しなのさかいの駅前広場

あの山は棒を立てて登らないでください。

ゴールデンウィークは電車で熱海へ 2017

こんばんは。しなのさかいです。




月並みな言葉ですが、ゴールデンウィークはあっという間に過ぎて、普通の日常が戻ってきました。

当方はカレンダー通りの5連休となり、さらに家族全員のスケジュールも3、4、5はオールクリアー。
したがって「それなら、1日くらいはまた日帰りで遠足でもするかねー」となるのです。
で、今年もあっさりと電車で行く“熱海行き”が決定しました。
今回はそんなお話。





小田原で、小田急から乗り換え。
東海道線のホームから見ると、西武赤電カラーの伊豆箱根鉄道がいたんです。
Nゲージをやっている人にとっては、とても旬なカラーではあるものの、このカラーリングの意味を知る一般の人がどれだけいるかは気になるところです。

それと、小田原でいつも思うことは、箱根へ行くには赤い登山電車(といっても小田急1000形)で短い4両編成だということ。小田急からの乗換えも結構ギッシリで大変です。
一方、熱海へ行くには最大15両編成の東海道線がやってくるのです。小田原・熱海間はいわゆる“末端輸送”ですから車内もガラガラ。
アンバランスな輸送力が、このジャンクションでは観察することができるということで、箱根のブランド力って、やっぱりすごいですよねと。





工事が続いていた熱海駅は、とうとう箱型の駅舎になってしまいました。
やはりというか、駅の中には「熱海初の」と言えるようなテナントがたくさん。
様々な地方を見ると、廃墟寸前の駅ビルがたくさんありますから、資本力のある手堅いテナントを入れることにも説得力がありますが、熱海のイメージがひっくり返っていくようでもあり…。
難しいです。





サンビーチから熱海の街を見ても箱型の建物がたくさん。
今の世の中、地域や土地のブランド力は、マンションという構造物により急激な人口増加を発生させるようです。
そこには質の高い賑わいがあるといいのですが。熱海の場合は、どうなんでしょうか。





熱海ビーチラインから来る車と国道135号から来る車が合流し、そして熱海の街が外来ナンバーの車でごった返していました。
ちょうど昼どきでもあり、駐車場に入れない車が右折しようとする形でウインカーを付けながら道路の真ん中で駐車待ちをするものだから、少し殺伐とした空気も。





こちらは徒歩ですから。
家族4人でサンビーチからトボトボと歩いて、ほんの数分でいつもの「あじのタタキ丼」にたどり着きました。
一昨年、情報誌にも出ていないこのお店に出会ってからは、ここが熱海の目的地となりました。
娘たちはここで近海物の魚のおいしさを覚えたそうで、親としてもお金を出した意味が(涙)
そして、オヤジさんとオカミさんがとても親切でしてね。

先客さん4人1組がいたものの、待ち時間ゼロでカウンターに座って、すぐにこれがドン。
美味しかったです。
一方、情報誌に載っているアチコチのお店の前には、1時間待ちとも思えるような長い行列ができていました。
ゴールデンウィークの熱海は何かと運命が待ち受けています。





食後は、サンビーチのお祭を見ながら起雲閣まで散歩。
大統領に怒られるようなことはしていません(たぶん)。







起雲閣まで来ると、山側から涼しい風が吹いていて、汗がスーッと引いていきました。
散歩してばかりだと疲れるので、こうした施設があると街歩きも楽になります。
起雲閣は、2000年までは旅館として営業していました。





さらに熱海銀座方面へ転進して、昭和ムードの漂う喫茶店で休憩。
今回の熱海行きでは密かにこんなところも目的地としていたのです。





女3人はドライアイスが仕込まれたパフェ。





当方は昭和ムードを楽しむべく、ホットケーキとブレンドコーヒーです。
ここも良かった。当たり。






熱海銀座からはアプローチも容易となるので、これまたいつも通りの「日航亭」(過去2回は逆側、来宮神社からのアプローチでした)。
一応、日帰り温泉施設ということで良いでしょう。
“大湯”というだけのことはあり、源泉掛け流しのお湯は「熱海」の名の通りの熱さ。
そして、毎年ここに来ると、運転に疲れた若者たちが喋りながら風呂に入っているので、そんな話を聴きながら長湯をするのも一興だと思っています。

16時半頃まで、静岡の情報番組を見ながら休憩室でダラダラしていました。





熱海駅までの途中、今度は総理大臣が。





相変わらずの激しい渋滞ですが、これとは無関係に街並みを眺めながら熱海駅へ。





階段や急な坂道も熱海名物。
フラ~っと探検してみたいけど、同行者もいるので我慢です。





熱海駅で、島田を目指すJR東海の編成を見送って。





15両編成でガラガラのE233系は、やはり渋滞の激しい国道135号を下に見ながら小田原へ。
今回だけは電車で良かったかなと思える一瞬でした(この渋滞に巻き込まれていた方には失礼な話をしました)。



家族4人、1人ずつリュックを背負った、気軽な日帰り遠足でした。
電車を選ぶ限り熱海へ行くには混雑をそれほど感じないことから、このパターンは不思議なほどに家族から絶大な支持を受けています。
毎年行き先を考える必要もなく、日帰りですから予約する作業も不要ということで、連れていく方も楽チン。

ピーク時の旅は、パターン化している方がいいのかもしれません。


ではまた。

  1. 2017/05/09(火) 17:30:00|
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KATO 24系25形 寝台特急「はやぶさ」

こんばんは。しなのさかいです。




ゴールデンウィークですけど、その方向は、まあ置いておきましょう…。
関東平野は晴天が続いています。





4月末には、カトーから24系25形 寝台特急「はやぶさ」も発売されていて、実は、出荷日の翌日に近所の量販店で予約分を引き取っていた、という話題に触れたいと思います。

で、この編成。
当方は「模型的に~」というよりは、1990年代、この編成に繰り返しお世話になったことを理由とした「おもひでアイテム」と捉えていて、以前からトミックス製品で揃えていましたし、リニューアルが行われるたびに買いなおしていました。
しかし、その編成はカトーから製品化情報を聞いて早々と手放し、数か月後にこの度の再入線、という流れです(最近このパターンばかりです)。
もう、カトーの印刷表現を見ればトミックスのブルトレを持つ方向には戻れそうにありませんで、今、手元にあるトミックスのブルトレは北斗星と夢空間関連のみ(なんとなく保険的に)となりました。
2009年の14系14形「さくら」から始まったカトーのブルトレシリーズは“コンプリート継続中”なので、自宅在庫の勢力図は、ほんの10年で完全にひっくり返ってしまった形となります。

お店やネット上をパトロールしていると結構な反応があるようで、ASSYの需要もそこそこあるみたいです。
面白いですね。





目玉はオハネ25-1000“ソロ”。
カトーによる、この車が欲しかったのです。
カトーのブルトレは、ドア上の表示窓が印刷されていて。
号車札も印刷されていて、こう見ているとこのドアから入ったときの感覚を思い出すことがあります。





マイクロスカート付きのカニ24、それからオハネフ25-0も発売されました。
後者については「銀河」とか「ゆうづる」のマークも似合いそうだなぁ。
Nゲージの世界でやるブルートレインの動態保存。
錆が浮くリスクを持ってまで、廃トンネルに隠匿しないでも、我が家ではどんどん保存できます(笑)





あまり話題になっていませんが、今回の「はやぶさ」でオハネフ25-100の幌がブルーになったことが非常にうれしいんです。
90年代のJR九州車は幌がブルー化されていたので、ジュラコン製のグレー幌に塗装できないことからモドカシイ時間が過ぎていました。
もちろんこの幌、スペア用にASSYパーツも買っておきました(幌パーツは共通部品ですけど、次にどの製品で採用されるかを考えると少し不安なので)。





停車中なのでライトが消えていますがEF66後期形ブルートレイン牽引機を先頭にして下り列車を再現。
セットに付属する説明書の編成向きだと、オハネ25-1000の小窓側が反対側になって見えなくなるので、編成全体を方転させています。
ブルトレ牽引機は、初回品のライトユニットとプリズムを交換してアップデートしていたのにもかかわらず、「念のため」にもう1つ買い足しちゃいました。
「富士」のマークを付けっ放しにしておこうという狙いがあります。





これまでのカトー・新ブルトレ企画に全てお付き合いしてきたので、こいつらも既に手元にありましてね(笑)
今回再生産されましたが、それぞれが別々の企画のタイミングで製品化されてきたと記憶しています。
素晴らしいことです。





ピンク色の81と青い客車の組み合わせが大好物なので、記念撮影です。





客車だけで15両。これに牽引機が加わると16両とも言えなくない規模となり、さすがに当レイアウトの井中温泉駅ホーム、それどころかポイントとポイントの間には入りきりません。
共演させるJR九州車を出すこともなく、16両をグルグルと回し続けました。



*     *     *



ここで、今回の「はやぶさ」編成、それから90年代は同一編成であった「富士」も含めて当方の4回の乗車体験を振り返ります。


【1回目】

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1993年3月11日 東京駅

1回目は九州島内を巡るために、憧れの下り「はやぶさ」で西鹿児島まで乗り通してみたときのことです。
このときは一人旅。これから1日近い乗車を控えて、東京駅のホームで気持ちが高まった記憶があります。
なんてったって、少年時代はここで「西鹿児島」の方向幕をカメラに収めることしかできなかったのですから。





1993年3月11日 東京駅

本当なら、このソロを使いたかったのですが、西鹿児島までの通しで発券してもらったので、残念ながら普通のB寝台。
熊本までをソロで、その後を開放Bでという選択肢もあったようなんですけど、まあ、1ボックスにずっと収まる旅の方が意義が高いかなと思ったのです。





1993年3月12日 寝台特急「はやぶさ」オシ24

この後、3月18日のダイヤ改正で食堂車は営業終了に。
残り数日間…という中でしたが、オシ24はごく普通に利用者が少ない朝を迎えていました。
この頃は、まだまだそんなもんでした。
朝から「かつ丼」を食べた記憶がありますが、もしかしたらそれはこの旅の帰りの「あさかぜ4号」のメニューだったかも。
何をやってんだろ(笑)





1993年3月16日 博多駅

九州島内を周遊していましたので、何日目かの博多で迎えた朝にはここで「はやぶさ」を迎えることができました。
新幹線ホームには0系2000番台のJR西日本仕様が。
国鉄時代が匂っていて、いい時代だったんだなあと思います。



【2回目】

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1995年8月19日 東京駅

2回目は下り「富士」で下関まで。
女房(仮)と山陰本線を3泊4日で巡る旅をしまして、その起点へのアプローチにこの列車を選びました。
ソロに乗車したのはこのときが初めて。



【3回目】

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1996年7月12日 大分駅

3回目も「富士」ですが、このときは上り列車です。
宮崎で謎の会合があり、1泊2日で滞在。
その帰りに一人で宮崎から延々と日豊本線を北上し、大分からソロに乗り込み。
駅前のパルコでCDを買い、その後はお土産に地域限定のカルビーポテトチップスを大量に買い込みました。
カサばかりが大きい土産物でしたので、個室にしておいて良かったと思った記憶があります。
下段のソロのドアを開けて、ポテトチップスが大量に入った紙袋を放り投げました。





1996年7月12日 大分駅

たぶん、南宮崎から走ってきた編成に大分回転編成を増結させるところです。
走り出してからオハ24へ向かったところ、立席券利用のビジネス客に占領されていた記憶があります。
ものすごい夕立、雷雨の中、スーツを着た乗客がロビーカーでくつろぎながら日豊本線を北上していました。



【4回目】

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1999年8月24日 横浜駅

4回目は、再び九州へ。
女房と横浜から下り「富士」に乗り込んで小倉を目指しました。
小倉下車としたのは、883系「ソニック」に乗って大分を目指すこととしたからです。
そのまま乗っていてもよかったような気もします。
でもこのときは、九州島内だけでしか水戸岡デザインを味わえませんでしたから、そんな選択も合理的だったのです。




1999年8月24日 寝台特急「富士」

誰もいないロビーカーで浮かれているのは女房です。
残念ながら営業休止ながらも食堂スペースとして連結され続けていたオシ24は、このときにはもう外されていたと思います。





1999年8月25日 小倉駅

8月の真夏の空の中、小倉駅に滑り込んでおしまい。
このホームで見送った「富士」が、堂々とした編成の「はやぶさ」「富士」との別れとなりました。


ということでカトーの24系25形寝台特急「はやぶさ」と、これに関連した記憶の呼び起こし作業でした。
鉄道ファンにとっては「ブルトレ」という概念ほど時代による切り取り方の多様性が存在するものはないでしょう。
どの時代も「ブルトレ」は「ブルトレ」。
青い夜汽車はそれぞれの人に違う形で刻まれています。

ちょっとセンチメンタルになりました。
ではまた。



  1. 2017/05/05(金) 22:40:00|
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トラ90000は山の中がお似合いです

おはようございます。しなのさかいです。




再び4月末に見た、東京近郊の上に広がる青空です。
時刻は17時で、ちょうど折り返しとなる電車がやってきました。

乗り込むと、爆睡した学生さんが1人いまして、起こそうかなと思いましたが「おそらく急ぐ旅でもなかろう」と勝手に解釈して、そのまま眠り続けていただきました。
その後、当方と同じように終点で降りて消えていきました。
平然として降りていましたから、ひょっとしたら数往復後、時空を越えた春の惰眠だったのかもしれませんね。
ちょっと、うらやましいなと思いました。




で。
当方からの更新が、少しモタつきました。
4月後半の休日はレイアウト工事を優先させていて、とにかく地形、地形、そして地形でした。





ようやく、各ボードの地形が決まり、荒いながらもその骨格をスタイロフォームで削りきりました。
結構な量のクズが発生し、現在、家の中のあちこちに小さな削りカスが散らばっている状態です(笑)

この作業、進捗風景がとても地味でして、こんな風に報告するのもどうも気が引けてしまいます…。
そんなこともあり、更新が滞ってしまいました。





ジオコレの「温泉宿ABC」たちは、結局こんな配置にして使うことに。
道路の曲げ方に不満が残りながらも、建物の配置を考えると「こうなるか」という結論。
車がスピードを出せるような道路幅ではありませんから、あとはガードレールなどの作り込みで現実感を出せるといいな、ということです。





線路脇にはモーリンのパーツで傾斜45度の法面を作りながら、建物の後ろに温泉櫓とパイプが伸びた貯湯タンクを置くスペースも確保。
中途半端な空き地となりそうでしたから、工作物を置くストーリーを描いてみたんです。そのためには鉄筋の建物である温泉宿Cがすぐ側になければならない。
温泉宿A又はBに巨大なタンクは釣り合わないですから…。





奥に走る列車たちを隠さないように(列車を見るためのレイアウトですから)、できるだけ建物をボードの手前に置き、なおかつ建物それぞれのファサードを楽しめるように、試行錯誤を繰り返しました。

実を言うと今でも「これでいいのか」と自問自答中なんです。
ただし、山の上に建物を置かない方針だけは貫いてみて、それで良かったと考えています。
山は大事な「背景」ですから、そちらに視線が行くようでは困る訳で。
「使わない建物をいかにして使わないままにするか」が地形を考えるポイントのような気がします。
試行錯誤の結果、使わないストラクチャーがあったっていいのですョ。

地形が決まりましたので、いよいよプラスター処理を始めます。





ところで。
カトーのトラ90000は特別企画品と通常2両入りを1つずつ導入しました。
トミックスの集電スプリングをカプラーポケットに入れながら、全てを車間短縮ナックルカプラーに交換しています。
この間隔、病みつきになるなぁ。





セールスミーティングの画像を見たときには、カゴの表現に度肝を抜かれましたけど、河合商会のモノよりはスッキリしたボディとなり、結構好みの外観です。
これでまた国鉄貨車の沼に引きずり込まれてしまいました。





サウンドガードは差しっぱなし。
コントローラー同調のカードですから、C11を走らせないときは、サウンドボックスのボリュームつまみをゼロにしています。

大刻みなドラフト音を鳴らしながら、山道をゆっくりと走る姿が好み。
やっぱり架線柱は立てたくないなぁ。

ではまた。



  1. 2017/05/02(火) 08:10:00|
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トミックス C11-325を弄る (その2)




線路際の住民です

先ず 集電効率を上げる為に 車体と前輪・従台車の間に抑え板のスプリングを調整する事で車輪が線路に圧着するようにしましたが、若干 良くなたかな?位で
まだまだ考えなければイケナイようです。

 動輪のゴムタイヤを外して見るとそれなりに改善されますが、牽引力が落ちる訳ですから(それでもトミックス旧客4両OK)他にどうしようもない時の選択肢にするとします。





暫く走りを見ているうちに 車体が上向きになり前輪の浮き上がる動きに気がつきました。

試しに前輪を抑えるスプリングを外してみましたが却って跳ね上がりが目立つ様になったのと、車体の前側か上向く事を見て スプリングを復元した後 従台車を抑える板に手を加えます。



抑え板に薄いプラ板を貼り付けます、これは以下の事に対しての改善を期待しました。

1.スプリング効果を高め従台車の線路と圧着度を高め集電効率を高める。
2.上向くだった車体を補正する。
3.従台車と車体の連結棒の動きをある程度抑制する事で車体の無駄な左右動を無くしポイントの割り込みを防止する。
しかし 前輪自体に不安がある為 カトーのassyパーツと交換します、良く見ると車輪断面が違うんです。
トミックスの微妙に鋭いフランジ形状が車輪の向きによってトングレール先端の割り込みをするんです。

こうして 集電輪が常に線路に圧着する状態を作り出せるのでは? と期待しました。

結果は、驚く位の改善でした、安定した集電効率が求められる サウンドボックスもストレス無く使えます。

項目3については、かつて美女木方面から発売されたD51が、トミックスのダブルスリップで脱線時の対策をした経験に基づきました。




異音について 原因が特定出来ませんでしたが、組み直すと かなり改善された事からモーターから伸びるドライブトレインの緩みと歪みに起因するものと 今のところ考えております。



とりあえず当初の目標は達成出来たようで、サウンドボックスを使い走らせると楽しいですね!
高崎旧客セットを牽いて出張運転の再現です。




この修理を通して 改めてカトーのSL動力ユニットの凄さとノウハウの蓄積が詰まっている事を認識させられました、トミックスも経験を蓄積しながら進化して行くものでしょう、次回作を期待したいものです。





  1. 2017/04/26(水) 15:11:44|
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トミックス C11-325 を弄る (その1)


線路際の住民です。
トミックスのC11 を購入して一カ月!
ようやく整備が終わりました。
買って来て走らせて見て 微妙な走りにビックリ‼️
 なんだか集電が出来ていないのか、ガツガツと言った感じの動きとジリジリと 異音がするんです。
カトーのC11 の発売も近い事から 中古屋さん行きかな~ なんて考えましたが、仕上がりの良い車体を見て
いるうちに 直す事にしました。

トミックスC11 の問題点をまとめると 以下の通りです。
1. 集電効率の悪さとフライホイールの効果が少ない為にガツガツとした走り。
2. カトー4番ポイント進入時の割り込み
3.ボイラ内からの異音
という事でストレス無く遊ぶ為に 修理目標を安定的に走る事としました。


(その2)に続く
  1. 2017/04/26(水) 07:57:50|
  2. 鉄道模型(車両)
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