しなのさかいの駅前広場

覆い隠すアイデア

KATO 115系1000番台 長野色・EF63 3次形 JR仕様

こんばんは。しなのさかいです。




先週末は、栃木県宇都宮市まで出掛けてきました。
発見と出会い、懐かしい空気に浸れる時間と空間が僅かながらあり…。
まだまだ鉄道模型の世界もイケるのかなあと思ったりした1泊2日のミニトリップでした。
やっぱり鉄道模型趣味が文化として存在し続けるには、アナログ的なつながりがあった方がいいみたいです。





さて、線路際の住民先生からのレポートもあるとおり、カトーから115系1000番台長野色、そしてEF63 3次形 JR仕様が発売され、既に店頭に並んでいます。
当方からもこのお話。

信越本線横川・軽井沢間の廃止から20年が経過したことに驚きながら、カトーとしては2006年以来の碓氷アイテム・再起動の第1弾を見てみることとしましょう。






115系1000番台はフルリニューアルを遂げました。
カトーとしては、2010年に旧製品のプチリニューアルを断行していて、それがE127系100番台大糸線の発売と合わせたタイミングだったことを思うと、どうしても“ついこの前”という感覚が。

でも、それでも7年は経過しているので、この趣味をやっていると月日の経ち方には動揺します。
このときのリニューアルでも一定の理解をしていたんですが、近年の表現力の向上を見れば、そのまま「碓氷アイテム」として再生産するわけにもいかなくなった、ということのようです。
そりゃ、ユーザーとしても新しくなるなら買い換えるしかないわけで(笑)





新しい115系1000番台の顔は、ほぼ完成形でして、それはどういうことかというと、300番台のときよりもさらに進化したシールドビームの形状なのです。





トミックス製品(一応LED仕様のリニューアル製品)はまだ手元にありますので、比較のつもりで横に置いてみました。
パーツが全然付いていません…。

なるほどトミックス製品のシールドビームの大きさが評価されてきた理由がわかる気がします。大きさはほぼ同じ。
さらに詳しいディテールが加わったのが今回の製品の特徴で、これが「裏からはめ込んだ別パーツ」というところにはさらにさらに2010年のプチリニューアル品と比べた「設計上の進化」を感じる訳です。
先行した300番台にも入ってしまうこのシールドビーム。今後の展開に注目です。
ちなみにライトレンズパーツ(導光材)は300番台のそれと同じでした。



その他です。
パーツ類の見直し、新規パーツがメインです。




まずは、列車無線アンテナの形状。
屋根に点ではなく線で接するよう台座部分が見直されました。当然にオデコの角度も考慮されています。
民営化直後は模型の世界でも列車無線アンテナブームが巻き起こりまして、銀河モデルのパーツをよく使ったものです。
この時点からは既に30年が経過しています。
その後、カトーやトミックスでも樹脂でのアンテナパーツが起こされましたが、どれも4本足で接するタイプでさらにボディへの差し込みは2本足(例外もありましたが)。

屋根に刺す部分が2本足タイプから変更されていますから、これをASSYで買い増ししても仕方ないでしょう。





トイレタンクの表現(裏側になってしまった)。
方向幕には「長野」の印刷。
箱を開けたら、レディ・トゥ・ランです。
こうした措置は、車両を置くと背景まで浮かんできますから大歓迎です。





AU75Gクーラーパーツはステンレスの質感を高めるための塗料の見直し。
ナンダカンダでこういうパーツの交換は、寝る前のひと作業にはモッテコイなんですよね。
問題は「一体自分はいくつ必要なのか」でして、ひたすら脳内で、手元にある該当車両をカウントし続けるのです(もちろん仕事中に)。





そしてKE76ジャンパ栓の新規パーツ。
形状が見直されました。
パーツ需要がありそうですが、材質がPOMで塗装もできませんから、即他車に流用とはいかないでしょう。
このパーツだけは大量買いには走らないで、もう少し待つこととします。





ま、とにかく走らせて遊びましょう。
基本セットと増結セット、3両ずつでの発売です。増結セットも動力化してしまえば、車番の異なる2つの編成ですれ違い運転を再現できます。
あ、こんなことを書くとASSYパーツがすぐになくなる…。
皆さん、冷静な消費行動をしましょうね。





一方、EF63 3次形 JR仕様は、カトーとしては初となる3次形でして、ブロックタイプのナンバープレートが目立つところ。
今回は22号機と23号機にしておきました(やっぱり)。

当方は、これまでのメタルインレタによる表現を支持しています(これまでの1次形と2次形を所有しています)が、新規ユーザーフレンドリーな時代の流れには逆らえず、さらには3次形がブロックタイプということから、はめ込み式のパーツ仕様へ変更となりました。
この後に控えている2次形 JR仕様もそうなるということはJAMにて確認済みです。
したがって今後2次形は、メタルインレタ仕様とパーツ仕様とが混在することとなりそうです(並べるかどうかは別として)。

画像ではナンバーパーツがちゃんとハマっていないように見えますが、いえいえこれでハマっているのですよ。3次形はこれでいいのです。


当方としてはC'無線アンテナが的確な色で成形され、さらに支えている部分がクリーム色になったところに武者震いのような感動を覚えました。

材質はあえてトミックス製品のようなPOMではなくABSとしたと伺っています。強度的に破損する確率が高くなりますが、それでも着色可能となることに重要性を感じていただいたことにひたすら感謝です(なぜかココだけ低姿勢)。
ココ、1997年にトミックス製品が発売されてからずーっと不満でしたので。
やっぱり「顔」って手を抜くとダメなんですよ。

今回のASSYパーツは破損交換用とトミックス製品への交換用(!)にということで結構な数を確保しました(冷静でないのは当方です)。
EF63は3か月に渡って継続して生産される訳ですから、このASSYパーツも断続的にリリースが繰り返されるのでしょうか。





2次形と異なるジャンパ栓のたるみ方がまた良いです。
C'無線アンテナと相まって重々しい、精悍な顔つき。
これはこれで碓氷線廃止直前は人気がありましたね。






高崎から長野へ向かう115系が入線。
EF63が一段と高くうなりだして、ゆっくりとクモハへ近づいていきます。





横川駅でのバルブ撮影シーン、のつもり。
この駅が夜行列車を迎えていた時代があったんです。それも真夜中に。
ボヤボヤしていないで489系白山色も出さないといけないですね。
もちろんヘッドマークは「能登」で。


◻︎ ◻︎ ◻︎


碓氷峠の鉄道シーンが消えてから20年、というタイミングを捉えて企画された今年の年末まで続くシリーズの第1弾。
今回はまさに廃止される頃の仕様が選ばれた訳ですが、この仕様、御存知のとおりトミックスが先行して続けてきたものです。
当方、その製品化し尽くされた果ての製品化発表を耳にして「買う理由」を探すしかありませんでした。
そう考えているところで、115系のシールドビームやEF63のC'無線アンテナが興味深い仕様であることを知り、めでたくその「理由」となった訳ですが、気持ちとしては“ギリギリセーフ”であり、こうした改善点がなければ“アウト”としていたところです。

最近のカトーの企画には、製品(列車)が醸し出すストーリーの提案(この列車のどこが面白いのか、というプレゼンテーション)が見えにくかったり、今回のようなユーザーがまだ残している記憶に乗っかるような、薄くて軽めな側面を見てしまいます…。
「斜め上」と言われるような、ユーザーを驚かせるような仕掛けを期待せずにはいられません。
そういう視点に立てば、カトーがやる碓氷アイテムはトミックスの企画の焼き直しではなくて、めがね橋を渡るアレをやるべきだったのでは、と。


とにもかくにも、カトーにはJR時代に止まらずに、軽井沢や善光寺平への輸送使命がもっと重たくて濃かった国鉄時代の姿を再現してもらいたいです。
それでこそ、鉄道模型趣味人が手元で碓氷峠を保存する意味が生まれるんだと思います。
169系「信州」の中でゴルフ弁当を食べた思い出。こんな思い出に浸ることができる日が来ることを楽しみにしています。



ここのところレイアウト上の列車を次々と入れ替えていて忙しくしています。

ではまた。
  1. 2017/09/16(土) 00:30:00|
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進化する115系

線路際の住民です。
信越本線 横川-軽井沢間が廃線になり20年になるそうです、月日が経つのは早いですね。
 廃線20年のメモリアルイヤーという事でカトー、トミックスより関連商品がリリースされ カトーの碓氷峠シリーズ 第一弾?EF63と115系長野色が発売されました。

800番台、300番台に続き新たに1000番台とリニューアル115系が発売されましたが、いずれも色々な箇所に手を入れ 進化させてきています。

 ライトリムパーツを300番台に組み込んで見ました、これまで藤壺とか中目と云われ決定版の無かった貫通路付き湘南顔もライトリムパーツが新たに起された事により グッと引き締まりました、オレンジやクリーム色のパーツが欲しくなりますね。

 湘南色と並べると正面貫通路のホロ枠の造形に手を加えたのか、より精悍な顔立ちをした115系に近づきました。
 以前からこの造形に不満がありサードパーティのホロ枠を取り付けておりましたが、今回はその必要はなさそうです。

115系長野色の側面ドア窓や戸袋窓の形状は カトー国鉄車両の中でも秀逸な出来栄えでしょう!
 湘南色の妙に間隔の広いドア窓に違和感がありました、窓が大きくなりより国鉄型電車らしい仕上がりになりました。



トミックスのEF63と連結させてみます。
189系あさまセットと同時発売されたもので電車の動力と協調出来るため 重宝しており 115系長野色がフックなしカプラーになった事もあり 繋げて走らせると問題ありませんでした。
トミックスEF63のアンテナをカトー製品に変えれば良いかな~。
信越本線 横川~軽井沢間廃止廃線から20年経過しました、115系長野色を見るとあの峠に敷かれた線路を見ると 暇つぶしの様に撮影に行っていた頃を思い出します。
  1. 2017/09/08(金) 07:13:00|
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気動車からアイドリング音が聞こえてくるかも

おはようございます。しなのさかいです。




久しぶりに自分の模型いじりのことへと方向を向けることとします。
以前からお話しているトミックスのHG気動車たちへのインレタ貼りでして、もう少し「続き」をやってみることとしました。





きっかけは、8月に発売されたキハ53とキハ23の首都圏色です。
オレンジバーミリオン1色ですと、なんとものっぺりしている…
それでもトミックスの「HG」ということです。
緻密なパーツ構成(そうでもないかな)と鉄コレと比べて何もなされていない車体への印刷。
アンバランスさがハイグレードな気動車たち。これでは本線で走らせる気になりません。





これまでレボリューションファクトリーのインレタを調達して、車番と検査標記を転写していましたが、この先も徹底的に転写してみました。





ドアコックの三角マークだけは位置がわからなくて大変でした。
形式ごとに違うのは当たり前として、同じ形式でもいろいろな位置に三角マークがついているように見えるからどうにもなりません。
最後は「気合い」でやるしかなく、この辺は新しい資料が出てきたら修正するかも、というところ。




ATSマークとか、位置呼称マークとか、
所属標記とか、定員とか。
車番と所属と定員に矛盾がないようにさせることも大事なんですが、とても作業エネルギーと膨大なインレタを買うという経済的負担が必要となるので、程よいところでの妥協が必要だと思います。
うまく言えませんが「関スイ」というノリも必要かなぁということなんです。






キハ17、キユニ17、キハ20…。
かなりの両数を稼働状態にすることができました。
やっぱり、コージョンマークがある模型はリアリティが増します。
サウンドボックスの音と相まって、駅に停めているときも「カラカラカラ…」というアイドリング音がムードを高めていますし。





次はキハ40系をやりますかね。
突然たくさんの車両を手に入れた気がして、うれしくなりました。



◻︎ ◻︎ ◻︎



「安中貨物事件」。
あ、Nゲージのことですよ。
この世界に、また新しい歴史が刻まれました。




「ポポンデッタ」という、秋葉原を本店としながら全国の商業施設の中へテナントとして小売店を展開する会社が、新規製作で編成モノをリリースするというので、当ブログでも2016年の静岡ホビーショー視察記事でその情報をお知らせしていました。

同社は、2012年に経営破綻した「河合商会」の貨車たちを引き継いだことでも知られています。
このラインナップの延長として、今回の「安中貨物」という選択肢が見えてきた…、おそらくそういうことなのでしょう。
「貨車をやるポポンデッタ」という市場での立ち位置を狙ったのだとしたら、まあそれは理解できます。

発売時期が遅れ気味だったところで出荷。先週、ついに店頭に並ぶこととなりました。


しかしその途端、今の時代のNゲージとは思えないような不具合が多数見つかり、瞬く間にユーザーの非難の声が巻き起こりました。
やがては小売店のそれへと移り、そして9月1日、会社から「回収します」とのアナウンスが…。


日本国内で製造することで適切な価格を維持することが難しい以上、国外へ製造を委託することは必然と言えましょう。
新規参入組はなおさらです。
こういう場合、一般的には、現地の工場と綿密な打ち合わせをしてもなお不具合が発生するとのことであり、日本側が求めるクオリティへ高める、持っていくには相当な努力と忍耐が求められるようです。

おそらく今回の「安中貨物」にもそうした調整が繰り返されたんだと想像するのですが、その努力、大分足りなかったようで、しまいにはサジを投げた、見切り発車した感もあります。
ポポンデッタによる着荷時(出荷前)の検品不足でもありましょうが、そもそもこうした不具合が多数見つかっている以上、工場とのコミュニケーションは機能していなかったと言っていいのでは。


さて、当方が本件で懸念することは「小売店」のことです。
予約品かどうかは置いておいて、ユーザーは店頭で「買わない」「持ち帰らない」という判断をすることができますが、小売店は仕入れてしまった以上、問屋との資金決済があります。
出来の悪い製品だとして、メーカーへ送って不具合を修正させるとしても「小売店の在庫」には違いありません。
そして、こういうことが起こると、いつまでたっても在庫として残ります。つまり小売店にとってはよろしくない「不良在庫」となるのです。
こうした在庫を抱えたまま閉店することとなったお店、みなさんの街にありませんでしたか?
当方の街にはいくつかありました。

ポポンデッタは「メーカー」とは言い難いですが、河合商会の事業の一部を引き継いだことで「市場の上流に腰を据えた」と言えそうです。
こうした会社がひとたび本件のような事件を起こすと、小売店は「リスキーだ」と萎縮して店頭フリー分としての入荷を控えますから、ますます「予約販売店」化するでしょう。それもユーザーから手付金を取る形で。
「小売店が面白くなくなる」というのは、度々この市場でこうした“トリガー”が発動するからなのです。

最近の同社は、タンクコンテナシリーズも展開していましたが、普通のコンテナとは異なるため、構成部品とそのゲート処理などでもカトー製品には及ばないように見えていました。
「今までにないものを作るんだから、こんな程度でもいいでしょう」ということでは、即退場してもらわないといけません。
そういう製品の送り手、まだまだいると思います。


今回の件は「安中貨物」の模型化を待ち望んでいたユーザーに対してだけのことではなく、Nゲージ市場全体への影響がとても大きいと思いました。
小売業態をメインに、この市場で存在感と認知度を増してきたポポンデッタだけに、その責任は僅かながらあるのではないでしょうか。



ところで、この「安中貨物」。
ポポンデッタで買い取ってもらうとしたらどういう査定になるんでしょうね。
少し興味があります(笑)


ではまた。
  1. 2017/09/05(火) 08:20:00|
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能登の奥まで 2017(その4・完)

(その3からつづく)




優しかった民宿のおばちゃんとの涙の別れをした下の娘をなんとか車に乗せ、九十九湾まで移動しました。
ココも昨年は駆け足で通り抜けてしまったため、それから1年間、心の中で引っかかり続けていた、そんな場所です。

九十九湾では、能登金剛・巌門に続いて、再び遊覧船に乗ろうかと計画していて、その遊覧船には二つの運行会社があるみたい…だと予習していました。
そのうち興味が湧いたのは、海中に沈んだ船底部分(客室スペース)があって、横窓から泳ぐ魚が見えるという特殊船。
「潜水艦みたいで素敵じゃない」と女房と意見が一致しました。

しかし、実際に乗船場と思われる場所に行ってみると、その船はロープでしっかりと係留されていて、動く気配が全くしない。
船体全体には錆が浮いていて「これは只事ではないな」と大人の事情を察してしまった訳です。
観光地ではよくありますよね、こーいうの。

仕方なく、もう一つの会社の遊覧船乗り場に向かいました。
乗り場へ向かう坂道ですれ違ったのは女子大生の集団で、下船後にキャッキャッと興奮していましたが、船を見てみると失礼ながらごくフツーでして、乗客も我が家だけ。
「あー、これはそんなに期待してはいけないな…」と思っていたところで、もう1家族が乗り込んで湾内遊覧へ出発です。





その10分後、“フツー”とした評価を取り消さなければならない事態が起こりました。

おじいちゃん船長の「はい、少し船を停めますよ~」というアナウンスがあり「遊覧船なのに? どこに?」
そしてゆっくりと湾の奥にある桟橋に停まったら「はい、降りてくださいね~」とのアナウンス。
どうやらココは運行会社が管理している(?)「生け簀」らしいのです。

で、生け簀の中央には手書きで「天然水族館」の文字。
「はい、1家族ごとに交代で見てくださいね~」との案内で、2番目に降りると、生け簀に落ち込んだFRP製の小さいスペースがあって、そこから横窓で生きた魚が見える…という仕組みを理解できました。

人数制限はFRPが抜けたり割れたりして生け簀へ落ちることを想定して、なのでしょう(笑)
なかなかシュールなんですが、見たり体験したいことはきちんと用意されていて感服するしかないんです。
さらには我が家の前で見たはずの家族の子どもが駆けて舞い戻って来て、はい定員オーバー(大笑)
スリリング性もあります。





「はい、次はお魚を触りますよ~」
「はい、次はお魚にレースをしてもらいますよ~」
「はい、これ、かぼちゃです。これからエサをあげますよ~」
「はい、ここにタコさんがいますよ~」

子どもたちにはキャッチーなセリフがポンポンと飛び出し、実際に子どもたちも楽しそう。
親としても見ていても楽しく、そして何よりもコストパフォーマンスが高い時間でした。


想像するに、先の特殊船との競合に危機感を持ったこちらの会社が「お金がなければアイデアで」という一手に出て、その結果が先の特殊船の姿だったのかなぁと。
そんな話ならとても興味深いのですが、真相はよくわかりません。

でもね、身の丈にあった“おもてなし”の方が、受ける方の心を動かすような気がして、それは前の晩の民宿がそうであったように、おもてなしにはそんな原理原則があるんじゃないかなと思ってしまったのです。
もしそうだとすれば、値段の高いことだけが価値の指標ではない、ということではと。
こんなことを考えてしまう、大満足の九十九湾遊覧船でした。





楽しかった九十九湾を後にして、ひたすら海岸線を走りました。
国道249号が内陸方面へ分岐するときは、躊躇せずに海岸に近い方へ。その繰り返し。





道の駅が併設されたのと鉄道・穴水駅では、留置された旧パノラマ車を見てみたりしました。
なんだか痛々しくて直視できませんでしたけど。
どういう目的で留置しているのかなぁと。





御存知のとおり、ここ穴水駅から先、輪島や蛸島へつながるレールは全て剥がされてしまいました。
穴水駅構内は、未だに国鉄のディーゼルカーがアイドリングをしながら停まっているような気が。
前の日に珠洲駅の跡を見ただけに、穴水と珠洲、2つの駅の運命の分かれ道とはなんだったんだろうと。
難しいです。






能登の旅もあとわずかですから、癒やしを求めて、ツインブリッジから能登島へ。
曲町の近くで漁村と七尾湾を見て。





能登の小さな漁船もこれで見納めかもしれないと思うと、岸壁に行きたくなるものです。
家族でそんなことをしてフラついていたら、暑くてハァハァ言っているかわいそうな犬を散歩に連れた地元のおばあちゃんが。
「どこからきたの」と声をかけられて、しばらく地元の暮らしぶりを取材。
楽しいなぁ。


その後、能登島の海岸線をぐるっと走りました。
水族館なんて行っていませんよ。
そーいうところに行きたいという要望は、もはや同乗者からは出なくなりました。
そういえば、能登島一周の途中、脱輪して車体が大きく傾いた白いSUV車がいたりして。子どもたちがお父さんに文句を言っているシーンを見てしまい、なかなかでした。
お父さん、はしゃぎ過ぎたんですね。





和倉温泉着。
ツインブリッジの方向を見て、能登半島最後の夜だなぁとしみじみ。
関東平野は雨続きだというのに、全て天気に恵まれた能登の旅となりました。





夜は和倉温泉を散策。
途中、合宿中の男たちで埋め尽くされ、物資が枯渇寸前だったセブンイレブンで買い物。
こういうネタに女3人は弱くて、店内ではずーっと笑いっぱなしでした。
もの凄い勢いで商品が消えていくのですから。この日の日販はさぞかしよろしかったのでは。





加賀屋って、よく見ると要塞ですよね。
これで煙とか出ていたら、完全に別の用途を持つ建物ですよ(ココには泊まっていませんよ、念のため)。


(4日目・和倉温泉泊)



◻︎ ◻︎ ◻︎





5日目は、海岸線沿いを走って再び氷見へ向かい(ココまで来て能登半島を一周した形に)、その後は富山ー岐阜ー長野ー山梨と経て、戻りたくない関東平野へと戻りました。





朝日を浴びた能登島大橋。
七尾湾は、琵琶湖や猪苗代湖よりもずっと穏やかに見えました。
不思議です。





バルコニーにはお客さん。
さようなら。また来ますね。






国道41号に入って、神岡に寄ってこんなものを見せて、途中の「ひらゆの森」で風呂に入って帰りました。





特にレジャーといえる要素がない、ひたすら自然や街並みの景観だけにこだわった能登半島周遊でしたが、(たぶん)家族からの不服などなく「我が家の旅のスタイル、ここに極まれり」といったところでしょうか。

今日から下の娘は新学期です。
同級生たちは、それこそUSJだとかTDLだとかそういう場所に行っているんでしょうが、その中で1人だけ、「旅行読売」のような次元の違う夏休みを過ごしたウチの娘には、何か光るものがあるといいなぁと、なぜかそう思いました。


4回に渡り、ダラダラとお話してしまいました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。








あ、碓氷峠が9月5日に。
月末だと思っていました。少しだけ生きる目標が出てきました(笑)


  1. 2017/09/01(金) 23:30:00|
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能登の奥まで 2017(その3)

(その2からつづく)




輪島に泊まれば、翌朝は朝市に行っておきたくなるもので、今回も「スルーして後悔するくらいなら…」と考えて偵察してみました。

それにしても、朝市を歩くときは日差しが強い(そういえば昨年もそうだったなー)。
関東平野は雨続きだというのに、コレハナンナンダ。
したがって買い物は、食べ物ではなくて4000円の帽子となりました。
朝市で賑わう通りから脇へ伸びる路地を一本一本観察してみると、奥にお寺が見える路地がありまして、景色を見て清涼感をもらいました。


さて、3日目はこれまでどおり時計回りに海岸線を辿って、能登半島の先の先、珠洲を目指す行程です。
昨年、輪島から珠洲まではコンビニのような流通の要素が全く見られない、本当の「さいはて」であることを経験済み。
そうなんです。この区間、どことなく離島のムードが漂っているんです。





輪島を出てから立ち寄るのは「道の駅千枚田ポケットパーク」。
ココだけは、そんな「さいはて」に一歩踏み出した場所ですが、一級観光地と言えそうな混雑ぶりでした。
まだ輪島観光の地域内で、ここまで来て引き返す車やバスも多いのでしょう。





千枚田からしばらく走って、御陣乗太鼓伝承の地・名舟を過ぎたところで「輪島製塩」に寄りました。
目の前の海から釜茹でして出来た塩は、塩辛さが鋭くなくて、その証拠にこれをまぶしたソフトクリームがとてもおいしくて。
実験してみて分かりまして(いやいや塩ソフトクリームも一応商品です)、カウンターから見える景色と共に感動。
そんなこともあってか、今回の旅では、総じてここで見た海のブルーが一番の好みでした。





垂水の滝。
そのまま海に落ちる滝です。
こんな滝が首都圏にあったら大変な混雑となるでしょうね。
我が家以外には誰もいませんでした。





滝から海へ振り返ってこれから行く先を見れば、ポッカリと青く抜けた、向こう側が見えるトンネルが。
これ、「真浦隧道」という廃トンネルだそうです。
うまく言えませんが、抜けた先が青く見えるところに「さいはて」を感じてしまいました。





海岸線を走るため、内陸へそれる国道249号から県道28号へ入ると、峠道になりました。
「椿の展望台」という場所で輪島方面を振り返りました。
この日も朝からずいぶん走りました。
暑くて大変なので、同乗者たちは走り続けている方がイイそうで、下の娘は朝から「いつ宿に着くの?」ばかり。
朝からチェックインなどできるわけなかろうと小さい頃から言い聞かせているのに、小6の今でもわからないみたいで、旅行中というのに将来が不安になりました。





その展望台からしばらくして、木ノ浦のカフェで休憩。
昔は数件の民宿があるだけの寂しい集落でしたが、ココも最近は映画のロケ地となり、コーヒー店のセットが残されています。
なので勢いで、猛暑なのにホットコーヒーを頼んでしまいました。
相変わらず日差しは強かったですが、風が抜けて吹いていて気持ちよかったナ。
ここら辺で「さいはて」感、MAXです。





禄剛崎灯台と「道の駅狼煙(のろし)」は昨年立ち寄ったのでスルーして、須須(すず)神社へ寄ってみることにしました。
珠洲市の東海岸側なので、ここら辺も「さいはて」と言えそうで、あらためて思うに、直線距離にするとそうでもないのに、関東平野からはるばる来たという満足感は、鳥居を見てこみ上げてきます。





珠洲市街へ入って「道の駅すずなり」の裏をのぞくと、旧国鉄・のと鉄道珠洲駅のプラットホームが残されていました。





駅名板を見ていると、今でも2両編成のキハ58系が滑り込んでくる予感が。
1986年、急行「能登路」ではるばるここまで来ていたんです。

それにしても、ここまで鉄道で来ることができた時代って、本当に素晴らしい。
国鉄ネットワークの線路があるというだけで、中学を卒業したばかりの少年2人が、周遊券と時刻表を片手に“とにかく”ここまでやって来るんですから。
観光のあてもなく「とにかく蛸島まで行こう」なのです。
そして、大人になってからも、こうして自分の家族を連れて再び来る…。
昔の日本には当たり前に存在した、都市と地域の交流システムでした。





能登半島のシンボル・見附島。
肌色に見えるのは能登半島の地質の特徴である珪藻土です。
オシャレな家では、調湿機能が素晴らしいので壁の素材に使っていますよね。
そういえば、旅の途中のあちこちで見た地層でした。
それから、急行「能登路」のヘッドマークもこの見附島がデザインされていましたので参考まで。
あの青地のヘッドマーク、文字のフォントも美しくて、キハ58系のマークの中では一番じゃないかと思っています。





「すずなり」に紹介してもらった珠洲市の民宿に泊まって、おいしい御飯を楽しんだ後は、月が出ていたので珠洲の港まで夜間ドライブ。
思ったとおり、月の光が海水面に反射してキラキラしていました。
これもまた観光資源。しかも無料(笑)

〈3日目・珠洲泊)


(その4・完へつづく)


  1. 2017/08/29(火) 23:00:00|
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