しなのさかいの駅前広場

きのくにシーサイドがバラシ売りに

関西漂流(その2)

「関西漂流(その1)」編からつづく)




尼崎から地下へ潜って、あっという間にJR東西線の区間を抜けた207系リニューアル車は、京橋で再び地上へ浮上。
今度は「学研都市線」というオシャレ(?)な名称が付いた「片町線」を東へ進みました。

日曜日のお昼の下り列車ですから、乗客はまばら。
大阪の電気店で買い物をした夫婦がしばらく当方と乗っていたくらいです。

線路は生駒山地を北へ大きく迂回するように敷かれていて、車窓をよく見ているとその生駒山地の最北端を確認することができました。
なので、途中からは山登りを終えた高年齢サークルの集団が乗ってきたり。
でも、近鉄に乗り換えたのか、その賑やかな集団もいつのまにか消えていました。

大阪近郊・ベッドタウンからの輸送を担う路線になっているようですが、車両数は僅か7両で、207系と321系がその通勤通学輸送を担っているようです。







松井山手を過ぎると、のどかな単線の風景となり、時折竹林をかすめるなど、実にローカル。
右へ左へと漂いました。
通勤通学輸送に7両というのは関東者にとっては少々心許ない感覚ですが、こうした区間に入線する7両というのは実に堂々としていて、「なるほどカトーの321系はこういう風景にも合うのか」といったことを考えてみたり。
ガラガラの車内、一人で運転台にかぶりついて模型の遊び方を考えてニヤニヤ。
あぶない人、そのものでした。





ところで、断続的に現れるレンガ積みのトンネルポータル。
見渡しても平地ばかりなので「なんだろう?」と思いながら同志社前駅のそれを撮ってみると、これ、この地方を流れる「防賀川」という天井川をくぐるトンネルだったんです。
「天井川」というのは、人間が堤防を築いたことで河床に堆砂が重なり、次第にそうなってしまう川のことで、ひとたび氾濫したらその後の復旧が大変であるため、周辺では河川ルートの付け替えが行われているようです。

この区間の開業は1898年頃のようですから、その頃には既に天井川となっていたということでしょうか。





木津着。
ここまで流れ着きました。
わかっていたことなれど、荒涼感が急激にMAX。





それもそのはずで、駅前はニュータウンの造成中のようです。
バブル期に東京近郊で見ることができた景色にそっくり。
当方の居住エリアでは、もうそんな景色は見なくなりました。

どういう経緯で進んでいるのかはわからないけど、この区間が全て埋まる頃、大阪都心のマンションは100階建になっているのでは。
とにかく、きちんとした需要があることを祈りましょう。





221系リニューアル車・みやこ路快速が奈良方面からやってきました。
これがうわさのリニューアル車かと。
原型が持つ懐かしさが失われた反面、今でもこうして30年前に衝撃を受けたフォルムを拝める訳ですから、それはそれでイイことにしないといけません。



仕方がない、買うか…(笑)





みやこ路快速でさらに奈良まで進むこととしました。

それにしても「新快速」から始まって「大和路快速」「丹波路快速」「紀州路快速」、そして「みやこ路快速」。
西日本の快速ブランドの立ち上げ方と、その定着手法には感心するところがあります。
ネーミングセンスだけでなく、そのネーミングが快適な車両の使用を約束するやり方は、なかなか関東ではマネできていないようですから。

当方の地元でも「湘南急行」とか「多摩急行」とか、定着せずに滅んだり、今まさに滅ぼうとしています。
そういうブランドの作り方を支持していたんですが、当の電鉄側にブランディング力が足りなかったのでしょう。
結局ダメだったようです。





木津駅のホーム上家は、今もそのまま。
貴重な遺産。





やってきた221系には、大きなスーツケースをいくつも通路に置いた訪日客たちがクロスシートで爆睡していました。
伏見稲荷に行ってきた方々だと想像。
ま、奈良までのお付き合いですから、構いませんが、昔の奈良線では想像できない事態です。
そのうち「稲荷路快速」が登場するかもしれませんね。
かっちょええ!
荷物室がある281系をおさがり投入してもいいかもしれません。







奈良到着。
20年後に降りたったら駅全体は高架化されており、そして背後にはマンション。
ここは本当に奈良なのか。
一体どこなんだと。
駅から見る最初の景色ってね、とても大切なんですョ。





高架の下にいた方にお会いできて、かろうじてココが奈良であることを感じることができました。
平城遷都記念の頃にいろいろと物議を醸し出した方ではありますが、皮肉にもこの駅の中で奈良っぽいビジュアルとしては唯一の存在であり、思わず拝みたくなるとてもありがたい存在でした。


(つづきまーす)

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  1. 2018/03/06(火) 23:10:00|
  2. 鉄道旅行
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  4. | コメント:2
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コメント

こんばんは。
松井山手から先、7連どころか。つい先日まで4連でしたよ。
だから207系は3+4です。

東海道本線上にある、武庫川、芦屋川、住吉川、石屋川も天井川ですよ。

ある日突然、松井山手行きなるものが走り始めるし。
本数も倍増するし。
東西線開通で、福知山線の大阪折り返し、転線のために宮操まで回送が無くなって。
京阪神速達抗争の覇者となったわけですが。
震災の復旧も影響あるでしょうね。

三ノ宮ー大阪 19分なんて看板が懐かしいです。

  1. 2018/03/07(水) 00:35:05 |
  2. URL |
  3. Mu #fjsuYRSM
  4. [ 編集 ]

大阪圏のベッドタウン

Muさん

学研都市線はようやく最近になって7連が木津まで行くようになったと知りました。207系は松井山手だったり京田辺で分割併合していたんですよね。
大阪圏のベッドタウンという存在は、フツーに関西を旅行しようと思っていると触れられない世界なので、今回はいい勉強になりました。
  1. 2018/03/07(水) 23:18:16 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
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