しなのさかいの駅前広場

415系、売れているのかなぁ。

奥飛騨で真夜中の夢を見る

こんばんは。しなのさかいです。


郡上八幡を離れた後のことを書いておかなくてはなりません。
その後は国道256号経由で国道41号に出て、高山本線に沿う形で北上しました。
下呂温泉はバイパスを素通りです。





2019年8月9日「ワイドビューひだ12号」(高山本線・上呂–飛騨萩原間)

そんでもって、素人ながら大好きなキハ85系が走っている事実には背を向けられず、グースカ寝ている家族を車内に残して1枚。
もしかしたら、キハ85系はこれが見納めになるかもしれません。
1989(平成元)年デビューですから、平成時代30年間、ほぼ外観を保ち続けての大活躍です。
ですからこの車両に想い出を持つ方は多いんではないないかと。





飛騨一宮水無(みなし)神社で娘たちは御朱印。
普段は当方が何かと待たせる側の人間ですから、こうして誰かの趣味に付き合って休憩するのも悪くないということに気づきました。
とはいえ人を待たせることを開き直ってやるつもりはありませぬ。
周囲をゆっくりと観察して、飛騨にいることを実感。





飛騨一ノ宮駅前の宮村郵便局で851局目の旅行貯金。
水無神社を描いた風景印もありました。
タイミングよくキハ25系の普通列車が到着し、大きな楽器ケースを抱えた高校生が降りてきました。
そういえば吹奏楽コンクールの真っ最中だったんですね。



□ □ □



さて、ここからは少し説明を必要とします。


今回の旅は、プランがなかなか決まりませんでした。
なぜかというと、中二の次女が所属する部活の夏休みの練習スケジュールが、なんと夏休み直前まで開示されなかったからなのです。
昨年度の顧問は4月早々に年間スケジュールをバラまく程の「デキる」方だったらしいのですが、今年度の顧問は「忙しくてそんなことまで考えられない」と開き直り気味の発言をしたんだとか。

我が家だけでなく他の多くの家庭でも親の夏休みの取り方が決められず、結局家族旅行をドローにするなどの悔しい思いをしたそうで、娘から「今年は顧問に対する怨嗟が渦巻いている」との報告がありました。
そりゃそうでしょう。

で、我が家ですが、かと言ってそんな不作為に負ける訳にはいきません。
ギリギリまで待ちましたが、我慢の限界を越えたので当てずっぽうで旅行の時期に目星をつけました。
そんな中で女房殿の郡上八幡行きのリクエストがありましたので、旅館に問い合わせたところ、運良く8月8日なら宿泊OKという回答を得たのです。
これで同日出発による郡上八幡行きが決定しました。

ただ、1泊2日で相模国から美濃国まで行ってすぐに帰るのは余りにももったいない。
お盆休み序盤の日になりますが翌8月9日の宿泊施設も探そうと決めました。
そこで思い出したのは、とっくに締め切られた職場斡旋による宿泊施設。
ダメ元で、空室がないかどうかを確認したのです。


「運がいい」と思うことは、たまーにあるものなのですね。
なんとその8月9日の空き室が、同じ岐阜県の新平湯温泉で1室だけ発生していたのでした。
しかもその前後は全て満室ですから、決してヤバイとかそういう宿ではなさそう(失礼)。
ホテルのデータなど確認している余裕などありませんから「はいはい、そこでいいです!」と速攻で予約しました。


そのホテルは「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」と言います。



□ □ □



日没前に到着しました。
車でそのホテルに近づくと何やら様子が変です。
どう見ても、そこには自宅の模型部屋に置いてきたはずの物体があるのですよ。





…。

夕食後にもう一度ロビーから出て観察したんですけど、これはどう見ても当方の大好物ではないかという結論に達しました。







間も無く此奴らがが「キハ27 551」と「キハ27 552」の2両であり、JR北海道の函館と札幌の間を夜行快速「ミッドナイト」として往復していた車両であると判明しました。
カーペットを敷き詰めて寝っ転がって移動できる、さながら青函連絡船の二等船室のようなサービスが18キッパーには人気でした(そうでもない方もいたようです)。





JR北海道での運行取り止め(引退)後、2001(平成13)年にこのホテルが開業した際、はるばる北海道から甲種回送で神岡鉄道・奥飛騨温泉口駅(2006年に廃止)まで運ばれてきたんだとか。
最後は同駅から陸送が行われたはずなのですが、こんな山奥まで、よくもまあやり遂げたものです。


お友達のキハ181つばささんにリンクを貼る許可を求めたところ「いいよーん」という心地よいお返事をもらいましたので、以下に現役時代のリンクを貼らせていただきまーす。

マル鉄・鉄道写真館〈キハ27:快速「ミッドナイト」〉

マル鉄・鉄道写真館〈キハ27:快速「北の京芦別号」〉





ホテルの方に伺ってみたところ、設置(?)から時間が経過して外板の腐食が激しくなったため、ごく最近になって上から鋼板を貼るという修繕を行ったそうです(側面のみ)。
もはや錆を落としてパテを盛って…というやり方ではどうにもならないという結論に至ったんだとか。
鋼板は細長い帯状のものを使ったのか、どこか明治・大正期の木造客車のように見えます(笑)





現在の用途はカラオケルーム、それからちょっとした催事ルームというもののようで、551は大部屋、552は複数のカラオケ個室となっていました。
当方は自慢できる喉を持っていないので、ココは外から歌っている人たちを観察(中の人から見れば迷惑な話です)。
常磐自動車道で見たような熟年風カップルが大部屋の方で熱唱されていましたが、その他に誰もいないので、給仕の係員の方が辛そうに立っていましたね。
お仕事、大変ですね。





乗務員室扉の手すり付近を見ていただくと、鋼板の厚みがお分かりいただけたけると思います。
スケールからすればほんの僅かですが、肉厚がマシマシです。



翌朝、明るい空の下でもう一度見てみることにしました。




色はゴールドというところでしょうか。
以前は青で塗られていたようです。
「保存している」ということでもないですから、この辺はオーナーさんの自由ですよ。







反対側(552)。
下り勾配を水平にするため、コンクリートの土台の上にあります。
ちょっと不安定そうに見えますが、




屋根から鋼材が降りていて、シッカリと車体を押し付けているようです。
これなら転がり落ちることもなさそう。
屋根にはエアコンの室外機までデンと乗っかっていました。




普段我が家で見ている小さい台車が150倍になって目の前に現れました。
デカイ!


んでもって、宿泊客であれば見放題らしいので、ズカズカと乗務員室に入ってみました。




この電話ボックスのような狭っこい座席に座って真夜中の札幌と函館の間を爆走していたのかと考えると、乗務としては過酷だったんではないかと。
というか、もはや「恐怖」です。





ラベルシールはおそらく20年前のままでしょう(笑)





床を見れば道産子だということが分かります。





バタンと展開させることができました。
もちろん座りましたよ。





それにしても、よくある保存車と違って、常時ライトと種別幕がいい塩梅で点灯していますので、生きている感じが素晴らしいと思いました。
特に模型をやっている身としては、その点灯具合がエロいんですよ(大笑)。
自宅で模型のライトチェックをやっているときと同じ点き方ですから。





その他、ホテルの方々に聞くと、皆さん実にいろいろと教えてくださるので、参考になりました。
20年も経っているからでしょうか、結構赤裸々でした。

ここへキハ2両を運んだ理由は、ホテル開業時にここから上のスキー場まで線路を敷設し、気動車で旅客を運ぶ構想があったからだそうです。
そのために、運転できる乗務員もわざわざ雇用し、移送後もしばらくはエンジンをかけてメンテナンスを怠らなかったそうで。
保存自体がなかなか難しくなっている今日からすれば、実に大胆なことです。





しかし、勾配が急過ぎることや、その他制度的な問題が判明し、運転を断念。
こうして線路は、ホテルから登り勾配となる坂道(駐車場)のど真ん中でブツッと切れたままとなったのでした。
やがて車両の方は倉庫と化し、その後カラオケルームに転用が図られたみたい。


思わず奥飛騨の山奥で鉄分補給をすることになりました。
あ、お風呂は火山性泉質の濁り湯で、源泉掛け流し、ホテル自家源泉。
あちこちで泉質が固まって白い結晶のようなものが固まっていました。
うっかりと湯元に近づくと「あぢぃ!」となりまして、それくらいの確かさです。

それよりも。
ココでは人生で初めての混浴露天風呂を経験しまして、気分はすっかり「土曜ワイド劇場」。
安心してください、ちゃんと湯衣(ゆあみ)を着用した上での混浴です。
古谷一行と木ノ実ナナみたいにはなりませんでしたが、たまにはこういうお風呂も悪くありませんネ。


おまけ的にもう一回続けます。
ではまた。
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  1. 2019/08/26(月) 18:15:00|
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コメント

すごいっ!

こんばんわ。
何が凄いかって、現在に至る経緯もですが、取材力がすばらしすぎる!
今までのどんな雑誌記事よりも、詳細でリアリティのある内容、そして車内・車外のレポ・写真も抜け目ないというか、見たいところがすべてある感じ。あと気になると言えば、トイレと洗面台くらいですかね。もしかしたらもう使用されていないのでしょうか?
「ミッドナイト」には独身時代にカーペット車・座席車とそれぞれ1回ずつ乗ったことがありますが、座席は取り付けが不安定。カーペットは区画が狭すぎてそこらじゅうに雑魚寝したのか寝相が悪いのか、そこら中に死体のように転がっていて決して乗り心地は良くなかったことを思い出します。でも、それほど人気があり混雑していたというのも、夜行列車が消滅寸前の現在からは想像もできない隔世の感があります。
お疲れさまでした。
  1. 2019/08/27(火) 23:31:59 |
  2. URL |
  3. キハ181つばさ #LWshcgts
  4. [ 編集 ]

奥飛騨慕情

キハ181つばささん

いろいろとありがとうございます。
リンクについても快諾いただき助かりました。
洗面所とトイレについては、カラオケルームが営業中だったこともあり、元客室に入る発想がありませんでした。
が、頼んで入れてもらうべきでしたね。客室でも板の床を確認できたんだろうか…。
奥飛騨のとんでもないミステリーでした。はしゃぎっぷりに同行者たちはドン引きでしたけど。
こういうことってあるのですね。竜鉄也氏の歌をもう一度聴きたくなりました。
  1. 2019/08/28(水) 07:31:49 |
  2. URL |
  3. しなのさかい #-
  4. [ 編集 ]

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