しなのさかいの駅前広場

スリーブの絵には秘密がある。

音川さんちを訪ねて

「ならまちにて」編からつづく)


2月28日(水)は旅の4日目で、実質的にこの日が“関西乗り鉄”のラストデイ。
残りの1日は、趣向を変えたミニトリップを予定していました。





その4日目は、京都の私鉄を乗り歩くことに決めていて、それをホテルの近くから始める訳ですから、出発は遅めに設定。
ついでに、9時から開く最寄りの郵便局に行こうかと思い、京都五条東洞院局に立ち寄ることから始めました。





この郵便局は、見える二つのマンションの間の路地を入った、左側のマンションのすぐ裏にありました。
確かこの辺には1987年に修学旅行で宿泊したホテルがあったはずと気づき、その事を聞いてみると「目の前のマンションがそのホテルでしたよ」という答えが。

ホテルはとっくの昔に廃業となり、右側交差点寄りのマンションに変わってしまっていたのです。
いろんな思い出があったホテルでしたが、跡形も無くなってしまってはどうしようもありません。





この日は「歩くまち・京都レールきっぷ(1日版)」を使いました。
京都市内を基本とした、市営地下鉄、嵐電、阪急、京阪、JRの各路線に乗り降り自由。
数ある京都のフリー切符の中で、一番今回の目的に近いという判断です。
四条駅構内の京都市交通局案内所で買うとき、係員氏には「市のバスには乗れませんが、それでよろしいですね」と念押しされました。
観光には市バスがマストなのでしょうから、こういうフリー切符があること自体、不思議ではあります。





まずはこの切符を使って、再び阪急電車で四条から桂まで移動。

9時台の閑散とした車内では、いかにも「河原町帰り」である男(店員)女(客)が、いかにもいかにもといえる会話をされていて、桂までの間にバッチリとその音声が聴こえてしまいました。
「京都の遅めの朝」を見学することができましたが、いにしえより京都は都なんですから、そんなの当然ですよねえ。
どうやら阪急京都線の某駅にある女性宅へこれから向かうようでした。
これもまた沿線風景ナリ。







阪急9300系はこれにてしばらく見納めとなりそうですから、桂に着いたそれをダメ押しで見学。
2日目に強くインスパイアされた車両で、今回は風景だけでなく、こうした「食わず嫌い」だった車両にも積極的に触れた旅でした。
この日は、この後にも認識を新たにした(模型が欲しくなった)車両に出会うことになります。





この日、まずは阪急嵐山線に乗って、嵐山からは嵐電の全線に乗ろうというプランです。

元京都線の女王様・6300系はこんなところにいました。
嵐山線運用専用の4両編成6352Fで、リニューアルされた内装は品があるというか。
阪急電車にはヤラレっぱなしとなりました。





嵐山到着。
この駅で降りるのも始めてでした。
だいたい嵐山へのアプローチはJRで嵯峨(嵯峨嵐山)下車と決めていた時期がありましたから。
以前にお話したとおり「京阪神ミニ周遊券」は私鉄に乗るという選択肢を全くブラインドしてしまいました。





京都嵐山局は少し遠かったようで、渡月橋を渡る方向とは全く逆でした。
ちょっとよろしくないルートになりましたが、「嵐山」というゴム印を残したかったので仕方がありません。





その後は渡月橋。
橋を渡る京都市交通局のバスも、すっかりノンステ型に変わっていました。
このカラーリングとこの橋。
バスの色は「街の色」でもあります。
とにかく似合います。
バスコレでこのカラーリングが人気なのもわかる気がします。
旅の思い出にはちょうどいいですよ。





さすがに嵐山は国際色豊かというべきで、外国人観光客がワンサカいらっしゃいました。
当方がこの辺を頻繁に訪れていた頃は、タレントショップやテレビ番組のアンテナショップがいくつも出店していた時期に当たりますから、約30年前…。
どことなく清里っぽかったです。

今ではそんな面影は全く消えていて、あのときの盛り上がりはまぼろしに。
ホテルが建物ごと無くなってそこにマンションが建つくらいの年月が経過したのですから、そりゃショップくらい簡単に消えます。





ココからは嵐電全線を乗り尽くすことにしました。
何かと京都っぽい乗り物としてメディアでも話題になりますし、モデモも製品化していますから、模型をやる人間としてもこの際ちゃんとイメージをつかんでおこうと思ったのです。





嵐電本線は複線で専用軌道もある程度長いので、こういうところは都電荒川線みたい。
車内は外国人観光客である女性グループと、地元のおばちゃんとの混成編成で、それでもうまく共存共栄の道を歩んでいるみたいでした。
これで、ひとまずは北野線との分岐点・帷子ノ辻(かたびらのつじ)へ。





帷子ノ辻で降りてフラついていたら「夕子号」が来ました。

京都のお土産といえば、かつては八つ橋が定番だったんですけど、最近はやたらいろいろなものが増えたようです。
おかげで、八つ橋を買って帰るとテキトーなセレクトだと思われそうで怖い。
八つ橋が最高だと思うんですけど。





さて、帷子ノ辻に近い「とある踏切」にやって来ました。
この踏切の奥にある販売中の建売住宅(の土地)にとても大きな目的があったのです。
といっても買う訳ではありません。





ここは、近年まで古い住宅が建っていて(いたはずで)、テレビ朝日・土曜ワイド劇場で2010年まで約30年続いた『京都殺人案内』シリーズのロケ地としても使われていました(ロケ地となったのがシリーズ何弾からかは確認していません)。

設定は、京都府警捜査一課 音川音次郎警部(藤田まこと)の自宅。
すぐ近くに松竹の撮影所があることから、少しだけ外に出て撮影、という流れだったのではと想像しています。

当方は、年に1回、冬が終わる頃若しくは4月に放映さていたこのシリーズが特に気に入っていて、京都のイメージを寺社仏閣とかではなくて、まさにこの踏切の風景に抱いていました。
本当なんだから仕方がありません。
夜、音川警部の帰宅シーン。
踏切が鳴って、電車が唸りながら通過、そして遮断棒が上がって歩き出す…という流れだったかな。
これが当方にとっての京都。

だからこそ、建物が無くなる前に来るべきだった…。
当方もずいぶんと京都をご無沙汰してしまったのですから仕方がないですけど、インターネットで様々な情報を得られるようにならないと、来るとか来ないとかの問題以前に、こんな場所すら永遠にわからなかったのです。





3区間に分割され、その端の物件がまだ販売されていたようでした。
購入される方が現れるとすれば、踏切や電車の音をポジティブに理解された方、ということになるんでしょう。









帷子ノ辻から、今度は北野線に乗って、終点・北野白梅町まで移動しました。
駅舎は簡素な構造で、よく見ると1925年の開業当初の外観(?)を見ることができます。





北野白梅町で少し休憩して、今度は帷子ノ辻に戻ってそこから本線を進むことにしました。







帷子ノ辻へ戻る途中の妙心寺で途中下車。
この妙心寺駅の真ん前には京都竜安寺局があるので(妙心寺局ではないのです)、次の電車が来る間に効率よく訪問局数を増やしました。
この辺は単線のようです。
反対向き、北野白梅町へ向かう電車。





帷子ノ辻からは再び本線へ。





太秦広隆寺まで来ました。
ここら辺から正真正銘の路面区間が現れて、テンションはさらに高くなるのでした。


(つづきまーす)
スポンサーサイト
  1. 2018/03/26(月) 23:40:00|
  2. 鉄道旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<万能電車 京阪800系 | ホーム | ならまちにて>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://sinanosakai.blog100.fc2.com/tb.php/1567-02c26371
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)