に停まったら「はい、降りてくださいね~」とのアナウンス。
どうやらココは運行会社が管理している(?)「生け簀」らしいのです。

で、生け簀の中央には手書きで「天然水族館」の文字。
「はい、1家族ごとに交代で見てくださいね~」との案内で、2番目に降りると、生け簀に落ち込んだFRP製の小さいスペースがあって、そこから横窓で生きた魚が見える…という仕組みを理解できました。

人数制限はFRPが抜けたり割れたりして生け簀へ落ちることを想定して、なのでしょう(笑)
なかなかシュールなんですが、見たり体験したいことはきちんと用意されていて感服するしかないんです。
さらには我が家の前で見たはずの家族の子どもが駆けて舞い戻って来て、はい定員オーバー(大笑)
スリリング性もあります。





「はい、次はお魚を触りますよ~」
「はい、次はお魚にレースをしてもらいますよ~」
「はい、これ、かぼちゃです。これからエサをあげますよ~」
「はい、ここにタコさんがいますよ~」

子どもたちにはキャッチーなセリフがポンポンと飛び出し、実際に子どもたちも楽しそう。
親としても見ていても楽しく、そして何よりもコストパフォーマンスが高い時間でした。


想像するに、先の特殊船との競合に危機感を持ったこちらの会社が「お金がなければアイデアで」という一手に出て、その結果が先の特殊船の姿だったのかなぁと。
そんな話ならとても興味深いのですが、真相はよくわかりません。

でもね、身の丈にあった“おもてなし”の方が、受ける方の心を動かすような気がして、それは前の晩の民宿がそうであったように、おもてなしにはそんな原理原則があるんじゃないかなと思ってしまったのです。
もしそうだとすれば、値段の高いことだけが価値の指標ではない、ということではと。
こんなことを考えてしまう、大満足の九十九湾遊覧船でした。





楽しかった九十九湾を後にして、ひたすら海岸線を走りました。
国道249号が内陸方面へ分岐するときは、躊躇せずに海岸に近い方へ。その繰り返し。





道の駅が併設されたのと鉄道・穴水駅では、留置された旧パノラマ車を見てみたりしました。
なんだか痛々しくて直視できませんでしたけど。
どういう目的で留置しているのかなぁと。





御存知のとおり、ここ穴水駅から先、輪島や蛸島へつながるレールは全て剥がされてしまいました。
穴水駅構内は、未だに国鉄のディーゼルカーがアイドリングをしながら停まっているような気が。
前の日に珠洲駅の跡を見ただけに、穴水と珠洲、2つの駅の運命の分かれ道とはなんだったんだろうと。
難しいです。






能登の旅もあとわずかですから、癒やしを求めて、ツインブリッジから能登島へ。
曲町の近くで漁村と七尾湾を見て。





能登の小さな漁船もこれで見納めかもしれないと思うと、岸壁に行きたくなるものです。
家族でそんなことをしてフラついていたら、暑くてハァハァ言っているかわいそうな犬を散歩に連れた地元のおばあちゃんが。
「どこからきたの」と声をかけられて、しばらく地元の暮らしぶりを取材。
楽しいなぁ。


その後、能登島の海岸線をぐるっと走りました。
水族館なんて行っていませんよ。
そーいうところに行きたいという要望は、もはや同乗者からは出なくなりました。
そういえば、能登島一周の途中、脱輪して車体が大きく傾いた白いSUV車がいたりして。子どもたちがお父さんに文句を言っているシーンを見てしまい、なかなかでした。
お父さん、はしゃぎ過ぎたんですね。





和倉温泉着。
ツインブリッジの方向を見て、能登半島最後の夜だなぁとしみじみ。
関東平野は雨続きだというのに、全て天気に恵まれた能登の旅となりました。





夜は和倉温泉を散策。
途中、合宿中の男たちで埋め尽くされ、物資が枯渇寸前だったセブンイレブンで買い物。
こういうネタに女3人は弱くて、店内ではずーっと笑いっぱなしでした。
もの凄い勢いで商品が消えていくのですから。この日の日販はさぞかしよろしかったのでは。





加賀屋って、よく見ると要塞ですよね。
これで煙とか出ていたら、完全に別の用途を持つ建物ですよ(ココには泊まっていませんよ、念のため)。


(4日目・和倉温泉泊)



◻︎ ◻︎ ◻︎





5日目は、海岸線沿いを走って再び氷見へ向かい(ココまで来て能登半島を一周した形に)、その後は富山ー岐阜ー長野ー山梨と経て、戻りたくない関東平野へと戻りました。





朝日を浴びた能登島大橋。
七尾湾は、琵琶湖や猪苗代湖よりもずっと穏やかに見えました。
不思議です。





バルコニーにはお客さん。
さようなら。また来ますね。






国道41号に入って、神岡に寄ってこんなものを見せて、途中の「ひらゆの森」で風呂に入って帰りました。





特にレジャーといえる要素がない、ひたすら自然や街並みの景観だけにこだわった能登半島周遊でしたが、(たぶん)家族からの不服などなく「我が家の旅のスタイル、ここに極まれり」といったところでしょうか。

今日から下の娘は新学期です。
同級生たちは、それこそUSJだとかTDLだとかそういう場所に行っているんでしょうが、その中で1人だけ、「旅行読売」のような次元の違う夏休みを過ごしたウチの娘には、何か光るものがあるといいなぁと、なぜかそう思いました。


4回に渡り、ダラダラとお話してしまいました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。








あ、碓氷峠が9月5日に。
月末だと思っていました。少しだけ生きる目標が出てきました(笑)


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  1. 2017/09/01(金) 23:30:00|
  2. 駅ノート
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コメント

見たいもの、見せたいもの

観光旅行の在り方というか、何の目的でその地を訪れるか?という視点でとても参考になりました。
私はあまり旅行をしませんが、観光地に勤務していると「この人たちは何をしに来たのか?」というシーンに出くわすことがあります。
よその土地でもそこで生活する人々の暮らしがあって土地なりの文化もあって、いつも通りの時間が流れている・・・
しかし他所から訪れてみるとそれが新鮮な“非日常”でもあるのですが、行った先でそれを真似てみたい気持ちはよくわかります。あからさまによそ者とわかる振舞いではなく、土地の人たちに寄り添うような疑似体験的な時間がとても充実して思えます。

追伸:予定通り小淵沢の古い駅舎が解体されました。先日半分になった建物を柵越しに見て、新しい駅舎に初めて入り、さらに駅前の銀行も大きな建物が姿を見せている・・・
時代が変わったというよりも都会の真似をしているようで寂しくなりました。
その土地の良さってなんだろう?考えさせられます。
  1. 2017/09/02(土) 21:35:21 |
  2. URL |
  3. ホビぽっぽ #mMgziZAk
  4. [ 編集 ]

スタンプラリーのような観光

ホビぽっぽさん

ありがとうございました。
小淵沢駅、とうとうあの駅舎はなくなってしまうのですね。
次に当方が行く頃には、おそらくなにもないのでしょう。
バリアフリーの設備がないこと、トイレが小さくて駅舎から離れていることに大きな課題があったようなのですが、それさえクリアできれば建て替えるべき課題はなかったように思います。やはりここもブランド化、ファッション化、なのでしょうか。とても嫌な空気が流れているようです。
GWに訪問した新・熱海駅ビルもそうでしたが、駅ビルができて東京や大阪の資本が入ってがっかりするのは、実は東京や大阪の人間だと思っています。非日常を楽しみにしてきたのに、勤務地の近くで見たことのある看板を「ここでもかー」と思って見ることは精神的にキツイのです。

おっしゃるように「訪問する方」と「訪問される方」双方がもう少し考えないと、ここまで認識されたわが国の観光産業は、陳腐なものになってしまうような、そんな気がします。
観光客は何を求めてわざわざ出かけるのか。何を不足だと思ってしまうのか。
そして、地方は何を誇って観光客を受け入れるのか。どんな点を「都会の人に対して恥ずかしい」と思ってしまうのか。
スタンプラリーのように「観光スポット」を「クリア」していく観光スタイルがはびこっている限り、未来は明るくないでしょう。
  1. 2017/09/03(日) 15:24:58 |
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  3. しなのさかい #-
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